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*番外*魔女の養い子・ルドヴィカ


 オラ、お前ら全員、さっさと燃えろよ。燃えちまえ。

 ンで跡形もなく、灰になって土にも還れず無残に無意味に惨たらしく消えちまえ。


 煌々と燃える炎、阿鼻叫喚という言葉の相応しい村の惨状を目の当たりにしながら、長年の、それこそ、百年近いやり直しを続けたルドヴィカは、声と体だけは喜び笑い転げながら、どこまでもどこまでも、精神は落ち着いていた。


 何度も何度も何度も、必ず燃やす。


 この村だけは絶対に、最初の自分の人生以外、絶対に世界に存在させ続ける事はしない。

 執念と妄執。どれだけやり直しても、この村への憎悪はけして風化しない。


「あわわわわ、あわわ、わわわ……っ!」


 ルドヴィカの腕の中には、か細く震えおろおろと狼狽える、無力で小さな少女。

 黒の棺。毒の魔女だ何だと言われる地味な女。大きな野暮ったい眼鏡をかけた、長い前髪で顔の半分を隠した女。


 ルドヴィカにとってこの世で何よりも大切な女性は、三日後、ルドヴィカが村を出たら、この村の人間たちに殺される。


 長く、あれだけ「隣人」として過ごして、治療師も産婆もいない村に尽くしてきた魔女を村の連中は裏切った。

 ルドヴィカがそれを知ったのは、三年後。

 やっと働き先で慣れて来て、魔女の子だなんだのと虐めてきた連中の仕打ちにも耐えて、一人前になるまでは先生の元に戻らないと、自分勝手に誓ったルドヴィカが帰省した後の事。


 理由は知らない。

 今もわからない。

 ただ、ルドヴィカがいなくなって、すぐに黒の棺の魔女は村で焼かれて死んだ。その死体は森の崖の下に落とされて、骨の一本、塵の一つも見つけられなかった。三年経っているのだ、当然だろう。


 それが最初の人生。


「わぁ、わぁああ……こ、これが……っ、これが……街のパンケーキ……えぇええ、うっそぉ……なんでこんなに……えぇ、私が作ってるパンケーキと全然違いますよ……ほら、ルドヴィカも!ほら、早く食べましょう!アイスクリームが、えぇえ、なんでアイスクリーム乗って……こんなのパンケーキじゃないよ……ご馳走だよ……」


 大きな目をきらきらとさせ、ウェイターが運んできた白い皿の上のケーキに夢中なジル。ルドヴィカは思考を切り上げて、へらりと笑った。


「俺は先生が美味しそうに食ってるので十分だからよ。ほら、先生、こっちの味も食べたいって迷ってただろ。俺の半分やるよ」

「えぇええ、そんな……美味しい……美味しいですねぇ……ルドヴィカ。このカリッカリのベーコン……そこに蜂蜜なんて、どうして垂らそうという発想に??この真っ白いクリームも……酸味があって……嘘でしょう……こっちのデザートパラダイスなパンケーキも十分びっくりなのに……こっちの、しっかり食べ応えのあるパンケーキも……うぅうぅ……美味しいですねぇ、ルドヴィカ」


 もぐもぐもぐと、ジルはパンケーキを食べていく。涙を流しているのは何も大げさではない。

 ジルは薬を作ったりすることは得意だが、引きこもっている魔女の料理のレパートリーはどうしたって更新できない。お洒落なケーキやら何やらは「お金もちの魔女が雇う選ばれた料理人が作る物」という偏見があった。


 こうして立ち寄った、特に高級店でもなさそうなお店で食べられるなど思ってもいなかった。


 自分ひとり食べていては嫌だとジルが思う性格なのはわかっている。のでルドヴィカもパンケーキを食べた。何度か食べた通りの味だ。


「俺は先生の焼いたパンケーキのほうが好きだけど」

「私のあの、膨らみがほとんどないパンケーキとこの至宝の品を一緒にしちゃだめですよ!」

「でも本当のことだしなぁ」


 嘘じゃない。

 けれどあまり真面目に言うと、先生は真っ赤になって混乱してしまうのでルドヴィカは揶揄うようににやにやと笑って言った。


「もう!」


 ジルは拗ねたようにそっぽを向く。それがまた、ルドヴィカには愛しくて仕方ない。


「あ……やっぱり、ルドヴィカってモテるんですねぇ……」

「は?」

「さっきから、お店の前を通り過ぎる人とか、お店の中のお嬢さんたちも、ほら……ルドヴィカのこと見てますよ」


 こそこそと、ジルは嬉しそうに周囲を気にする。


「うふふ、私の養い子はかっこいいですからねぇ」

「へぇー、俺の先生は、俺のこと、もっとこう、なよなよしい感じに育てたかったんじゃなかったっけ?」


 最初の人生ではそうだった。

 ルドヴィカはジルが望むように、大人しく礼儀正しく、品行方正な線の細い青年に育った。


 けれど、それでは魔女を守れない。


「なよなよしいって……うーん、そう言う風に育っても嬉しかったですけど、でも、ルドヴィカが健やかに大きく育ってくれたのなら、それが一番ですよ」


 ふわりふわりと花が咲くようにジルが微笑む。

 普段大きな帽子と眼鏡、それに長い前髪で顔を隠しているが、魔女になった女。醜いわけがない。


 この美しい人の最高に美しい笑顔を見る事が出来るのは自分だけでいいし、自分が護るとそう決めている。


「あ、ほら、先生、口のまわりにクリームついてんぜ」

「え、あら。やだ。もう、美味しくってつい」


 ごしごしと、ルドヴィカがジルの口のまわりを拭く。

 大柄なルドヴィカと小柄なジル。周囲には仲の良い兄妹か何かのようにしか見えないのだろう。

 ジルが傍にいてもルドヴィカに意味ありげな視線を送ってくる女は多い。


「あっ、あの!!」


 支払いを済ませ、店を出ると意を決したように続いて店から出てきた若い娘が声をかけてきた。


「あ?」

「あ、あたし……あの、ひと目見て……あなたのことが素敵だなって思って、よかったら……えぇっと、この街の人、じゃないですよね?よかったら……うちに泊まりませんか!」


 旅装束の二人が今夜の宿を探しているというのは分る事。それにしても大胆な娘。


 ジルは「親切な子ですね」と喜んでいる。

 勇気を振り絞って声をかけてきた若い娘は、断られるのではないかという恐怖と恥ずかしさから震えていた。


 それをルドヴィカは冷めた目で見下ろす。


 この女は、何度目かの人生の時にこうして下心と恋心、それに親切心で近づいて来て、少しの間、ジルの良き友人となった女。けれどジルを裏切って、魔女の心臓を食べれば魔女になれると信じてジルを殺した糞女だ。


『ねぇ、ほら。これで、あたしが貴方の魔女になるのよ……!』


「先生、ちょっとさ、この子と二人で話したいんだけど、いい?」

「えっ、ルドヴィカ……あらあらあら……そうですよね、あらまぁ。ルドヴィカも旅で疲れてますもんね……」


 自分ばっかりパンケーキを楽しみ、ルドヴィカを連れまわしては駄目だろうと、ジルは親の顔になる。勘違いだ。ルドヴィカがこの娘に好意を持って、二人で歩いたり食事をして癒されたいと、そう思っている様子。


 なんて愚かで愛しい魔女だろう。

 そんなんだから、何回も、何十回も、何百回も、殺される。


 ルドヴィカは気をきかせてくれたジルと少し離れ、そして日が暮れる頃には戻ってきた。


「先生~、フラれちまったからさ、バツが悪いし、さっさとこの街出ねぇ?」

「えぇえ……?私の素敵な養い子を振るなんて……優しそうな人だったのに、見る目がありませんね!」

「俺にはやっぱり先生しかいないわ」


 はぁ、と、落ち込んだ素振りをみせると、ジルは心から気の毒に思ってくれて、ルドヴィカの大きな体を抱きしめる。


 その魔女の心臓の音を確認する様にして聞いて、ルドヴィカは精神魔法をしっかり受けたあの女が、今頃魔法で強化したナイフで家族や友人、その他の近付く人間を手あたり次第斬り付けているだろう事を想像した。


 街の中で起きた騒動。悲鳴や怒声が聞こえてくるが、自分にはそんなことは関係ないと思っているジルは眉を顰める。


「あ、なんだか……騒がしいですね。ルドヴィカ。巻き込まれたら駄目です。早く行きましょう」

「うん。そうだね、先生」


 手を繋いで、というのは身長差があって難しい。

 ひょいっとルドヴィカはジルを抱き上げた。


「ルドヴィカ?」

「急ぐなら、こうした方が早いだろ?先生は遅いからさー」

「歩幅の違いですからね!」


 あはは、と笑って歩く夜道。

 闇夜を恐れる習慣がジルにもルドヴィカにもなかった。


 もし運悪く、夜盗や追い剥ぎ如きに遭遇しても、ちょっとした手間だな、と思う程度。


「あ、ほら、先生。月が出てるぜ。綺麗だな」


 ジルの好きな物。月や星であることを知っているので見上げて言うと、抱き上げられていて空を見上げる余裕のあるジルはぽかんと大きく口を開けて満月を眺める。


「綺麗ですねぇ、ルドヴィカ」


 微笑むこの世の厄災の魔女。


 ルドヴィカは明日は誰を殺して、先生を生き延びさせようかと考えた。


  




閲覧ありがとうございます。

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