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2、そうだ、捨ててしまおう



「で?逃げるっつってもさ、先生。アテはあんの?」


 大急ぎで家に戻り、必要な物を収納鞄の中に詰め込んでいると、養い子がのんびりと話しかけて来た。


 彼はもともと3日後には貴族のお屋敷に奉公に行く予定だったので荷造りは終わっていた。慌てているのは私だけという、いつもながらに情けない。


「あー、もう、先生。逃亡生活なんだから、そのでっかい梟の置物とかいらないって。大事なら物だってんなら止めねぇけど」

「そ、そっか。別にもうお家はないから、これは置いて行かないと邪魔ですもんね……。これが玄関にないとしっくりこなくて」

「じゃあ持ってこうぜ。先生と俺は収納鞄があるからなんでも持ってけるけどさ。旅ってのは必要最低限の物だけ揃えて、あとは現地調達すればいい」


 あれこれと、養い子は必需品となるものをリストアップして私に寄越してくれた。


「な、なるほど……ルドヴィカは賢いですね」


 野営用のテントに、携帯食料、治療とかは……私の魔法で出来るけど、魔力が使えない場所とかも考慮する必要がある、のか……。


 さすがは私が一生懸命育てた養い子は何でもよく知っている。


 旅などしたことがないはずだが、3日後独り立ちする予定だったので、彼なりにあれこれ勉強していたのだろうと思うと、私は彼の輝かしい将来がこれで真っ暗になってしまったことに悲しくなる。


 ……村とか、焼かないと駄目だったんだろうか。


 なぜあんなことをしたのか。


 養い子は「清々した」とそう言って、私に理由を説明していない。

 痴情のもつれとかだったらなんか嫌だなー、と思って私は聞かなかったが、何もそれだけではない。


 私の養い子はとても頭が良くて、私よりたくさんの事を知っていて、考えている。


 その子が、私に詳しい事情を話さないのなら、私に知られたくない、知らなくていいことなんだろう。それなら、別に聞かなくてもいいかな、とも思う。


(まぁ、村は気の毒だけど……元々あの村は、ルドヴィカが独り立ちしてしばらくしたら潰す予定だったし……)


 私が知人の魔女や魔法使いに頼んで送って貰った難しい本をよく読んで理解し(正直、私は文字と簡単な基礎知識を教えたに過ぎない)次々と知識を吸収していった。


 10歳になる頃には養い子はもう私より賢くて、そんな私が彼のために出来ることはより良い本を手に入れ、人間の生活を送れるよう配慮することくらいだった。(魔女と違って、人間の子供ってすぐ死ぬらしいし……)


 一度、学校に通えるくらいの歳になった頃に『大きな国の学校に行ってはどうか?』と、(最弱だが)私も一応魔女のはしくれなのだし、その国に所属すると誓約書を書いて、たくさんお金を払えば、彼の学力なら捨て子(戸籍のない人間)でも入学できると提案したことがある。


 しかし彼の答えはNO。


 絶対に嫌だと泣き喚いて、私の服を掴んで駄々を捏ねた。彼は普段泣かない子で、村の母親が『お前なんか産むんじゃなかった』と突き飛ばした時も、冷静だった。


 その子が大泣きした。


『僕が邪魔なんですか』と泣きじゃくる様子を見て、頭がよくてもまだ子供なんだと、私は反省し、人間の成人年齢である18歳まではずっと一緒に暮らそうと約束したのだ。


 ……まぁ、その時、とても頭の良い養い子は『本当ですか?それなら誓約書を書いてください』と、どこでそんな知識を得たのか(あぁ、本か)魔女と正式に契約を交わしたわけだが。


「……」

「やっぱ後悔してる?」


 この12年色んなことがあったなー、と思い返している私をどう感じたのか、養い子がぽつり、と問いかけた。


「え?」

「俺を育てたこと。先生はずっとここに住んでたんだ。こんなことがなけりゃ、この先もずっとここで暮らせただろ?なんなら、今からでも俺を役人に突き出して、」

「そんなことしませんよ!」


 何を言っているのか。私は大声を出した。


 そりゃ、確かに……捨て子を拾った時は『私も他の魔女たちみたいに何かこう、おしゃれでカッコいい男の子に育てよう!あくまで執事みたいな感じに!』って思っていて、育ったのがでっかいゴリラだった時はまぁ、人間の子供って不思議だなぁと思わなくもなかったけれど。


 後悔というより、養い子との日々は驚きに満ちた楽しいものだった。


 養い子の目は今、悲しい色が浮かんでいる。


 これはよくない!


 私はぎゅぅっと、養い子を抱きしめた。


 昔は腕にすっぽりと収まってしまうほど小さな子が今では大木のようで、抱きしめるというよりしがみつくという感じだが、私はそれでもこの子の親代わりなのだ。


「あなたは私の大切な子です」

「ホントにそう思ってくれてる?」

「本当です」

「俺がいないほうが良かったって後悔しねぇ?」

「するわけないじゃないですか」


 抱きしめた養い子の体はとても硬くて大きい。

 あんなに小さな子を、ここまで大きく育てられたことは私にとって、他の魔女たちから「無能」と言われている私にとって、唯一誇れること。


「あなたは私のただ一つの宝物ですよ、ルドヴィカ」

「そっか。そりゃ、良いね」


 わさわさとルドヴィカの大きな手が私の頭を撫でる。髪の毛を妙に指に絡めてくるのは昔から。


 よしよし、これで彼の不安な心も少しは晴れただろうと私は満足した。


 ここでの引きこもり生活は気に入っていたが、そもそも長居したのはルドヴィカを育てるため。

 長く居すぎたのでこの辺には私の魔力がしみこんでるし、予定より少し早くなっちゃったけど、結果的に村人を全員漏れなくいなかったことにできたのでよしとしても良いのではないか。


 よーし、そうと決まったら出て行くぞ~!


 村と森以外に行くのは二十年ぶりくらいだけど!


(他の魔女に虐められるので魔女の集会は殆ど行かず、10年前の魔女の集会は養い子が熱を出したので欠席した)


「大事な養い子ですからね……!人間如きの役人に渡しはしません!」


 姿隠しの魔法なら得意です。


 頑張って逃げましょうと、決意を新たに、荷造りを再開した。



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