Ⅱ 外側 -14
彩は暫く体を丸めていたが、そのうち心が落ち着いてきた。感情をかき乱すあの声が聞こえなくなったからか。
そろそろと体を起こしてみる。まだ動き回る勇気はないが、感覚を少し広げてみる。
耳を澄ませ、周りの音を聞く。
空気の流れを感じ、気配を探る。
鼻をうごめかし、匂いを嗅ぐ。
恐怖に怯えて、内に籠れば、感覚は外に広がっていかない。もしくは過剰に広がってしまう。
情けないことに、視ることはできない。あれはやはり、奏がいないと発揮できないのだ。
とりあえず、できることを……
彩は慎重に、そっと周りを探った。
空気の流れが返って来るのが早い。
狭い部屋だ。
しかも、風が抜ける音も聞こえない空間で、空気が流れている。
窓もなく、恐らく……暗い。
すっと、また空気が動いた。
誰かいる。
彩は身を固くした。
気配がそっと近づいてきた。
彩は少し、警戒を緩めた。
気配の匂いが悪い匂いではなかったからだ。少し甘い、柔らかな匂い。
男ではない。若い女、恐らく昂くらいの。
誰?問おうとして、思いとどまった。
まだ、早い。
「こんな小さな子まで……」
気配の口から女の声が漏れて、彩はほっとした。心から相手を憐れんでの声。
彩は囁くような声を出した。
「だれ?」
問うと、女の声に安堵が広がった。
「わたしは凛よ。あなたたちを助けたいの」
真摯な女の声が、彩の震えていた心をそっと撫でた。
思わず縋り付きたくなるのを抑えて、今聞いた名前を繰り返す。
「凛」
「そう、あなたは?」
「……彩」
凛。昂が探している人物の名前。私たちが引き合わされる人。しかし、その人は昂の母親と同じくらいの歳のはずだ。女の声は、若すぎる。
彩は混乱する頭を振った。
分からない。分かっているのは、ここを出ないといけないということだ。
「どうやって、ここを出るの?」
彩が訊くと、凛の困ったような声が返ってきた。
「どうやって、出ようかな?」
期待するのはまだ早かったようだ。




