Ⅱ 外側 -18
また来た。
無力感に襲われると、その化け物はやってくる。何度も何度も繰り返されることに、悪夢の中の本人も、察しているようだった。
またやってくる化け物に恐怖と嫌悪を感じながらも、まだ女の人が呑み込まれていなかったことに安堵する。
女の人は背の高い草の陰に、身を潜めた。
ここでじっとやり過ごす。
何度も喰われながら学んだ、それがその人の最近のやり方だった。
だけど……
それは音を立てずにやってくる。女の人がいた道をぞわぞわと進んでくる。獲物に近づいている化け物の興奮と歓喜が、空気を震わせていた。
女の人は草の陰でじっとしている。恐怖と戦いながらも、気取られないように、なんとか息を殺している。
化け物は右往左往し出した。その辺りに獲物がいることは分かっているのだ。
逃げられない。
この化け物は執拗だ・
そこにいると分かっているのに、見逃すはずなどないのだ。
どんなに身を潜めても、息を殺しても。
見つかってしまう。
こんな状態は耐えられない。いつ喰われるかという恐怖とは、永遠に戦えるものではない。いっそ喰われてしまった方が……
彩はうっすらと目を開けた。部屋の外で足音が聞こえた。凛の音ではない。
彩は身を固くした。
がちゃっと取っ手を回そうとする音が聞こえた。しかし扉には錠がしてある。内側から開かないようにしている錠だ。
取っ手はまわり、扉は少し動いたが、扉の外側に付けてある閂と錠が、扉が開くの妨げた。足音の主は不意を突かれたようであるが、扉をすぐには戻さなかった。彩は細い空気の流れを肌に感じた。
相手がだれか分からないうちは、声を出すわけにはいかない。彩は息を殺していた。
足音の主は、しばらく扉の前から動かなかった。
遠くから声が聞こえた。扉の前の気配が動いた。誰かに呼ばれたようだ。
「ああ」
返事をした男の声に、彩はわが耳を疑った。
昂?
その声はここにはいないはずの昂の声によく似ていた。
だが、声の主は扉の前から離れようとしている。扉の隙間がそっと閉じられようとしていた。
大きな声を出そうとしたが、彩は声を出せなかった。気持ちは焦るのに声が出ない。彩の目から涙がぽたぽたと落ちた。
握りしめた手は白くなって震えている。
昂、助けて。ここにいるの。
喉はヒューヒューと鳴るばかりで、音を出すことは出来なかった。




