Ⅲ 予感 -19
ガザ国王都全輪。全輪は、白水湖と呼ばれる大きな湖を抱えるように、小高い丘になっており、その一番高いところに王城が聳え立っている。その両側に湖に沿って氏姓を持つ一族の屋敷が並ぶ。それから下るにつれて、役人、商家、職人街。そして王城と湖を挟んでちょうど対岸にあたる低い土地に、畑が広がっていた。
ガザの縮図のような王都に、ガザのことを知るには、全輪ですべて分かると言われているほど、人も物も集まっていた。
その王城の一室で、その国の正妃にして唯一の王妃は、自分の足にこっそり、湿布代わりのオオバコの葉を貼っていた。連日の山歩きに足が悲鳴をあげていた。
わたしも歳をとったかな。
もちろん内緒で出かけているので、誰にも相談することはできない。
外で慌ただしい足音が聞こえ、王妃は首を傾げた。足音に心当たりがない。そもそもこの離宮の部屋には、腹心の侍女ただ一人だけに告げて、こっそり来たのだ。
ノックされることもなく、扉は乱暴に開けられた。
「王妃様!姫様から書簡が!」
慌てふためいて飛び込んできた馴染みの家臣に、ガザ国の正妃は驚いて目を丸くした。
王側近であり、炎王が王になる前から炎の右腕であったこの男は、あまり慌てることがない。
「珍しいわね、櫂。あなたがそんなに慌てるなんて。貴重なものが見れたわ。それ、わたしに?」
櫂が握りしめている書簡を王妃が指さすと、櫂は慌ててしわになりかけた手紙を伸ばした。
「いや、陛下にです」
「じゃあ、炎に見せればいいじゃない」
出奔中の娘からの手紙に色めき立つこともなく、あっさりそう言う王妃に、櫂の頭も冷静になった。
「ただの手紙ではありません。姫様は今、蒼碇にいらっしゃるようです。しかも崑の一族と問題を起こしているようで。いや、今から起こすのかな?……とにかく、崑に圧力をかけるよう陛下に頼んできたんです!」
「それを櫂が先に読んじゃったの?」
それはまずいんじゃない?と王妃はいたずらを見つけた子どものような目で、櫂に問いかける。
「……事故を未然に防ぐためです」
ガザ国の王と王妃は、二人そろって破天荒だ。諸事情とか、根回しとか、ぶっ飛ばしてとんでもないことをしたりする。それでうまくいくこともあるが、余計に事態がややこしくなったりもする。
「それはあの子が巻き込まれているの?」
怒りを抑えている頼もしい側近を、面白そうに眺めながら、王妃は尋ねた。
「いえ……ご友人のようで」
櫂はどうでもよさそうに言った。どこの馬の骨かも分からない友人とやらの為に、国のバランスを危うくするのは頂けない。
櫂がぶつぶつ頭の中で思っている間、王妃は嬉しさに頬が緩むのを抑えられずにいた。
あの子に友達ね。
心を開ける相手がいなかった娘に友人ができたのは、母としては喜び以外の何ものでもない。しかもその友人の為に、頼みごとをしてきた。このわたしたちに。
「大丈夫よ。その手紙、そのまま炎に見せてあげて。もちろん、先に読んだことがばれないようにするのよ」
王妃があっさり言うので、櫂は慌てた。王は一人娘の姫を、それは可愛がっている。娘に頼まれたら、なにをしでかすか分からない。今まで姫が何かを父である王に頼んだことがなかったから、そんな面倒が起こらなかっただけだ。
「ですが、今、崑に王が圧力をかければ……」
「大丈夫よ」
王妃は櫂を黙らせるように言った。
「炎も分かってるわよ。あの人、あれでも王様よ」




