Ⅲ 予感 -23
天気が悪い日は、傷が余計に痛む。
昂への虐待はまだ続いていたが、次第におざなりになっている。たまに、獏が彩を連れてやって来て、新しい傷がちゃんとあるか確認をするので、崙はきちんと毎日目立つところに新しい傷をこしらえてくれていた。
獏の興味はむしろ彩に傾き始め、昨夜はとうとう昂の部屋に彩は戻されなかった。
嫌な想像ばかりして、昂は昨夜眠れなかった。
ここに来て初めて、崙が来るのを心待ちに、昂は逸る気持ちを抑えていた。
時間になっても、崙は現れなかった。
雨が一層強くなる。
雨の音に紛れてよく分からないが、階上が騒がしい気がする。何かあったのだろうか。
とうとう我慢できなくなって、昂は鍵のかけられた扉をドンドンと拳で叩いた。治りきらない傷が悲鳴を上げた。
構わず叩き続ける。
唐突に鍵が開く音がして、扉が開けられた。
大男の姿に彩の居所を詰問しようとして、彼が押し出したものに気が付いた。
「彩!」
蒼白な顔で立っている彩の肩を、昂は思わず揺さぶった。
「部屋で静かにしていろ。扉も叩くな」
崙はそれだけ言うと、二人を部屋に押し込み、扉を閉めた。確かに鍵がかけられる。
崙が階段を上がっていく足音を聞きながら、昂は彩を椅子に座らせた。
「大丈夫か?何があった?」
優しく訊こうとしようとするのだが、気が焦って、問い詰めるような口調になってしまった。
彩は首を弱々しく横に振った。
「何もない。気を失ってしまったみたいなの。それで一晩中、獏の部屋にいたみたい」
ぎゅっと体を縮める彩を、昂は抱きしめてやるのも憚られて、頭を撫でた。
彩は年端も行かない子どもだ。
ただ獏が子どもに性的に興味がないとは限らない。
「何も……されなかったか?」
恐る恐る昂は訊いた。
こくり、と彩は頷いた。
昂がほっとすると、でも…と彩は続けた。
「逃げられないように、獏と繋がれていたみたい」
右腕を昂に見せようとする。そこには縄で縛られた痕がついていた。
「怖かった」
頭を昂にくっつける彩を、昂は今度こそ抱きしめてやった。
くそっ
何もできない自分に昂は憤っていた。逃げ出そうにも、扉が開くのは、昂を虐待しに崙が部屋に来る時と、彩が戻ってくるときだけ。いつも崙が一緒だ。部屋を出る時、崙はきっちり鍵をかける。窓もなく、食事も崙が来るときに一緒に持って来る。
たとえ、崙を油断させて、逃亡を図っても、この傷では、彩を負ぶって逃げ出すことは不可能だ。崙はよく分かっている。
でも、このままでは、彩は心を病んでしまう。
「何か……」
昂が思わず呟くと、彩は顔を上げた。じっと昂に顔を向けている。
視ようとしているのだろうか?
昂がそう思っていると、彩は囁くようにしゃべりだした。声はもう震えていない。
「朝、誰かが慌てて獏の部屋に来たの。獏はその人の話を聞いたら、崙を呼んで、わたしを部屋に連れて行くように言った。すごくイライラしていた」
昂はじっと彩の顔を見る。
「何を言っているのか、聞こえた?」
昂も声を抑えてそう訊くと、彩の眉間に少しだけしわが寄った。
「よくは。でも、誰かが来たみたい。たぶん獏が歓迎しない、誰か」




