Ⅲ 予感 -16
「まぁまぁまぁ、なんとお可愛らしい」
感に堪えないという面持ちで、女中は今しがた自分が着付けた少女に見惚れた。あの長い睫毛に縁どられた瞼が開いたら、更に華やかだろうと思うが、それは叶わないらしかった。
少女は自分の姿を確認することができないので、着飾られても、先ほどと変わらない様子で立っているだけだ。自分を見て見てというお嬢様ばかり相手にしていた女中には、その姿は健気に見えて、一層可愛らしく思えた。
「どうですか?」
少女の兄は横で別の女中に無理やり服を着せられていた。げぇっと悪態をついていた兄は、ドレスを着せられた妹を見て、何度も頷いた。
「うん、可愛い。彩は可愛い」
もっと言い方はないのか、と女中が呆れていると、昂は癇癪をおこした。
「なんだってこんな服を着なきゃならないんだ!」
囚われていた部屋から上に上がると、そこは立派なお屋敷の一角だった。狼公の館と似ているが、あそこより上品で、なにより明るい。昨日の出来事が夢かと思うほど、「表」であり「正しい」雰囲気だった。
しかし後ろからあの大男が上がってきて、やはり昨日の続きなんだと、昂は再認識した。
そのまま食堂に連れて行かれるのかと思ったら、長い廊下を歩かされ、端にある小部屋に押し込められた。そこにはベテランらしい女中が待ち構えていて、昂と彩はいきなり服を脱がされた。そうかと思ったら、今度はごてごてに装飾された服を着せられたのだ。
彩はいい。可愛らしい。
たかが飯を食うだけで、なぜこんな服を着なくてはならないのか謎だが、彩は可愛いからいい。
だが、俺は……
昂は無理やり着せられた服を見まわして、辟易した。
リボンやフリルが邪魔になって仕方ない。動きにくい。首回りがかゆい。
「とっても素敵よ?」
着せ終わった女中が満足そうに姿見を指さす。そこに映った自分に、昂は言葉を失った。
これがわたし?……ではなくて、
「気持ち悪い」
端的にそう言って抗議したが、女中は聞こえないふりなのか、本当に聞こえなかったのか、姿見を見てため息をついた。
「その金の御髪がもう少し長かったら、もっとすばらしいわ」
「視えたらよかったのに」
ぼそりと彩がそうつぶやくのを聞いて、昂は力なく首を横に振った。
「いや、視なくていいよ」
貴公子風の素敵な上下に、さらさら揺れる金の髪。母親似の女顔。
寒気がする。
「若様とお食事をされるのであれば、これくらい当然です」
彩を着付けた女中が、厳かに言った。
若様か。
針森で育った昂は、その呼び名がどのくらいの地位の者に付けられるのか、よくは分からない。しかし館の主が、それに近いものだと、彼女たちの口調で分かった。
さて、なにを食わされることやら。
他の人間に接したことで、臆していた気持ちが、好戦的な方に傾いてきた。
扉が叩かれ、大男が顔を出した。その姿に、昂は思わずふきだした。
昂ほどフリフリではないが、正装している。先ほどの黒一色の戦闘服のような服装より、よほどゆったりしているのに、息苦しそうに見える。
「あんたもご一緒するのかよ」
昂がからかうと、大男も昂を一瞥し、鼻をフッと鳴らした。
あごでしゃくって外に出るように昂たちを促すと、大男は先に立って歩き出した。




