Ⅱ 外側 -1
「ああ、クソッ」
生まれて初めて乗った馬車で、昂は悪態をついた。
正面に座っていた彩がちろりと耳を傾けると、彩の隣に座っている奏が昂の顔を窺った。
「いや、なんでもない」
慌てて昂はごまかして、奏にも分かるように、首を横に振った。
二人はまた窓の外に意識を戻した。
しかし、なんでもないことはない。
まず社から直接ガザに向かうように言われた。
いや挨拶が、いや荷物が、と言っていると、玲は深刻な顔をして首を横に振った。
「この子たちは村の人たちに見られない方がいいのです。あなたも知らなかったでしょう?そして、あなたがこの子たちと一緒に旅立ったのを、知らせない方がいい」
いきなり話が物騒になってきて、思いっきり引いてしまった昂に、玲は部屋の片隅にあった荷物を指さした。
「あれがあなたの荷物です。蘭に持ってきてもらいました」
嵌められた。
蘭にガザ行きを告げてから、まっすぐここに来たのだ。蘭は事前に荷物を用意していたに違いない。息子の昂がガザに行く決断をすると踏んで、更にこういうことになると知っていて。
それとも、この人が視たのか。
昂は目の前の、最高位の口伝師を見た。
玲は床に手をつくと、ゆっくりと頭を下げ
た。
「二人をよろしくお願いします」
ゆっくり下がっていく玲の顔を思い出して、昂はため息をついた。
大した役者だ。
実際、嵌められたと思っても、昂は何も言えなかった。
口伝師の頭なだけある。否と言わせない圧力に結局、昂は屈した。それに……
あれは本物だったしな。
二人への愛しさと別れることの寂しさ。
昂に無理を言いながらも、玲の二人へ想いは明らかだった。
何か理由があるのだ。昂に二人を連れて行けと言う理由。その理由を今明かせないことも。
教えられたのは、凛という人はガザの首都、全輪にいること。森の中にあるガザへの洞窟を抜けたら、まず最寄りの町緑洞を目指すこと。
「そこに空と懇意な薬師がいます。まず、その人を訪ねて下さい」
他に情報がないのだ。昂は二人を連れて、針森の断崖の上から、下のガザの森まで抜ける洞窟を抜けた。
彩と奏を村で見たことがないということは、ずっと社に隠されていたのだろう。針森の子どもで、七歳といえば森で木の実や野草を集め、キノコや狩りも覚え始める歳だ。しかし生まれつき不自由なところがあり、最初から口伝師になる道を決められた子らは、森に出ることもなく、社に幼いころから預けられる。それを社に隠されるという。
玲もそういった中の一人だった。先代の桜婆は口伝師としては異色の経歴だが、口伝師は概ね、そういった境遇の者が多い。
社の中にずっといれば、足腰の強さや運動能力を鍛える機会がない。体力も然りだ。もともとの障害と運動機能と体力の低下。旅の供には足手まといのほか、何ものでもなかった。
自分一人だったら一日もかからないであろう山道も、二日ほどかかってしまった。
奏はまだましだった。社の中を飛び回っていたのかもしれない。同年代の子どもらに比べても、それほど劣っているとは感じなかった。
しかし彩は、駄目だった。目が見えないことを差し引いても、歩きなれておらず、体力もない。奏が彩の手を引いて歩くので、奏の目を通して景色が見えるようだが、足がついて行かないようで、たちまち躓いた。そのうち息も上がり、顔色も悪くなってきたので、結局、昂がおぶってやることになった。
いくら華奢といっても、七歳の子をおぶって山道を歩くのは、かなりきつかった。




