Ⅱ 外側 -10
その意味が分かる機会は、すぐにやってきた。
「え?どういう?」
女将は意味が分からないという当惑顔で、その男の顔を見た。髪の毛は薄く、頬がこけていて、目には険がある。不幸な男を絵にしたら、こんな風だという顔だ。
その男はフンと鼻を鳴らした。
「分からない振りは止めた方がいい、女将。あんたもこの町は長いんだろう?」
女将の目に途端に光がなくなった。
「こいつを買いたいと、狼公が仰せだ」
給仕についていた昂は、男の指が自分を指しているのを見て、仰天した。
俺を買いたい?どういう?
人身売買たる裏の取引が横行していることは、針森にいた昂でも、情報としては知っていた。女を攫って売り飛ばす。反吐が出るような現実だが、針森には縁がないな、と仲間内で言っていた。
十六歳の男を買って、どうするっていうんだ。
昂の困惑した顔を見て、男はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「意味がわかってないようだな、坊主。いろんな需要があるってことだよ」
そう言って、昂の髪をゆっくり触り、昂の顔をじっくりと眺めようと、男の不幸顔がくっつきそうなほど近づいてきて、昂は思わず飛びのいた。
クックック、と愉快そうに男は嗤う。
「上玉だ」
不思議なことに、周りの客は興味深そうに昂たちを見ているが、誰も口を挟まなかった。
「攫って行こうってんじゃない、ちゃんと、金を払うって言ってるんだ。悪い話じゃないだろう?こいつのおかげでだいぶ儲かってるそうじゃないか。それに見合うだけの代金を支払おう」
男は一人でしゃべっている。上機嫌だ。
女将は唇を噛み、うつむいていた。
やがて、意を決したように顔を上げ、口を開いた。
「この子は明日、この町を発つんです。うちの店のものじゃありません」
しかし男は何の反応も示さなかった。冷めた目で、女将を見る。
「それで?あんたも一緒に出るのかい?違うだろ?あんたは、明日もこの町にいなきゃいけない」
それがどういうことか分かるだろう?
意味を内包した笑みに、女将は震えあがった。
それに、と男はついでのように、昂を見た。
「おまえ、ガキ二人連れて来たんだよな?あんた一人でも、出て行くのかい?」
そう言って、意味ありげに、天井に目をやる。上の階の宿では、彩と奏がいるはずだった。
昂は考える前に駆けだしていた。もつれる足で、二階に駆け上がる。
自分たちの部屋の扉を開けると、二人の姿はなかった。部屋は散らかっているのに、気配の一筋もない。
下から、男の笑い声が聞こえた。
「さぁ、坊主、どうする?」




