Ⅰ 孵化 -14
「よく来ましたね、昂」
そう言ってニッコリと笑う。その笑顔が、意外にあどけなくて、昂も微笑み返した。
「お初にお目にかかります、玲様」
そう言って、手をつき、頭を深々と下げる。玲はコロコロと笑った。
「懐かしいわ。蘭と信がここに来たのも、村を出る時だったわね」
「?」
いきなり、父親と母親の名前が出てきて、昂は面食らった。しかも……
「村を出た?」
そんな話は聞いていない。村を出たのは、空であり、会ったこともない凛という人だ。
信は仕事でガザに行くが、村を出たわけではない。
「あの……」
なにから訊いていいのか分からなくて、口ごもる。玲はそんな昂を楽しそうに視ていた。
「信はあなたにひどいことを言ったんですってね」
頷くに頷けなくて、昂は閉じている玲の瞼を見た。
「それなのに、これを打ち明けないなんて、公正じゃないと思うの」
聞きたいような、聞きたくないような、昂は思わず自分を守ろうと後ろに下がった。玲はニッと口の端を上げて笑った。
この顔は見たことがある。昂は父親の危険な笑顔を思い出した。
「蘭も村を出て、今でいうアウローラ公国に行ったのよ。その蘭に信はついて行ったの。その時二人は桜婆様に挨拶にきていて、そこに当時見習いだったわたしも同席させていただいたのよ」
何か思い出したのか、くすくすと笑う。
「その時の信の言い分といったら、めちゃくちゃにもほどがあったわ」
よほど面白かったのか、玲は本格的に笑い始めた。昂はポカンとしていた。信のそんな姿は想像できない。
「どうして、二人は村を出たんですか」
やっとのことでこれだけ言うと、玲は笑いを止め、ゆるく首を横に振った。
「それは教えてあげられません。自分で探しなさい」
そう言うと、部屋の片隅できちんと正座をしていた二人を呼び寄せた。
女の子の方を手で示す。
「こっちが彩」
そうして、その手を男の子の方に向ける。
「こっちが奏」
二人はぺこりと頭を下げた。
「彩は目が見えませんが、奏が見たものを視ることができます。奏は耳が聞こえずしゃべれませんが、彩の思念を受けることが出来ます」
二人のことを話す玲の声には、愛しさと寂しさが感じられた。
「この二人は双子ですが、本当に二人で一人なのです」
昂はなぜ玲が二人のことを自分に話すのか分からないまま、頷いた。
「あなたは凛のところに行くと聞きました」
「はい」
話が戻ってきたと思って、神妙に返事をする。今日は村を出るための挨拶が目的だ。
玲はニッコリ笑った。
「この二人も凛のところに連れて行ってください」
「……は?」
昂の神妙な顔はあっという間に崩れた。許可を得、お礼を言って、速やかに辞す。それだけの為にここに来たというのに、どうしてこういう話になっている?
空と二人で出るつもりだったのが、一人になってしまった。ただでさえ不安なのに、七つの子どもを二人連れて行けという。しかも一人は目がみえず、一人は耳が聞こえない。口がきけない。
そんな無茶な。
「無理です」
昂はきっぱりと断った。自分の身も不安だが、二人の子どもの身を守る自信もない。ここでうやむやに引き受けてしまうのは、逆に無責任で不義理だろう。はっきりそう思ったから、断った。
それなのに……
玲はますますニコニコ笑って言った。
「大丈夫ですよ。あなたは守る者がいる方が、しっかりする性分でしょう?二人を守りながら、自分の道も見つけられます」
「しかし……」
何とか言おうとする昂に、玲はかぶせるように言った。
「昂、二人を連れて行きなさい。それが、村を出ることを許可する条件です」
笑顔がますます鮮やかになる。昂は確信した。やはり信の笑顔にそっくりだ。瞳は隠されているが、見えていれば、きっと信にそっくりに違いない。悪魔のほほ笑み。昂は何も言えず、肩を落とした。




