Ⅱ 外側 -6
探していた薬師は母親くらいの年齢の、穏やかな女性だった。
昂が部屋に戻って、いくらも立たないうちに、宿の若者は薬師と呼ばれる薬師を、連れてきてくれた。
菫と名乗った薬師は、彩を一目見るなり、あらあらと優しい声で彩を撫で、横たえてやった。
「なれない長旅で疲れたんだよ。緊張で怖い夢を見たんだね。少し貧血も起こしてる。今日はゆっくりお休み。栄養を取って、ゆっくりして、変化に身体を慣らした方がいい」
菫はゆっくりと、噛んで含ますように、しゃべった。昂の心もほどけていった。
やはり、無理をしていたんだな、と心が痛んだ。それはそうだ。もっと労わってやればよかった。
部屋の空気が安らいだのをみて、女将も安心した顔で、階下に降りていった。
「今日はまだこの町にいられるのかい?何か用事があったとか」
菫はそんなことまで気を回してくれる。
蘭と同じくらいだろうが、くるりと肩の辺りで巻いている栗色の巻き毛とか、目元の優しい笑い皴が、いちいち蘭と違って優しい雰囲気を醸し出していた。
昂は気安く答えた。
そうだった。この人に会うために、ここに来たんだった。
「すみません、ご挨拶が遅くなりました。俺は昂って言います。あの、実はあなたに会いにこの町に来たんです。空っていう薬師をご存知ですよね?実は空の行方が分からなくなって、あなたに訊いたら……」
そこまで一気にしゃべって、昂は言葉を止めた。穏やかだった菫の顔が、一変したことに気が付いたからだ。
もう、穏やかさは一片も見つからなかった。目が吊り上がり、昂を睨みつけている。
「空だって?」
声音まで変わっている。先ほどより数段低くなった声に、昂は驚いて、ただ菫を見つめた。奏も突然変化した薬師の顔に、目を見開いている。
「あんなくそガキなど、わたしは知らん!」
菫は怒鳴った。興奮したのか、肩で息をしている。あんな、と言った時点で、知っていると言っているようなものだが、昂はその迫力に、そう指摘することが出来なかった。
朔婆並みの迫力だ。栗色の巻き毛が逆立ちそうだ。
菫は肩で大きく息をつくと、薬を煎じ始めた。彩に呑ませるものかと思って見守っていると、そのまま自分で飲み干してしまった。
あっけに取られて昂が黙ってみていると、菫は近くにあった椅子を引き寄せ、座ると、もう一度大きく息をついた。
「あんたたち、どこから来たの?」
言葉遣いはぞんざいだが、声は元に戻っていた。ただし、最初に抱いた優しい印象は、霧散していた。
「針森です。ご存知ですか?」
探りながら、昂が答える。あの剣幕は尋常ではない。玲は「懇意の薬師」と言っていたが、良好な関係とは思えなかった。
一体、何しやがったんだ、空の奴。




