Ⅱ 外側 -12
気が付くと、冷たい床を頬に感じた。
必死に気配を探ってみるが、何も視ることはできなかった。
ゆっくりと起き上がってみる。
背中に冷気を感じて、恐る恐る触ってみると、冷たい石の壁だった。そろりと背中を預けてみる。少しだけ楽になった。
あれから、どのくらい経っているのだろう。
彩は奏と一緒に二階で寝ていた。昂は下の食堂でまだ仕事をしていたはずだ。音を立てないように近づいて来た足音に、音に敏感な彩はすぐに気が付いた。それも、昂の足音ではないことも。自分たちの部屋の前で、その足音が止まった時、彩は奏の頭に呼びかけた。
奏はすぐ起きたらしい。部屋に入ってくる男たちの姿が微かに、奏の目を通して視えた。暗闇に黒い男たち。
危険だとすぐに分かった。身軽な奏が、跳ね起き、捕まえようとした男の額に頭突きを食らわせたのが見えた。
男の手が一瞬、止まったところまで視えた。しかし別の男の手が迫ってきて、奏の意識が消えた。
彩の頭には何も視えなくなり、叫びそうになったところで、何かの薬の刺激が鼻を突いた。
それで……
今ここにいる。
彩は自分の身体を抱きしめた。
奏の気配はない。
何も視えない。
昂も近くに感じない。
分かるのは冷たい石の感触だけ。
恐ろしくて、彩はそこから動くことも出来なかった。
助けて……
声に出すことも出来ず、彩は心の中でギュッと思った。助けて。
その時、身体の奥から呼びかける声があった。
オモイダセ
何か、恐ろしい声だ。それでいて、ひどく甘い声。
聞いてはいけない。彩は耳を塞いだ。しかしその声は自分の内側から湧いてきた。耳を塞いでも、何の意味もない。
オモイダセ
分からない。
何か思い出さなきゃならないことなど、思い当たらない。声は耳鳴りのように響いてくる。
オモイダセ オモイダセ オモイダセ
昂!
彩は耳を塞いだまま、身体を九の字に曲げ、心の底から昂を呼んだ。
フッと声は止んだ。




