Ⅱ 外側 -26
「お?」
前回の密談が最悪な形で物別れに終わったので、昂は凛が言った言葉を聞き間違えたかと思った。
「なんて?」
もう一度聞きなおすと、凛はイライラした顔で、昂を睨みつけた。
「だから、ちゃんと探ってきたの。本当に逃げたいと思っているのは、二家族六人。後は、文句を言っているけど、あきらめきっている人が何人か。でもこういう人は、きっと付いて来られないと思う」
「……どういう風の吹き回し?」
その言い方がカチンときたのか、より一層眉間にしわが寄り、昂は言い方がまずかったことに気が付いた。
「いや、ごめん……ありがとう」
取りあえず謝って、礼を言うと、凛もはぁっと息を吐いた。
「ううん、わたしこそごめんなさい。すぐに周りが見えなくなっちゃうの。空回りしてばかり」
自嘲気味に言って、肩を落とす凛は、存外可愛らしかった。肩に力を入れて、噛みつかんばかりにこちらに突っ込んでくる凛には、こんな一面もあったのかと、昂は少し驚いた。
「でも……」
もどかしそうにまた凛が口を開いた。
「やっぱりみんな助けてあげたかった」
ぷっ。
昂は思わず吹き出してしまった。
たちまち、凛が噛みつきそうな顔で昂を見る。
「いや、ごめん。すごいなぁ、凛は」
昂はポンポンと凛の頭を軽くたたいた。他人のことで、こんなにあきらめが悪い人間はなかなかいない。昂などは彩と奏以外の人間など、実のところどうでもよかったくらいだ。奏が売られてしまったことで、狼公を恨んでいるが、人狩り自体をどうこうしようとは思わなかった。
彩を連れて、ここを出る。それだけだった。
凛はしかし、不条理な目に遭っている全ての人を憐れみ、助けたいと思っている。不条理なことなど、この世にはいくらでもあると言えばそれまでだが、昂は凛に肩入れしたくなった。
「とりあえず、今回は逃げたい奴を逃がそう。後のみんなは、狼公を、いやひょっとしたら国自体を変えなきゃ、逃げられない。それはここを出てから考えよう」
凛をだましてどうこうする気は、すっかりなくなっていた。
「ここを出て?」
凛が首を傾げる。
昂は凛が逃げる気ではなかったことに、驚いた。
「え?おまえ、ここに残る気だったの?」
凛は不思議そうな顔で頷いた。
「だって、わたしがいたら、足手まといでしょ?」
こういう時だけ、分かっている。
昂はため息をついた。
「逃亡の手助けをして、ばれないわけないだろ」
というか、凛がばれないようにうまく立ち回れるとは思わない。
「ここを出て、都に行こう。上の人に訴えれば、人狩りを取り締まってくれるかもしれない」
人身売買は、ガザでは実は禁止されている。取り締まりが追い付かないのだ。緑銅までは、目が行き届いていないのかもしれない。
都と聞いて、凛はおかしな顔をした。腑に落ちないというか、嫌そうな顔をしたが、しぶしぶ頷いた。
「分かった。それならわたし、役に立てるかもしれない」
顔とは裏腹に前向きな答えに、昂は戸惑った。
「そうなの?」
恐る恐る訊いてみると、嫌そうな顔のまま、昂を見た。
「わたし、都にいたの」
都で嫌な思い出でもあるのだろうか。
「無理しな……」
「行くわ」
かぶせるように凛が言った。あの噛みつきそうな凛に戻っていた。
「早く、作戦を立てましょう」
凛の勢いに、昂は黙って頷いた。




