表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の皇子  作者: さら更紗
Ⅱ 外側
41/151

Ⅱ 外側 -27


 

 御前試合当日。使用人たちの控室の雰囲気は最悪だった。当然だ。これから剣や槍やら斧やらで追いかけまわされ、嬲られ、下手したら死んでしまうのだ。

 一応、使用人用に使い古された武器が、控室の横に積まれていたが、錆びていたり、刃が欠けていたり……使えそうなものは、ほとんどなかった。

 皆、運よく生き残れるようにと神に祈り、誰も活躍の予感に胸を膨らませている者はいなかった。

 昂はあらかじめ森の中で黒曜石を見つけており、それを薄く鋭く削っていた。それに柄をつけて短剣にした。信の作業を幼いころから見ていたので、見様見真似でもなんとかなった。ただ、相手の武器を受けるのは無理だろう。攻撃を避けて、懐に飛び込むしかない。

「おい、そんなんで、本当に大丈夫か?」

 ロカが昂の石の短剣を見て、眉を顰めた。

 例の作戦の決行日は今日だ。それが成功するか失敗に終わるかは、昂の試合での活躍にかかっている。

 昂は、短剣を見つめ、ニヤリと笑った。

「大丈夫。いつもこれでやってたから」

 それより……と声を潜める。

「ロカは大丈夫なの?」

 ロカも声を潜めた。

「大丈夫。相手と話はついているから」

 初戦の相手が誰なのか情報を手に入れ、相手に、殺さないように負けさせてくれと、交渉したのだ。もちろん何かしらの見返りをたっぷり渡したはずだ。それはここでの情報も人脈も、見返りを用意できるツテも持っている、ロカしかできない裏技だった。

「ま、せいぜい盛り上げてくれよ」

 ロカはそう言って、どこかに行ってしまった。まぁ、頼んだことは断らなかったので、やってくれるだろう。

 昂はとりあえず、自分の試合に集中することにした。


 風上の方から大きな歓声が聞こえてきた。

 彩は傍らの凛に囁いた。

「あれは?」

 凛は闘技場の方を見やった。昂はうまくやっているのだろうか。ここからはもちろん見えない。昂の作戦が成功するかも分からないのに、見切り発車で、囚われ人たちの命を懸けていることに、凛は今更ながら慄いた。

 でも、やると決めたのは自分だ。

 何か為すために、危険も代償もないことなどありえないことは、凛はよく分かっていた。

 もしかしたら、助けようとしている人全員、そして話をもちかけた昂の命も全部、失ってしまう可能性だってある。わたしが助けようとしたばっかりにだ。

 分かっていて、それでもやろうと決めた。

 逃げ出すことは、自分が許さない。

「昂が戦っているのよ。私たちが逃げる機会を作るために」

 そう言うと、台車に乗っている大きな箱に彩を入れた。その上に麻袋を入れる。

「ちょっと苦しいかもしれないけど、じっとしていてね」

 凛は台車の持ち手に手をかけると、左右の女たちに頷いた。

 女たちは頷いて、背負子を背負った。中には子供が入っている。母親の背の方が、台車にのせるより安心するだろうという、凛の考えだった。上の方に木の枝を積んで隠してあるが、できるだけ人には会いたくなかった。

 昂が闘技場で派手に兵士たちに勝っていき、警備兵や使用人たちが熱狂して、注意を逸らす。その間に、凛が屋敷の裏門近くに囚われ人を連れて行く。人の少ない道や、裏門の警備情報、鍵のありかはロカが教えてくれた。

「じゃあ、行きましょう」

 凛はなるべく普段の声を出した。急いだり、緊張している雰囲気をだしていると、不審に思われてしまう。

 闘技場の方が気になりながらも、薪を運ぶ女たちの振りをして、三人は進み始めた。

 

 大男が大剣を振り下ろしてくるところをかいくぐり、昂は男の後ろに回った。がら空きになったふくらはぎを深めに切り裂くと、男は大声を上げて膝をついた。

 飛び上がり、その(くび)の後ろに全体重をかけて、肘打ちする。男は声もたてず、昏倒した。

 観客から大歓声が上がる。昂は手を振って答えた。使用人たちは手をたたいて喜び、兵士たちからは仲間を指さし、大笑いしていた。

 次が決勝だ。昂は五人勝ち抜いてきたが、さすがに疲れてきていた。急所を狙わずに、仕留めるのは思ったより難しい。体力を何倍も使う。

 しかも、決勝では勝ってはいけない。盛り上げるところまで盛り上げて、殺されないように負けるのが、今回の計画だった。

 皆が勝者を祝福している間に、自分が脱出するのだ。傷だらけの敗者が、どこで治療しようと誰も気にしないだろうというのが、昂の目論見だった。

 ふっと、絡みつくような視線を感じて、目を上げた。上げた先には貴賓席が見えた。逆光で見えないが、あそこに狼公が座っている。

 せいぜい俺を値踏みするがいい。

 俺はお前のものにはならない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ