Ⅱ 外側 -7
「ああ、知ってるよ」
知らないふりは止めたようだ。忌々しそうだが、口は止めないでくれている。
「あの馬鹿の故郷だったところだ。ここから近いと言っていた。いずれ覗いてみようと言っていたが」
本当に行ったのか。
菫が最後は独り言のように言うのを訊いて、昂はごくりと唾を飲み込んだ。
何かがずれている感覚。
故郷だった。覗いてみる。本当に行ったのか。
どれも針森で薬師をしている空とは、少し印象が違う。これではまるで……
針森を捨てていった者のようだ。
「空は針森の人間ですよ。十年姿を消していましたが、十年前に戻ってきて、村で立派に薬師をしています」
「していたが、いなくなった」
何でもないことのように、菫が言った。
昂を見て、フンと鼻を鳴らす。
「村中探してもいない。だから、村を出て探しに来た。わたしと親しかったと耳にして、とりあえず最寄りのこの町を尋ねた」
違う?
目顔で問われて、昂は言葉に詰まった。
仕方なく、昂は気になったことを確認した。
「本当に親しかったんですね」
「は?」
昂の見当違いな質問に、菫は思いっきり顔を歪めた。
「いえ、懇意にしていた薬師と伺っていたのです。それにしては、先ほどの態度は、親しいものに対しての反応ではなかったので……」
「空は十七、八年ほど前にこの町に現れた。半人前の薬師だったよ」
やけにのっぺりした顔で、菫がしゃべり始めた。
「わたしの所に居着いて、あれこれ手伝ってくれた。居候から、弟子になり、そのうち恋仲になった。町にも溶け込んで、わたしと一緒に、薬師としてこの町を守ってくれると思っていた」
雲行きが怪しくなって来た。菫の目は、遠い昔の空を睨みつけている。
「五年たったある日、急に姿を消した。前の日まで、いつもと変わらない日常だったのに、急に消えた」
「事故とか、なにか……」
その後、空が生きていることを知っているのに、昂は思わずそう言ってしまった。菫の平らかな語り方が、妙に恐ろしかった。
菫は冷笑した。自分に向けて嗤っているみたいだった。
「何も残っていなかったのよ。彼の持ち物はそんなに多くはなかったけど、五年も生活すればそれなりに増える。それが一つも残っていなかった。まるでそこにいた痕跡を消し去ったかのように、何も残っていなかった」
昂は村の薬室を思い出した。荒らされた薬室。あそこに空の物は残っていなかったのだろうか。そして、青の言葉。
……探すわけにいかない。急にいなくなったことも知られてはいけない。
俺は、針森の薬師である空を探しては駄目なんだ。自分の知らない空を、見つけなくては。
「菫さん、空は俺をガザへ連れて行ってくれるって言ったんです」
菫の目が、驚いたように開かれた。
「それなのに、消えちまった。空にとって、消えることが普通のことでも、俺には約束を反故にされた貸しがある」
絶対約束を守らせてやる。
「絶対見つけるから、菫さんも協力して下さい」
菫はしばらく昂を見ていたが、やおら立ち上がると、彩の額に手を当てた。
「……まだ、この子の体調は万全じゃない。明日もまた来るから、ゆっくりお休み」
そう言うと、道具を鞄にしまい、昂たちの顔も見ずに部屋を出ていった。
昂と奏は顔を見合わせた。彩は薬がきいているのか、まだ眠っている。




