3、そうだ、埋めてしまおう
「あ、あ、ああ、あの、本当にごめんなさい。申し訳ありません……」
あわあわあわと、狼狽えながら私は足元に広がる巨大な穴に向かって謝罪の言葉を吐き続けた。
大穴の中には銀色に輝く見事な甲冑を纏った……王国の騎士さんたちが、ごっちゃごちゃに折り重なって身動きが取れなくなっている。
「狭くてすいません……あの、本当に、私がもっと広い穴が掘れればよかったんですけど……」
「いいって先生。高さはしっかりあるんだし。這い上がれないようにって穴に落としたんだから十分だって」
「ルドヴィカは優しいですね……いつも励ましてくれてありがとうございます」
私がちゃんと強い魔女だったら……騎士の方々に窮屈な思いをさせない、きちんと広さのある大穴を魔法で開けられたのだけれど。
最弱の魔女なので、百メートル程の深さしかない穴しか造れなかった。
「私の得意なのは呪いとかなので……本当にすいません」
申し訳なさでいっぱいになりながら私がぺこぺこしていると、騎士の一人が何か必死に叫んで来る。
「あ、はい。遠くて聞こえないので今声を拾いますね。えぇっと?……『邪悪なる魔女め!我らはこのような仕打ちで負けはしないぞ!』……ひゃぁああ、うわぁああ……ごめんなさいごめんなさい!そうですよね!すいません!こんな程度で……騎士の皆さんが負けてくれるわけないですよね……!ど、どうしよう……!」
この方々は、先日村を焼いてしまった私たちを捕まえようとやってきた方々。
きちんとした理由もあり、それは正当性のあるものだ。
国のため、そこに生きる人たちの為に正しいことをしようとしている素晴らしい人たちである。
「穴に落としたくらいじゃ……諦めてくれないですよね……えぇっと……それじゃあ、えぇっと、埋めておいたほうがいいですよね?」
「あ、そりゃいいね、先生。雨とか降って万が一這い上がってこれたら邪魔だしな。埋めとこうぜ。俺その辺の岩とか動かすからさ」
拡声した穴の方から『悪魔』『残酷非道』とか叫び声は聞こえてきたが、私は魔女なので悪魔ではない。
よく間違えられるんですよね。
でも魔女は人間だった女性がいろいろあってなるものなので……悪魔は魔族の一種ですし、一緒にしたら失礼だと思います。
それによく考えてみたら、このまま放っておいたら、皆潰れて死んでしまったり、餓死してしまうだろう。
先に埋めてあげて上に王国の宗教に則った墓標を刺しておいてあげたら、彼らを探しにきた人がいた場合、わかりやすいし、お墓を立てる手間もなくて親切だと思う。
「あのー!皆さんのお名前を教えていただけると!お名前が書けるんですけど!!」
「俺の先生は本当に優しいな。いいじゃん、そいつらの名前なんかどうでも」
「駄目ですよ!お墓にするなら、ちゃんと誰のかわからないと……この人達だって家族がいるんですよ?」
「そりゃいるだろ。人間なんだし」
「いるってちゃんと理解してるなら、どうしてそんな酷いことを言うんです。彼らはちゃんと一人一人名前があって、私やあなたと同じなんですよ」
ルドヴィカだって、私のお墓がなかったら困るでしょう、というとルドヴィカは怒ったような顔をする。
「先生は俺より先に死んだりしねぇだろ。嘘でもそういうこと言うなって」
「ごめんね。でも、ルドヴィカが私を大切なように、他の人にだって、大切な人がいるから、その人たちのことを考えてあげて欲しいの」
だから、埋めるならちゃんとみんなの名前を確認して埋めないと駄目だよ、と念を押すと私の賢く優しい養い子は頷いてくれた。
「よーし、てめぇら、今から紙とペンを降ろすから、家族に名前を知らせたいやつはちゃんと書けよ~」
「あ、賢いですね!それなら皆さんの名前を間違えずに書けますね!」
言葉で聞くと聞き間違いなどあってしまうかもしれない。
ちょっとしたミスで、うっかり家族が「名前が違っていたから、うちの子はここにいないかもしれない」と絶望してしまったら気の毒だ。
私はルドヴィカの素晴らしい配慮に感動した。
中々名前を書いてくれない騎士さんたちだったが、しびれを切らしたルドヴィカが土をかけ始めると、順々に名前を書き始めてくれた。
泣きじゃくっている人たちもいるけれど、多分家族に会えなくなるのが寂しいんでしょうね。
……でも、出してあげたらまた私たちのことを狙ってくるだろうし、彼らはただお仕事をしているだけで、私たちに恨みがあるわけじゃないから……謝っても許してくれたりはしないだろう。
人間は生きるためにお仕事をしないといけなくて、それは絶対に捨てられないものだものね。特に騎士という誇りやこれまでの家系から得ている称号だったりすると、個人の一存で捨ててしまうのは無理だろう。
魔女に負けた、魔女を見逃した、だなんて、きっと一生の不名誉になるもんね……かわいそう。
「……せめて、ご家族も、少ししたらあの世で再会できるようにしてあげようかな……」
「そりゃいい考えだ。先生は呪いとかは得意だし、おーい、お前ら、先生に感謝しろよ!」
「え、そんな……感謝されるようなことじゃないよ。私は、せめて悲しい思いをするのは、少しでいいと思うだけで……」
感動したのか、騒がしく何かこっちに叫ぶ騎士さんたちに、私は恥ずかしくなって背中を向ける。
「でも、ごめんなさい、私の魔法……呪いって、すぐには効かないから。今すぐ呪い殺してあげることはできないんです。あと……即死も難しくて……ちょっと、血反吐を吐いたり、体が溶けて苦しむかもしれないけど……絶対に皆、同じ場所に行けるから……少しの間待っててくださいね!」
一生懸命呪いますね!
私は久しぶりにやる気になって、穴の中にいる彼らの命を触媒に地獄の悪魔を呼び出して、彼らの縁者を呪い殺して貰うようお願いした。
地獄の悪魔は「これだけの命を一気に頂けるので、対価に何をお支払いしましょう」と親切に言ってきてくれた。
そういえば、呪い殺すのが目的じゃなくて、この魔法は命を奉げて何かをして貰うのが目的だったか、と私はうっかりしていたと目をぱちくりさせる。
「えぇっと、特に……お願いはないんですけど……あ。でも、この先暫く野宿が続くと思うので、お天気が晴れてくれてると嬉しいです」
時期的に雨季だから、晴れが続いたらみんなじめじめとした気持ちにならないで明るく生きていけるよね!
埋めてしまった騎士さんたちも、雨水が浸み込んで来たら苦しいだろうし。
私がお願いすると、地獄の悪魔はにっこりと笑って承知してくれた。
そして私とルドヴィカはまた無事に旅を続けることができるようになった。
誰かこの歩く厄災親子をなんとかしないと国が滅ぶぞ……。