Ⅲ 予感 -22
「え、つまり?」
息を切らせて証書を凛に手渡した隼は、凛が手紙を読み終えるのを、息を詰めて待っていた。
凛は思ったよりも早く読み終わり、信じられないことを言った。
俺の労苦はいったい……と隼が訊きなおしたくなったのも仕方がない。
「わたしの身分を証明する証書が入っているだけ。これを使って、自分で処理しろということでしょ」
何を考えているか分からない顔で、凛は淡々と言った。証書を丁寧に丸め、また筒に入れる。
「具体的には?」
思わず隼がそう訊くと、凛はちろりと隼を見て、ため息をついた。
「おまえも少しは考えなさいよ」
「お父上が向こうで手を回してくれたりは」
「甘ったれるな」
言い捨てられて、隼は大いに反発した。
「甘いのはどっちですか!」
中途半端な自尊心。中途半端な独立心。中途半端な正義感。それがいつも失敗を導き、人を傷つけ、自分を傷つけてきた。まだそれが分からないのか。
隼は腹が立った。それをそのまま主にぶつけた。
しかし凛は言い返さなかった。
「分かってる。でも行くよ。彩と昂が待っている。それにね」
凛は指で隼のおでこを弾いた。
「わたしは自分で考えて、自分で決断している。その決断が間違いだったとしても、失敗も含めて、それは全部わたしのものなの」
まっすぐ隼を見て言う。
「後悔はしていない」
こういう目をすると、この人はやはりあの方の娘なんだと、隼は感心する。
「分かりました。つきあいますよ」
じゃあ、と凛は黄色い木の実と木の器、すり棒を差し出す。
「これは?」
隼が首を傾げると、凛は馬鹿にしたように言った。
「おまえ、本当に何も知らないのね。その木の実をつぶしたら、染料落としができるの。本来の姿にならないと、信じてもらえないでしょ」
「……それを俺にさせると?」
「他に誰がいるのよ」
「髪の染料を落とすのなら、服を着たままではびしょぬれになりますよ」
「分かってるわよ」
答えてから、凛は気まずい顔になる。失念していた。だが自分でやると、どうしてもムラになる。
「……びしょぬれになってもいいから、おまえがやって」
しどろもどろになってしまった主に、隼はため息交じりで訊いた。
「戻られるんですね、ご自分に。お母上の名前ではなく」
「戻ります、燦に」




