Ⅱ 外側 -9
二日は菫が宿屋に通ってくれた。彩の体力は元に戻り、顔にも血の気が戻ってきた。食欲も元に戻ってきたのはいいのだが、本来の調子で食べられると、あっという間に懐がカラになってしまう。
昂は世間知らずを盾に、女将に相談した。
女将は呆れながらも、昂たちを追い出しはしなかった。昂の頭のてっぺんから、足の先まで見た後、自分の思いつきに満足したように笑った。
「いいよ、ここを手伝って行きな。それで、食事代はいいことにしてあげる。愛想よくね。客入りが良くなりそうだ」
それから、昂は食堂を手伝うようになった。朝は仕込み。午後からは接客。忙しくて目が回りそうだが、言われた通り愛想よく客に接すると、どんどん客入りが良くなった。
彩は三日目に起きだし、奏についてきてもらって、菫の薬室を訪ねる。診察も目的だが、薬師の仕事を見ているのも面白いらしい。
二人はいつも一緒にいる。というか、離れては立ち行かなくなるらしい。二人いれば、お互いの欠けているところを補い合って問題ないのだが、離れると、途端に何もできなくなる。
二人で一人。
玲の言葉を思い出す。確かに、今、まさにそういう状態だ。
「いつまでも、そういうわけにはいかないわ」
二人を迎えに、昂が薬室を訪れた時、菫は至極まっとうにそう言った。
「どうして、二人をこのままの状態でよしとして育てたかは分からないけど、一人ひとり別の人間なの。一人でも、どうにかやっていけるようにしなくちゃ」
その通りだと、昂も思う。
二人があまりにも対でありすぎて、疑問に思わなかったが、別々の人間なのだ。
「この子たちは、口伝師となるべく、育ちました」
昂は考えながら言った。昂も二人には、出会ったばかりだ。針森にいる時には、知らなかった。でも、社にいるということは、そういうことだ。
「口伝師というのは、村の知識を残らず吸収し、伝承するのが生業です。特殊なんです。それだけが勤めで、大げさに言うなら、他のことは出来なくてもいいんです」
菫は少し眉を顰めながら、ふーんと相槌を打った。そして、あれ?と首を傾げた。
「あら、それじゃあ、なんで出てきたの?」
昂は言葉に詰まった。
本当だ。なぜ、社は、玲は、二人を村から連れ出させたのだろう?こっそりと。
恐らく、村の人間のほとんどが二人の存在も、二人が村を出たことも知らないだろう。
まるで、始めから、村にはそんな双子は存在していないようだ。
昂の背中を、何かがぞくりと駆けあがっていった。
「それからね」
ビシッと菫は、昂を指さした。
「あんた、なんで、あの食堂で働きだしたの?」
急に話題が変わったのと、急に厳しい顔で言われたことに驚いて、昂は「へ?」とまぬけな声を出してしまった。
「このままいくと、お金が足りなくなりそうで……」
なぜか言い訳がましくなって、声が小さくなってしまう。
そんな昂の情けない顔を見て、菫ははぁっと大きくため息をついた。
「だからって、よりによって、なんであんな目立つところで……」
最後の方は独り言のように言って、あきらめたように首を横に振った。
「昂!」
キッとねめつけて、菫が叫んだ。彩がビクッとする。
「はい!」
菫の剣幕に昂も直立不動で返事をした。
「あんた、しっかりしなさいよ。じゃないと、二人も巻き込むことになるよ」
「?……はい」
何に巻き込むというのだろう?昂はピンとこないまま、菫の真剣さに押されて、首を縦に振った。




