Ⅲ 予感 -18
「よりによって崑とはね」
凛は窓の外から、レンガ色の屋根の立派な屋敷を見下ろした。
ここは隼たち隠密が、蒼碇で活動するときに使う隠れ家だ。宿屋に併設してある貯蔵用の塔に見えるが、独立した建物だった。目立つほど高くはないが、少し高いところから蒼碇の町が見下ろせる。特に蒼碇で力を持っている崑一族の屋敷は、近すぎもせず、遠すぎもせず、ちょうどいい距離で視界に入れることができた。
昂たちと泊っていた宿に、一人でいつまでもいるわけにはいかない。父からの返信を待つ間、凛はここに泊ることにした。
「分家ですけどね」
隼が注釈をつけると、「そのくらい分かってるわよ」と凛は言い返した。
崑はガザ帝国の中でも、広く権力を誇る一族だ。地方の分家まで結束が強く、規模でいえば、玉座をめぐりお互いを潰しあった王家の全一族より大きいかもしれない。もちろん中央の役職にも崑一族がたくさん就いており、全一族との婚姻関係も多く結び、中央深くに食い込んでいた。
ただ、今のガザ王炎とは、関係が薄い。前王時代、炎は継承順位が低かった。母親の身分が低いと思われていたので、誰も彼が王になるなど思っていなかったのだ。炎は順当でない方法で、玉座に就いた。崑は炎の周りに、地盤を固めそびれてしまったのだ。
しかも炎は他国の女を連れて帰り、正妃にしてしまった。以来、側女すら置こうとしない。
そういうわけで、崑とガザ王炎の間は微妙だ。崑一族の長老たちは炎を煙たく思っているが、若い者たちは、炎のカリスマ性に密かに魅かれていたりもした。ただし、長老に連なる者たちの前では、しおらしく一族の意向に沿うように振舞う。しかし目の届かないところでは、嬉々として王に従ったりしていた。規模が大きいと、端々までは目が行き届かないのは、常の事だ。崑一族とて例外ではない。
「彼らを攫ったのは、崑獏。蒼碇を往来する船の積荷を検める役職についています。もちろん蒼碇の行政にも崑の人間は就いていますが、獏はどちらかというと、崑のつまはじきものらしく、行政に関わりのない軽い役職に就かされたようです」
だが裏取引をすれば、裏金がたくさん入る役職だ。「検め」に引っかかる積荷を見逃す代わりに、賄賂を受け取る。禁止されているものを持って来るように、脅す材料にする。
「他の崑も、彼の行状を知っていて、見逃しているようです。自分たちに火の粉が飛んでこないなら許す、と。獏はなにをしでかすか分からない人物のようですね」
さらりと隼が言うので、凛は思わず隼を睨みつけた。
これだけのおもちゃを与えてやるから、その中でなら何をしてもいい。獏はその中で遊んでいるようだ。
昂も彩も、彼のおもちゃにされてしまう。
「火の粉を浴びせればいいのね」
凛が決然として言うと、
「まぁ、そうなんですけどね」
隼は煮え切らない様子で言った。
「何よ?」
「彼のおもちゃのカランはね、中央の方も肩入れしているみたいなんですよね」
隼が面倒くさそうに言うのを聞いて、凛の目に怒りの炎が燃え盛った。
「それはぜひ、父上に諫めてもらいましょう」
力強くいう凛を見て、隼はため息をついた。
「そう、うまくいくといいですけどね」




