Ⅱ 外側 -19
昂は扉の前から離れようとして、立ち止まった。細い扉の隙間から覗いた部屋は、真っ暗で何も見えなかった。
ロカに呼ばれて、目的とは違う場所だったようだと扉を閉めようとした時、中の闇が少し動いた気がした。閉めかけた扉に、もう一度向き合う。だが、外側にかけられた錠の鍵は持っていない。それ以上開けることは不可能だった。
それにしても、この錠は誰のための錠だろう。これではまるで……
「こっちじゃないよ、昂」
ロカは扉を押し、あっさり閉めてしまった。
昂を引っ張って、促す。
「早くいかないと、さぼってるとおもわれるぜ」
焦っているロカに引っ張られながら、昂は呟いた。
「外側に鍵穴じゃなく、わざわざ閂をかけて錠をするって、どうしてだと思う?」
ロカはあっさり答えた。
「そりゃ、お前。中の奴が逃げないようにだろ」
その時、廊下の向こうから女中が歩いてきた。二人の姿を見ると、身を強張らせたように見えたが、そのままこちらに進んできた。
すれ違いざま、ちらりと昂を盗み見したのが分かった。
「ほら、行くぞ」
ロカに引っ張られながら、昂は閂の意味と、女中が今からどこに何をしに行くのかを考えていた。
凛が部屋の中に身体を滑り込ませた途端、彩が身を寄せてきた。
「どうしたの?」
驚いて小声でささやくと、彩は更に体をくっつけてきた。
黙っている彩をしばらく見やって、凛は灯りをともそうと、彩を離した。この暗さでは何もできない。
「……いなかった?」
「え?」
かすれた彩の声は聞き取れなかった。
「何?」
もう一度聞き返す。
「誰か外にいなかった?」
その声が少し弾んでいることに、凛は驚いた。先ほどすれ違った二人の男。
「すれ違ったわよ。ここの使用人だと思う。一人は何回か見かけたことがある。確かアウローラ公国出身だったと思う。もう一人は」
凛は初めて見る、もう一人の男を思い出そうとした。綺麗な顔立ちと柔らかそうな金髪。
わたしとは違う。
不意に黒い感情の蓋が開きそうになって、凛は慌てて押し込めた。
「金髪の男だった。初めて見る顔だったわ」
凛がそう言うと、急に彩はしゃがみこんだ。小さな手で口を押え、肩を震わせている。
「彩?」
心配になって、凛もしゃがみこむ。
「昂…かもしれない」
聞き取れないほど小さな声で、彩が言った。
「昂?」
「一緒に旅をしていた人」
彩は凛に心を許していたが、自分のことを話してはいなかった。凛も聞き出そうとはしなかった。
凛は眉を顰めた。
その金髪の男は使用人のようだった。確かに初めて見る顔だし、彩と同じ時期に館にやって来たのかもしれない。しかし囚われの身という感じではなかった。人狩りに遭い、不当に連れてこられた者特有の、打ちひしがれた、あきらめたような雰囲気がなかった。
「彩、あなたのこと、教えてくれる?」
先ほどの男の、整った顔を思い出す。チラリとしか見なかったが、それでも凛の胸を刺すほどには、印象に残っていた。
「その人が昂かどうか、探ってみる」
彩の小さな手が、ぎゅっと凛の腕を掴んだ。




