表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の皇子  作者: さら更紗
Ⅲ 予感
69/151

Ⅲ 予感 -24

 

 崑獏の屋敷の応接室は広くて、豪華だ。相手を威圧できるように、わざとそう造った。

 獏はその中央に立って、客人を出迎える。傍らには崙。正装ではなく、黒い戦闘服のままだ。

 大きな扉が開き、客人たちが入ってきた。

 少女といってもいい女と、少年といってもいい男。初めて会う相手だが、獏は立って出迎えなければならない。本来なら、(ひざまず)くべきなのかもしれない。

 だが、二人の素性を獏は疑っていた。

 初めて会うどころか、初めて見る。どうして、こんなところにいるのか。

 滑らかな金髪と幼い顔。確かに聞いた情報とは合致する。

「驚きました。何故、姫様がこのようなところに?」

 目の前に姫と呼ぶ人が来ても、跪くことなく、甲高い声で獏が尋ねる。

 姫と呼ばれた人は、気にするふうもなく、獏を見つめた。傍らにいる若い従者の方が、獏の声を聞いた途端、顔をしかめている。

「たまたま、こちらに用がありましたの。そうしたら、火事に遭遇いたしまして。人を遣ったら、こんなものが見つかったので、尋常なことではないと、調べさせて頂きました」

 姫は包み紙を開いて、それを獏に見せた。

「カランですね?」

 小首を傾げて、獏に問いかける。

 煤がついて、焦げているが、赤紫のカランの実がそこにはあった。

「あの工場は薬品工場でして、カランの実も置いてありました」

 説明しようとする獏を遮って、姫は尚も続ける。

「あそこで作業をしていた人に尋問しました。借金で首が回らなくなった人を、無理やり働かせていたようですね。その人は言いました。あそこでは麻薬としてカランを精製していたと。作業する者は、そのうち中毒者になって死んでいく」

「尋問?」

 獏の声がひび割れた。

「何の権限があって」

「もちろん国の権限です。わたしがお願いしましたが」

 ガザ国の第一王女はそう言った。

 この姫は何も分かっていない。

 崑獏が歪んだ笑みをこぼした。カランは中央の崑のお墨付きだ。この崑は中央政府の重鎮で、ガザ王と距離を置きながら、絶大な力を誇っている。この崑が声をかければ、全国の崑が反旗を翻す。王としては蔑ろに出来ない。

 そもそも、この女が姫かどうかも怪しい。子どもがたった二人で、崑の館を訪れて。

「お二人で来られたのですか」

 獏が気安くそう訊くと、姫は驚いたように目を見開いた。

「まさか!言ったでしょ、国の機関にお願いしたんですよ。わたしはまだ若輩ですし、王族とはいえ、そんな権限は持っていません。その道の人に任せないと。すなわち、この町の行政です」

 従者が合図をすると、ぞろぞろと大人たちが部屋に入ってきた。大人数が入っても、部屋の広さは損なわれなかった。

 中に見覚えがある顔を見つけて、獏はぎょっとする。

「あんたら」

 ざっと十五人ばかりの蒼碇の役所の人間。その中には崑の人間もいた。

「もう、いい加減潮時だ、獏」

 崑の一人がそう言うと、獏は歯をむき出した。

「あれは(おきな)の息がかかっているんだぞ」

 噛みつくようにそう言うと、別の崑が冷たく言った。

「嘘を言うな。翁から言伝(ことづて)だ。王から重臣全員にお声がけがあったそうだ。国のカランを一掃する。掃討に努めよ、と。よって、お前のカランも排除する。沙汰はまだだが、恐らくキシベ行きだ」

 キシベは崑から弾かれた者の、静養地とは名ばかりの、幽閉場所だ。

 獏の顔が歪み、口から泡がこぼれた。

「館の捜索をお願いします」

 姫が言うと、一同ははっと応え、散らばっていった。

 残された獏は天井を見上げた。

 また、いいように使われた。

 僕は何度もあいつらに与えられ、奪われる。体も、地位も、声も、心も。

「あーーーーー」

 崑は天井を見上げて叫びあげた。

 その微妙に狂った鐘の音のような声は、狂ったまま、何重にもなって、部屋を震わせた。

 叫び続ける獏の身体を、そっと抑えた者がいた。

「俺が一緒に行ってやるから」

 崙はそれだけ言うと、獏が叫び続ける間中、獏の身体を支え続けていた。


 怒鳴り声と乱れ走る足音。

 昂は座らせた彩の(そば)にピタリとくっついて、じっと息を潜めていた。

 やがて数人の足音が階段を下りてくる音がして、ガチャガチャと鍵を開けようとする音が聞こえてきた。

 昂は期待と不安に心臓が早鐘を打つのを感じながら、いつでも彩を庇えるように、身構えた。

 誰かが制止する声が聞こえて、下りてきた数人の足音が、階上に消えていった。

 恐れに頭がパニックを起こしかける。

「ここにいる」と叫んだ方がいいのだろうか。

 しかし、扉の向こうにいる者が味方かどうかも分からない。

 昂が逡巡していると、先ほどと違う足音が、はっきりと二つ、下りてくるのが聞こえた。

 一つは軽やかな足音、もう一つはゆっくりとためらうような足音。

 二つの足音は扉の前で止まり、ゆっくりと鍵が回る音が聞こえた。

 開けられて、入ってきた光に、昂は目が眩んだ。

 手をかざして、入ってきた人物を見極めようとする。

 見たことがない若い男と、金髪の……少女?

 何かを刺激されて、昂は思い出そうと、眉を顰める。

「凛!」

 先に彩が声を上げ、飛びつこうと前に出る。

「良かった無事で」

 金髪の少女も、ほっとしたように声を漏らした。

 昂はまだ声が出せない。

 確かに凛の声だ。しかし髪の色が違う。黒髪が金髪になっただけで、その少女は凛には見えなかった。

 だけど……どこかで……

 何も言わない昂を、少女は不安そうに見やる。その怯えた目。

(さん)?」

 昂の口からするりと名前が出てきた。

 口に出した昂自身が驚いて、目を丸くする。

 何度か夢に出てきた金の髪の少女。いつも化け物に襲われ、呑み込まれてしまう。

 何度も何度も絶望を張りつかせた顔を、昂は夢の中であるにも関わらず、しっかりと覚えていた。なぜ今まで気が付かなかったのか。確かに、あの顔は……

 目の前の少女の顔を見ようとして、昂は驚いた。少女もまた、驚きに目を丸くしていた。

 震える手が、口元を覆う。

 震える声で、少女は言った。

「知っていたの?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ