Ⅱ 外側 -2
ガザの森を抜け、生まれて初めて馬車を見た時も、感動というよりは、安堵の方が先だった。
ガタガタと道の悪さをお尻の下で感じながら、それでも昂は、運んでもらえるありがたさに感謝した。
これからこの二人を連れて、空を見つけ、凛の所までたどり着けるのだろうか。暗澹たる気持ちを抱きながら、昂も窓の外を眺めた。
「……後悔しているか?」
急に話しかけられて、昂はすぐに反応できなかった。外の景色から視線を戻すと、奏が自分を見ていた。
「後悔しているのか?」
もう一度、彩が訊いた。
「ああ、いや……」
口ごもったことで、答えを言ってしまったようなものだ。
気まずい思いで、次の言葉が出て来ない昂に、彩はあっさり言った。
「ごめんなさい」
昂は驚いて二人を見た。七歳の子が二日かけて森を抜ければ、身体はガタガタなはずだ。彩などは口を利くのも億劫なはずだ。それなのに、俺の様子に気を使って、謝っている。
「わたしたちのような者を連れてなど、大変だと思う。わたしでも、無茶だと思う。だけど……」
彩は心もとなげに、うつむいた。
「玲様は非常に恐れていた。わたしたちはここにいてはいけないと思ったの」
「玲様が言ったのか?」
なるべく優しく聞こえるように、昂は尋ねた。
玲は首を横に振る。
「感じるの。わたしみたいに、目が不自由な者は、相手の顔色や表情が見えない分、その人の思っていることに敏感になる」
昂は二人の首に腕を回し、二人の頭を抱きよせた。奏は目を白黒させ、急に傾いた車体に、御者が抗議の声を上げる。
「後悔なんかしてねーよ」
先ほどまで抱いていた思いを、無理やり頭から追い出す。
バレバレでもいいと思った。
言葉にすることで、伝わることもある。
表情で伝わることもある。
「俺たちは運命共同体だ。訳が分からないこの状況を、誰かに説明させてやらなきゃ」
そう言ってぐしゃぐしゃと二人の髪をかき回すと、二人から離れた。
頭をぐしゃぐしゃにされた二人は、並んで同じ表情で、ポカンとしている。
昂は笑って言った。
「んなことぐちゃぐちゃ考えてないで、子どもはもう寝ろ」
社から一歩も出たことがなかった二人は、もうへとへとなはずだ。寝られる時は寝ておかないともたない。
先ほどの心もとない二人の顔を見て、昂のフラフラしていた心は、やっと決まった。
あんな顔をした子どもを見捨てるわけにはいかない。
ちゃんと凛の所まで連れて行く。
昂のしゃんとした顔を見て、二人は安心したのか、お互いにもたれあって、七つの子どもらしく、寝息を立て始めた。
昂は満足げに外に目をやる。
「……」
ほら言ったとおりでしょ?
玲の微笑みを思い出して、昂は舌打ちした。
うるせぇ。




