Ⅰ 孵化 -13
昂が生まれる前にあった大火災は、村を焼き尽くし、剛に一生消えない火傷を負わせたが、社だけは無事であった。当時、村人全員が社に避難した。
山際のくぼ地に建つ社だけが、ずっと変わらずそこにあるものであった。つたに覆われ、森に埋もれ、山の一部となっている。
昂はつたに覆われた入り口を前に、生唾を呑んだ。意を決して、木の扉をたたこうとすると、昂の手が触れる前に、扉は内側に開いた。行き場を失った手が泳ぎ、前によろける。
「おっと」
思わず声が出て、前に倒れそうになるのを踏ん張ると、扉の内側からくすくすと子どもの笑い声が聞こえた。
社の中は薄暗い。目を凝らしてみると、七つぐらいの男の子と女の子が、両手を口にあてて笑っていた。よく似た顔立ちに、おそろいのおかっぱ頭。男の子は目を見開き、昂をじっと見上げている。女の子の目は閉じていた。
「昂か?」
しかししゃべったのは女の子だった。
「そうだ。玲様に呼ばれて来た」
昂が答えると、女の子は頷いた。
「聞いている。入れ」
昂が入ると、男の子が扉を閉め、奥に走っていった。
「綺麗な髪だな」
相変わらず目は閉じたままなのに、女の子は平らな声で昂の髪を褒めた。
見えるのか、と訊きたかったが、何となく口にできないまま戸惑っていると、女の子は何かに気が付いたように頷いて、くるりと背を向け、ゆっくり歩き出した。
「ついて来い」
昂は女の子の後について行った。女の子の歩みには、淀みがない。
長い廊下の壁は、いつの間にか岩肌になっていった。突き当りには、先ほどの男の子の姿が見えた。
御簾を少し持ち上げている。昂たちが近づくと、背伸びをして更に御簾を持ち上げ、中に入るよう促した。
男の子も女の子も一言も口をきかない。しんとした静寂に、なんとなく粛然とした気持ちになって、昂は黙って御簾をくぐった。
中は薄暗く、目を凝らしても、いるはずの人が見えない。
よくこんな所で…と思いかけたが、この部屋の主が盲目であることを思い出した。
「今、明かりを持ってこさせます」
頭で考えたことが伝わってしまったように、声が聞こえた。その声は、鈴がなるようなという喩えがぴったりの、軽やかな声だった。
ぱっと男の子が駆けていき、いくらも待たないうちに灯りを持ってきた。ぼんやりと明るくなった部屋で、昂は初めて玲様と呼ばれる人の顔を見た。
何も映さない目は閉じられている。だがしっかり視られている視線を感じた。体は華奢であるが、圧倒される力の塊が確かにそこにあった。




