Ⅱ 外側 -16
凛は一晩中、彩の背中をさすってくれた。
凛はこの屋敷に仕えるメイドらしく、昼間は仕事をしている。夜になると、こっそりこの部屋に忍び込んできてくれた。
「誰にも、ここに私が来ていることを言ってはいけないよ」
凛は必ずそう彩に言い聞かせる。
凛がいなくなると、やはりこの部屋にいるのは彩だけのようだった。
食事は運ばれてくるが、誰も凛のように話しかけようとはしない。彩も恐ろしくて、口を閉ざしていた。
どうして他には誰もいないのだろう。わたしはどうして攫われてきたのだろう?
一緒に攫われた奏は?
あれから奏の存在を感じない。もしかしたら、あの時、死んでしまったのかもしれない。
考えれば考えるほど、恐怖で体が震えてくる。
昂はどうしているだろう。二人が消えて、攫われたと気が付いてくれただろうか。どこに連れて行かれたか、見つけてくれるだろうか。
そして……助けてくれるだろうか。
……無理だ。
そこまで考えると、いつも思考はそこに行きつく。出会ったばかりのわたしたちの為に、押し付けられた昂がそこまでしてくれるとは思えない。
昼間考えると、震えが止まらなくなり、食事も出来ず、眠ることもできなくなった。
凛に撫でられながら、彩は自分が消えていくのを感じた。
もう、死にたい。
「クソッ」
昂は怒りに任せて、斧を振り下ろした。
隣で同じように薪を割っていた男が、呆れたように昂に目をやった。
「また、思い出したのかよ」
「……」
昂は無視して次の木を取ると、切り株の上に置き、斧を振り下ろした。
木は見事に真っ二つになった。
「お見事!」
そう褒める男は、いつも一回では割れない。何度か斧を振り下ろし、やっと二つに割れる。
褒められた昂は、薪割りなどに注意を向けていなかった。こんなもの、村では数えきれないほどやらされる。集中しなくても、身体が覚えているのだ。
それよりも……
また悪態をつきそうになって、昂は思いとどまった。確かに悪態をついたところで、何の益にもならない。
俺のせいだ。
菫が言った意味がやっと分かった。
……二人を巻き込むことになるよ。
どうやら、自分は目立つらしい。しかもその種の人間を引き付けてしまう。食堂などで働いて目立っていると、目を付けられる。
菫の忠告はそういうことだった。
奏はもう売られた。そう聞いた途端閉じられた扉は、あの後どうやっても開かなかった。
最終的には怒りと焦りを込めて、扉を蹴破ろうとした。しかしそれでも、扉はびくともしなかった。もう一度蹴りを入れようとしたところで、それまで静観していた大男に腕を捉まれた。そのまま、使用人部屋まで引きづって連れて行かれたのだ。
大男は寝床に昂を放り込んで、相変わらずの不愛想な声で言った。
「明日から朝が早い。もう寝ろ」
そうして次の日、本当に夜も明ける前からたたき起こされ、休みなく働かされる日々が始まったのである。




