Ⅱ 外側 -23
この恐ろしく無鉄砲で計画性のない女の名前は、凛と言った。昂は一瞬ぎょっとしたが、昂の探している凛とは年齢が合わない。昂がそう凛に話すと、凛はああ、とため息混じりで言った。
「この国の王妃が、凛という名でね。とても国民に人気がある王妃なの。だから自分の娘に王妃と同じ名前を付ける人が多くてね、凛という名前は、ガザには多いのよ」
「ふーん」
それでは凛を探すのは大変かもしれない。
「あんたは凛という名前が好きじゃないのかい?」
昂がそう聞くと、凛は心底驚いたような顔で昂を見た。
「どうして?どうしてそう思うの?」
眉を寄せて訊く凛に、昂は頭を掻いた。確信があったわけではない。ただ少し気になったのだ。
「いや、自分の名前のことなのに、面白くなさそうに話しているように見えたから」
凛はまじまじと昂を見つめ、小さな声で言った。
「そんなことないわよ」
凛が密談の場所として指定してきたのは、貯蔵庫裏の薪置き場だ。人の出入りがないわけではないが、何かを運んでいたり、小走りで来たりするので、人の気配がすぐに分かる。それに兵士はまず来ない。下働きの女と男の使用人がちょっと立ち話していても、不思議ではない場所であることも重要だった。
さて……
目の前に決死の表情で立っている凛を観察しながら、昂は迷っていた。
凛の言うとおりにしないと、鍵は手に入らない。様子から見て、ちょっと脅すぐらいではかえって逆効果だろう。それくらいの決意の固さというか、融通の利かなさが、彼女の引き結んだ口元から伝わってきた。
かといって、彼女の無謀な提案を容易に呑むわけにはいかない。捕まってしまって、二度目のチャンスがあるとは思えない。
それなら……
気が進まないながら、これしかないと心の中でため息をついた。
凛をだます。
皆を助ける為に動いているふりをして、やはり無理であると凛が思うように、持っていく。ギリギリであれば、他の囚われ人をあきらめても、彩一人を逃がすことに反対はしないだろう。
人を不幸に出来ないという思いが、人一倍強いからだ。その優しさにつけこむ。
最低だが仕方ない。
その潔癖そうな顔が自分の嘘に傷つくのを想像して、昂は心底嫌だと思った。
しかし、彩までも失うわけにはいかない。
「凛はここに来てどのくらいになる?」
凛の様子を窺いながら、昂は凛に尋ねた。
「三ヵ月くらいかしら」
凛が指を折って数えながら、答えた。昂は頷いて続ける。
「俺もここに来て日が浅い。皆を助けるのなら、俺たちだけじゃだめだ。もっとここをよく知っている奴がいなきゃ。俺の仲間に信用できる奴がいる。そいつを仲間にしていいか?」
実際には信用するには胡散臭い男の顔を思い浮かべながら、昂は凛に提案した。
「いいわ。昂が信用するなら」
真っすぐ言う凛の言葉に、昂の胸は痛くなった。




