Ⅲ 予感 -7
「さてと」
馬車が土埃を巻き上げ、行ってしまったのを見届けると、空は前を向いたまま、後方に感じる気配に話しかけた。
「出て来いよ」
ありゃ、と声がして、木の上から男が飛び降りてきた。少年と言ってもいいくらいの若者だ。
「やっぱり気づいてたんだ。久しぶりですね、空」
空は若者を一瞥すると、うんざりしたように言った。
「お前か、隼」
「冷たっ、愛弟子に向かって」
「そういうことは、一人前に仕事ができるようになってから言え、馬鹿」
空はため息をついた。
「いつから、見失ってたんだ?」
隼は頭を掻きながら言う。
「ええっと、扇黄の町でまかれてしまって。緑銅の町に向かったところまでは分かったんですが、まさか狼公の館に飛び込むなんて、思わないじゃないですか」
空はもう一度、深く深くため息をついた。こいつは心底反省しないから、いつまでたっても成長しない。
「お前がちゃんとついていないから、俺が姿を現さなきゃならなくなったんだぞ」
ギロリと自称愛弟子を睨みつける。
「だれがお前を姫さんにつけたんだ?」
「妃殿下です」
隼は、躊躇することなく、あっさり答えた。
「二人で成長してらっしゃい、と笑顔で言われました」
へらへらと笑う弟子の頭を、ポカリと一発殴り、空は頭を抱えて座り込んだ。
目立たないことを身上とする隠密が、目立ちまくりだ。
まったく、あの人は。
世間を見てみたいという世間知らずの娘に、若く頼りない隠密を護衛につけて、ニコニコと見送るあの人の姿は簡単に想像がついた。
怒りが消せずに迷った時、導いてくれたあの人は、どんな苦難も笑顔で乗り切った。立場上自分では動けなくなってからは、どんなに心配でも、彼女はいつも笑顔で家族や家来を送り出す。
困った人だ。
その先に待っている何もかもを、彼女は全て受け止めようとする。
無事に着いて下さいよ。
頼りない小娘と危うい少年の顔を思い浮かべる。
あの人のために、無事で。
「隼」
「はい」
「お前は姫さんたちを追え。ただし、気づかれるな。多少のことなら、昂が護ってくれるはずだ。いよいよ危なくなったら、助けろ。お前の命にかえてもな」
「了解!」
重たい命令に軽く答えて、隼は姿を消した。




