表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の皇子  作者: さら更紗
Ⅲ 予感
60/151

Ⅲ 予感 -15

 

「やぁ」

 扉を開け、気安い調子で声をかけてきたのは、例の優男だった。後ろに、昨日の大男を従えている。

 これといって特徴のない顔立ちだった。美男子でも()(おとこ)でもない。体は鍛えているようには見えないが、太っているわけでもない。どちらかというと細身だ。

 すれちがっただけでは、一人も彼のことを覚えていないだろう。

「よく眠れた?」

 その声に、彩がビクリと体を強張らせた。昂にしがみついたその手が、さらに強く握りしめられる。恐怖で体が細かく震え出す。

 その声は少し甲高く、聞く者を不安にさせた。何かが狂っているかのような声。

 男の外見と違って、声だけはいつまでも耳の奥にこびりついて残った。

「あんたは?」

 昂は彩を男から隠すように体で遮ると、男をまっすぐ見て言った。

 おやおやというように、男も昂を見やる。

「君は自分の立場が分かっていないようだね。君は僕の工場を燃やした。全焼は免れたけど、もう使い物にならない。人もね。何か言うことは?」

「確かに俺が火をつけた。でもそれはあんたたちが妹を連れ去ったからだ。それがカランの工場だったら、誰だって無茶をする」

「カラン?」

 男は片眉を上げて見せた。ひっくり返った声が、更に不快に耳に残る。

「ああ。あそこは僕所有の薬品工場だよ。痛み止めの精製のために、カランも扱っていたかも」

 嘘だ。

 痛み止めを作るためには、カランは発酵させない。

 昂自身は薬師ではないが、身近に薬師がいるので、そのくらいの知識はあった。

 昂はよく考えずに、口を開いた。

 この嘘つき野郎。

「発酵臭がした。カランを発酵させるのは、幻覚作用を引き出すためだけだ」

 すっと男の目が細くなった。だがすぐに元の顔に戻り、自分の胸に手を置いて見せた。

「僕の工場ではそんなことはしない。僕が言っているのだから、それが真実だ」

 僕が言うのだから……

 強者(きょうしゃ)の言い方だ。

 男が少しも動揺しない様子を、昂は不気味に思った。バレたらやばいという焦りが全く感じられない。

 不用意すぎたかもしれない。昂は内心冷や汗をかいた。この男は単純な裏社会の住人ではないかもしれない。

「まぁ、いいや」

 不意に男が言った。

「一緒に食事をしよう。そこで僕の名前も教えてあげよう。そうすれば、君ももう少しまともに答える気になると思うよ」

 そう言うと、部屋を出ていった。

 昂と彩は部屋の中で動けずにいた。

 食事をしようと言われたからといって、のこのこ出て行くのも癪に障ったし、認めたくはないが、幾分臆していた。

 渋っていると、大男が部屋に入って寝台の前に立った。威圧する目で昂を見下ろす。

 ひゅうっと昨夜の殺気を、首元で思い出した。昂は立ち上がり、彩を促した。

 とりあえず敵を知らないと始まらない。

 大男の視線を感じながら、昂は彩の手を引いて、階上(うえ)に続く階段を上った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ