Ⅱ 外側 -25
「信じられない!」
珍しく声を荒げた凛に、彩は驚いた。
夕食を持ってきてくれた凛は、食べる彩の横に座り込んだ。今日はしばらく一緒にいられる日らしい。すっかり凛に懐いた彩は、たまにこうして凛が側にいてくれる時間を、楽しみにしていた。
あの日、彩が気にしていた気配が、どうやら本当に昂だったと凛が伝えたのは、つい先日のことだ。
あれから凛が何も言い出さなかったので、彩はあきらめかけていた時だった。
「あなたを逃がすわ」
凛はそう言った。
「昂なら出来ると思う」
それを聞いた瞬間、彩の興奮と安堵が一気に頂点に達した。彩はしばらく何も言葉を発せられなかった。
「……昂?昂って言った?」
「ええ、彩の言うとおりだった」
そう言った凛の声も、喜びと自信に満ちていた。
それなのに、これはどうしたことだろう。
今日の凛からは怒りが発せられていた。いつもは、話し声や物音に彩よりも気を遣うくせに、今日は興奮して声が大きくなっている。
「どうしたの?」
食事を口に運びながら彩が訊くと、凛は待っていましたとばかりにしゃべり始めた。
「昂ったら、囚われている人の皆が皆、逃げたいわけじゃないって言うのよ。本当に逃げたい人だけを見極めた方がいいって。それも、狼公にばれて、自分たちの身が危なくなるとまずいからって」
凛の怒りは収まりそうにない。七歳の子どもに愚痴ってしまうなんて、凛は案外子どもっぽい。
それにしても……と彩はため息をついた。
昂も、もっとうまい言い方がなかったのだろうか。
「わたしたちの、だと思うよ」
仕方なく彩は助け舟を出した。
「昂が心配したのは、わたしたちのことだと思う」
凛はぐっと詰まった。
「凛だって分かっているでしょ。だから、そんなに腹が立つんじゃない?」
彩が畳みかけると、凛は一転して、自信なさそうに呟いた。
「それでも、理不尽に連れてこられた人が、売られていいはずはないわ」
彩は社のことを思い出した。物心がついたころには、奏と一緒に社にいた。そこを出ることは許されなかった。外に出てみたいとは思ったが、口伝師見習いとして聞く外の様子に、自分が外で暮らせるとは思えなかった。
閉じ込められていたが、守られていた。
凛みたいな人がいたら、幼いわたしたちは、外に出ようと思ったかな。
「だから、逃げるのも、留まるのも、その人の自由だと思う」
彩が言うと、凛はため息をついた。
「そうだね」
そう言って、彩の頭を掻きまわした。
「心配かけてごめんね。絶対、彩は逃がしてあげるから」
彩は頷くと、食べ終わった椀を置いた。




