Ⅲ 予感 -4
「空、あんたさ、菫に会いに行ったの?あの人、十年以上たった今でも、あんたを忘れられずに怒ってたよ」
急に話を変えた昂に、空は一瞬きょとんとしたが、真剣な顔でこう言った。
「昂、お前、はなまつりは無事終えたんだよな?」
「あ?ああ」
昂は面食らった。
「相手の娘と結婚するのか?」
「は?」
昂はますます戸惑った。はなまつりの相手は、あくまではなまつりの相手だ。一緒に大人になった相手にすぎない。昂だって、萌と将来一緒になろうという気は、さらさらない。
結婚どころか、恋人だって、また別の話なのだ。
空は恐ろしいものを見たような顔で、先を続けた。
「この国は違う。肌を合わせたら、もう一緒になるものだと、女は思う」
「はぁ」
昂は曖昧に返事をした。それは昂にとっても驚くことだが、空が菫を怒らせた理由にはなっていない。
「でも五年もいたんでしょ。それなのに、菫が結婚を望んだから、急にいなくなったってこと?」
針森だって、五年も一緒にいたら、結婚するのではないかと思われる。
空は急に情けない顔になった。
「俺、好きな人が他にいるから、結婚はできない」
昂は不信を通り越して、呆れてしまった。
今まで頼っていた兄貴分の不義理な姿に、昂はため息をつくしかなかった。
そりゃ、激怒されて当然だ。
「馬鹿じゃないの?」
吐き捨てるように昂が言うと、空は頷いた。
「うん、昂も気をつけて。女に捕まったら、終わりだよ」
空が好きな女というのを知りたい気もしたが、昂は訊かずにおいた。なんとなく、菫に対して申し訳ない気がしたのだ。
「俺はそんな最低なことしないよ」
昂がそう言うと、空は微笑んだ。その微笑みにまた腹が立った。
ああ、やっぱり。
燦は両手で顔を覆った。
どんなに取り繕ったところで、あれは失敗だ。自分の正義を振りかざし、人死にを出した。
わたしのせいだ。
その証拠に、あれが来る。
わたしに罰を与えに来る存在。
形がなく、醜悪で、狂暴な、わたしによく似た存在。
お前は一丁前に、自分が特別だと思ったのか?誰かを助けられるほどの能力があるとでも?
たいして賢くもないのに。
たいして強くもないのに。
たいして美しくもないのに。
愚かな。
ぞわぞわとそれが近づいてくる。
大した存在ではないわたしを食べてくれる。
燦は見た。眼下で自分を見上げる自分を。
燦は一気に自分に食らいつき、一息で飲み下した。




