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暁の皇子  作者: さら更紗
Ⅲ 予感
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Ⅲ 予感 -27

 


「君は……」

 昂が言いかけると、燦は「待って」と小さな声で言った。

「わたしが言う。自分から言うって決めたの」

 そう言って、椅子を寝台の傍らまで持ってきた。

 その顔は決然としていたが、青ざめていて悲壮だった。

「わたしは凛という名ではない。なぜあなたが知っていたのか分からないけど、そう、わたしは燦という名。正式には(ぜん)(さん)

「全……」

 昂がつぶやくと燦は頷いた。

「ガザ国王炎とその王妃凛の子、燦第一王女」

 ガザ国王の隠密だった空のあの態度。ぼんやりとした予想が、はっきりとした形となって、昂の耳を打った。

 そうか、王女さまだったのか。

「驚かないのね」

 何も言わない昂を見て、燦は不信そうに言った。昂は少し微笑んで言った。

「驚いてるよ。ただ体が痛くて動かせないだけ」

 あの夜に空といたところを見た、と言ってもよかった。しかしそうすると、自然と空のあの言葉を聞いたことも知られてしまう。燦はきっとそれを知られたくなくて、昂になかなか言い出せなかったのだ。

 ……二人死なせた。

 あの時は意味がよく分からなかった。狼公の館から逃げる時、囚われ人が二人、父と息子が見つかって、恐らく殺された。それを燦は自分の計画の甘さのせいだと責めているのだと思っていた。

 だが、燦が王族なら、意味が違ってくる。

 燦は父王に訴えるだけで、囚われ人の解放ぐらいは、可能だったはずだ。誰も犠牲にならず、囚人全員が救い出せただろう。昂だって危ない目に合わなくてすんだ。

 今回、崑獏から昂たちを救ったように。

 だが、燦はあの時それをしなかった。

 燦の目が揺れる。揺れる目で、燦は黙って昂を見つめた。

 そうか、と昂はそっと息を吐いた。

 燦は俺に断罪してもらう覚悟で来たのだ。

 気が付かなかったふりは、させてもらえない。

「燦、近くに来て。大きな声が出せないんだ」

 昂が静かに言うと、燦は頷いて、そろそろと寝台の傍に近づく。その目は立ち向かうように見開かれていたが、怯えを隠しきれてはいなかった。

 とても、立派な王女には見えない。

 怯えて震えている燦を、昂は愛しく思った。

「燦が王女であるなら、狼公に囚われた人達は、皆救えたはずだね」

 昂はまっすぐ声が届くように言った。責めている風にも、労わっている風にも聞こえない平坦な声に、燦はそれでもビクリと体を震わせた。

 燦は頷く。下を向いたまま、顔は戻って来ないかと思った。やがて重たいものを持ち上げるように、燦は頭を上げた。震える唇で、訴える。

「王女という身分なしで、自分がどれだけできるか試したかったの。でも自分なんてどこにもいなかった。ムキになって、護衛を撒いて、一人で狼公の館に忍び込んだ。でも結局誰かを救うなんてできなかった。わたしの強情のせいで、二人も死なせてしまった」

 撒いた護衛とやらが、先ほどの少年だろう。

 目を潤ませている燦は、自分の行いを恥じて、自分の無力に憤っている。針森を出た時の自分と同じだ。ただの小娘にしか見えない。

 この歳では自然なことだ。誰もが通る道だ。

 だが、王女は許されないのかもしれない。

 少なくとも、燦の中では、弱い王女は許されないのだろう。

 強く正しい王女。

 それはどれだけつらく、いばらの道であろう……そして、恐らく、危うい。

「燦と俺は救ったよ。五人も」

 考えながら昂は言った。

「あの(はは)()たちもきっと助かってる。俺たちが出来たのは、きっとあれが精いっぱいだ。全員を救うなんて、身の程知らずだよ」

「でも、わたしが、父上に言えば……」

「だから、今回は俺たちを助けてくれた」

 燦の言葉を遮って、昂はゆらゆらと揺れる燦の視線を捕らえた。

 人は誰でも過ちを犯す。

 だが、今それを燦に言ったところで、燦には何の慰めにもならないだろう。

 燦は自分を許さない。許してはいけないと思っている。

 でも、それでも、今の昂の気持ちを伝えなければならないと思った。今昂と彩が無事なのは、燦のおかげだ。それは誰が何と言おうと、間違いないことだ。

「父上が動いてくれたから……」

 そう言う燦に、昂は首を横に振った。傷は痛むが、我慢した。

「燦のおかげだよ、俺たちが生きているのは。間違えないで」

 昂はそっと手を出した。燦は戸惑って昂を見たが、おずおずとその手を握った。

「燦、ありがとう。俺はずっと燦の味方だ」

 昂がそう言うと、燦は消えそうな声で言った。

「わたしが助けたから?」

 その口調は喜んでいるのだと分かったが、昂はまた、首を横に振った。やはり痛い。

「燦が好きだからだよ」

 燦は昂の手を握ったまま、固まってしまった。顔が見る間に、赤くなっていく。

 昂は実際のところ、王女さまというものが、どういうものか分かっていない。

 ただ、顔を真っ赤にして立ち尽くす、自分と同じ歳の少女は、可愛いと思った。


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