Ⅱ 外側 -13
石に乗り上げたのか、馬車が大きく揺れ、外をじっと見ていた昂は、頭をぶつけてしまった
ふと、呼ばれた気がしたのだが。
キョロキョロしていると、前方に巨大な灰色の屋敷が見えてきた。まるで城のようだ。
馬車はそちらに向かって行く。
あれが狼の城か。
その巨大さが、狼公の力の強さを示していた。来るものを威圧するような威容。
馬車は灰色の城に吸い込まれていった。
「狼の館へようこそ」
今まで、一言もしゃべらなかった御者が、ぼそりと言った。
馬車は門をくぐると、車体をガタガタいわせながら進んで行った。
灰色の城だと感じたのは、その屋敷が灰色の石を積んで作られているからだ。それにしても、大きい。これだけのものを作るのに、いったいどれだけの時間と労力が使われたのか。
しかし装飾などは全くといっていいほど、施されていなかった。今進んでいる馬車用の道も、あるのは灰色の石の壁と石畳の道。かろうじて庭であると主張するように木が植わっている。花壇などは全く見当たらなかった。
この先に希望などない。
屋敷がそう言っているような気がした。
たどり着いたのは、暗い車止めのようなところだった。闇に沈んだようなその場所で、馬車は止まった。無口な御者が馬を宥める声が聞こえ、御者台を降りる気配がして、扉が開けられた。
一言も発しない。
昂はその時、初めて御者を見た。
乗る時は菫に気を取られていて、御者の男まで見ていなかったのだ。
大男だった。しかし背中をまるめている。猫背というより、背骨が変形しているのかもしれない。
大男は動かない昂をじっと見つめた。昂も見つめ返す。しばらくして、大男はあきらめたように、馬車に身体を入れ、昂に手を伸ばした。嫌がる人間を、無理やり屋敷に放り込む。それがこの男の仕事なのだろう。
昂は右手を掲げて、男を止めた。
「いい、行くよ」
そう言って、男を押しのけて降りようとする。男は素直に道を開けた。
地面に降り立つと、屋敷の雰囲気にのまれそうになる。買われて来た人間がここに連れて来られるのだとしたら、恐怖に打ちのめされるだろう。
彩と奏はこの景色を見たのだろうか。
胸がぎゅっと掴まれたように痛んだ。
自分が恐怖に呑み込まれないように、昂はあえて周りを見回した。最後に、視線を大男に戻す。
「狼公の所に連れて行ってもらおうか」
最大限押さえて言った声は、震えていなかったと思う。
男は一つ頷くと、先に立って歩き出した。




