Ⅱ 外側 -4
華奢で美少女然としている彩は、意外に大食いらしい。行儀悪いふるまいを謝ることなく、気持ちよさそうにお腹をさすっている。
「あはは、すごいねぇ、お嬢ちゃん」
もう、こらえられない、とばかりに笑ったのは、この宿の女将である。料理も担っているのか、前掛けと三角巾を身に付けている。
「さっきから、見ていれば、すごい食べっぷりだねぇ。見てて、気持ちいいよ」
そう言って、彩の顔を覗く。
「やっぱりだ。あんた、目が見えないんだろ?それにしちゃあ、迷うことなく、がつがつ食べていたねぇ」
不思議そうに言う。その言い方には何のこだわりも感じられなかった。純粋な疑問。
「なんとなく気配で分かるんです」
彩は何のことはないという風に、平然と答えた。
料理の気配。
「……」
どっと食堂が湧いた。皆がこのやり取りに耳を傾けており、彩の答えにうけたのだ。
彩の身体はビクッとなり、奏はキョロキョロと周りを見回している。
「料理の気配って……面白い子だねぇ」
おかみさんは涙を流しながら笑っていた。
そうして、おまけのデザートを彩と奏の前において、下がっていった。
それから何人もの客たちに声を掛けられ、双子は沢山の手に頭を撫でられていた。鉱山が近いせいか、客はほとんどがむさくるしいおっさんだったが、中には女性もいて、可愛い!連れて帰りたい!と双子を抱きしめていた。
皆にもみくちゃにされながら、されるがままで呆然としている二人は、年相応の七歳に見えた。いや、もっと幼く見えたかもしれない。
「あんたたち兄弟だろ」
客の中の一人が、そう訊いてきた。酒でだいぶ顔が赤くなっている。ガタイのいい身体を、ことさら見せつけているような服を着た男だ。
「ああ、まぁ」
昂が曖昧に頷くと、男は感心したように頷いた。
「よく似てるもんなぁ。こんな綺麗な顔を三つも拝めるなんて、今日はついてるぜ」
俺もか?
内心そう突っ込みながら、昂は笑顔で褒められた礼を言った。
「売り飛ばされないように気をつけな」
酔っ払い男は何が面白いのか、ぎゃははと大声で笑い、フラフラと奥の席に戻っていった。
食堂から部屋に上がると、もう限界だった。寝床に倒れ込んだのが先か、意識がなくなったのが先か、あっという間に昂は眠りの底に落ちていった。
一面の草原だ。
周りには建物もなければ、人もいない。
いや、いた。
少女が一人。
遠くからくる何かを待っている。
長い金の髪を風になびかせ、すっくと立って、遠くを見据えている。
両足はしっかりと大地を踏ん張っているのに、身体の横に垂れた腕には何の力も入っていない。
やがて、少女は顎を少し上げ、耳を風にさらした。
風に乗って、何かの音が近づいてきた。
それは、なんとも不吉で禍々しい音。
来るな!
しかし少女は動けない。足は大地に囚われてしまっている。
何かの姿が草原の向こうから迫ってきた。
黒くドロドロとしたもの。それなのに素早くて、毛の生えた足が何本も突き出ている。
何かは少女を見つけた途端、歓びに咆哮した。
耳を塞ぎたくなるような金属音。
開けた口は、身体の半分ほどあり、ギザギザの歯が牙のように生えている。唾液が糸を引き、口の中はぬらぬらと紅い。
少女はなすすべもなく、向かってくる化け物に相対していた。
その表情は見えない。
恐怖しているのか、あきらめているのか、絶望しているのか。
そのだらりとした腕には依然として、何の力も入っていない。
喰われる!
昂は叫び声を上げた。




