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暁の皇子  作者: さら更紗
Ⅰ 孵化
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Ⅰ 孵化 -10

 


 萌と別れてから、昂は直接、薬師の住む薬室兼住居に足を向けた。夜も遅い時間だが、自分の家族に会う前に、空に決意を伝えたかった。

 自分で決めた気持ちを大事にしたいと思ったからだ。情けないが、他の人にいろいろ言われるとぐらついてしまうことを、昂は自覚していた。

 しかし、行く道の向こうから歩いてくる二人の男を見て、昂は隠れたくなった。信と拓の父親である(ごう)が連れ立って歩いてくる。信と剛は、昂と拓同様、子どものころからつるんでいた間柄である。

 夜道だからまだ気づかれてないかと逡巡していると、向こうから野太い声が聞こえてきた。

「よう、悩める青少年」

 剛は陽気に片手を上げて、昂を呼んだ。

 信が話したのかと思うと、恥ずかしさでうつむいてしまう。

 剛は気にせず笑った。

「若いころに悩むのは、俺はいいことだと思うぞ。まぁ、こいつは可愛げなく、なんでもそつなくこなせたから、あんまり悩んでなさそうだったが」

 昂の父親をちろりと見る。

「それで、こんな面白みのない男になっただろ?」

 剛はたくましい腕を、昂の肩に回した。

「心配するな。お前はいい男になるよ」

「お前、どこに行くんだ?」

 信がいつもと変わらない調子で、昂に尋ねた。言いながら、自分たちの来た道を振り返る。

「……空のところか?」

 察したように言う信に、昂はゆっくり首を縦に振った。

「俺、外に出て、生業を見つけてくる」

 勝手に決めたことを責められるかと思った。そうでなければ、また甘えているとなじられるかと思った。

 怯えながらも、自分の決意を示したくて、信の目を睨みつけた。

 信がフッと息を漏らした。

 笑ったのだと気づいたのは、しばらくしてからだった。

「分かった。行ってこい。きっとお前の力になる」

 思いがけない優しい言葉に、昂は信じられないという顔で、信を見つめた。

 隣で剛がゲラゲラ笑う。

「見ろよ、昂の驚いた顔。信、父親としては、断然俺の方が勝ってるな」

 昂は自分の肩にまわされた、剛の太い腕を見た。

 剛の腕には引きつったようなひどい火傷の痕がある。肩や背中はもっとひどい。昔村が焼けてしまった時、大やけどを負ったのだ。生死の境をさまよったが、備わっていた強い生命力のおかげで、一命をとりとめた。

 しかし、男性としての機能は、火傷のせいで失われてしまった。

 数年後、蘭が昂を産んだ年、剛は狩りの最中、森で赤ん坊を拾った。それが拓だ。

 剛と妻の(こう)は、森から貰った幸いの子として、拓を大事に育てた。

 その子が大人になって、剛の跡を継ぐ。

「剛、拓が大人になれたってね」

 剛の顔がまず驚いて、それから喜びに輝いた。

「そうか!」

 剛は思わず、といった感じで声をあげた。

 あ、やっぱり、拓の奴、言ってなかったんだ。

 嬉しさを隠そうとして歪む剛の顔を見て、昂は心の中で肩をすくめた。

 はなまつりでうまくいかなかったことを、ポロリと剛に言ってしまったと拓は嘆いていた。それなら、うまくいったのだと早く知らせてやればいいのにと思うが、過剰に喜ぶであろう剛を想像できるだけに、拓が言いそびれているのも納得できる。

 俺が言っちゃってよかったかな。

 優しい剛を喜ばせてやりたいと思ってしまったのだ。

「昂、信のいるところで言うなよ」

 剛がこそこそと昂に耳打ちする。

 信はニヤリと笑って言った。悪魔の微笑み。

「よかったな。互いの息子が無事大人になったということで、祝いに一杯やるか」

「じゃ、俺行くよ」

 こそこそと昂は逃げ出す。

 信はこのネタで、しばらく剛をつつくだろう。剛のにやけた顔は、昂でも突っ込みたくなった。剛はかなり親バカなのだ。

 昂は嬉しくなって、一人笑いながら、薬室への道を駆けていった。


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