デイダラボッチ幻視
「デイダラボッチがタタラ製鉄と関係してとしたら、やはり、三角形の山というのは重要な要素になる。この聖山は金沢学園長によれば、元々、『丸山』と呼ばれていたが、この辺りでは一番高い丘だったらしい。標高は107.19メートル。そして、かつては丹沢の尾根の間から富士山も一望できたらしく、『富士塚』とも呼ばれていた。多摩川学園はキリスト教系の学校なので、聖山の頂上で輪になって、教師と生徒で『聖山礼拝』が毎朝、行われていた。祈り、体操し、校歌を歌っていた。この聖山からは、武蔵野丘陵全体を見渡すことができる。東に東京、南は相模湾、西北には丹沢や秩父の山々が見え、遠く富士山も望める」
角田六郎と月読星は、今、その聖山の頂上に立っていた。
聖山と言われているが、頂上は緩やかな丸い丘であり、周囲の樹々はすっかり切り払われていて、何も遮るものがない。
そのため、今でも眺めはいいが、それが何だというのか。
月読星は周りをぐるっと見回しながら、角田に視線を戻した。
「今日はちょうど12月22日の冬至で、6:47頃に日の出になる。ちょっと東側から昇ってくる日の出を拝もうか」
角田と星は、じっと日の出を待つことにした。
しばらく、沈黙が続いたが、ぼつりと角田が語りだした。
「角田家の伝承に、俺の左目の<霊視眼>の事が書かれている。角田家は元々、巨人に仕える家系で稀に頭に角が生える人間、巨人の精霊体を視ることができる<霊視眼>を持つ人間が現れるという」
「角田所長の妹さんの舞香さんには角がありましたね」
星が答える。
「そうだ。俺には角はないが、左目に<霊視眼>を持っている。ちょっと視力が落ちて来ているが。これはまるで、一つ目の神である、『天目一箇神』みたいじゃないか」
その時、朝日が昇って来た。
星も語りだす。
「隻眼の人間は見えないものが見えてきたり、何か特殊能力を持つようになるという。隻眼の影響で脳機能が変わっていくのかもしれないですね。そして、古代の人々は冬至や夏至の日の出を見る祭りの儀式で何かインスピレーションを得たのかもしれない」
日が昇るに従い、聖山の丘の中央にいる角田の影が徐々に巨大化していく。
冬至と言えば、一陽来復と呼ばれ、一日の日の長さが一年で一番、短くなる日である。
逆に言えば、この日を境に日の長さが伸びていく、太陽の復活を祝う日として一年の初めの日とも言われる。
死と復活を象徴する冬至の太陽の光は人々に希望を与えた。
が、その前に太陽は一度、死ぬ必要があった。
巨大化した角田の影がまるで巨人のように見えている。
月読星の<時空眼>に、角田の精霊体が映っていた。
それはとても巨大で、あたかも太陽光のエネルギーで創られたデイダラボッチのように視えていた。
秘密結社<天鴉>の古代氏族である月読家には未来と過去を見通す<時空眼>を持つものが多くいる。
「そういうことだったのね」
月読星はやっとデイダラボッチの実態をみたように思った。
まあ、ただの予知かもしれないけどね。
†
「星君の説だと、古代人の精霊体がデイダラボッチの正体だと? それをたまたま見た人間がデイダラボッチを幻視したということか」
角田は帰りの車の中で、少し懐疑的な表情で星の意見を聞いていた。
「角田家の伝承によれば、巨人は実在するらしいと思えるし、実際に巨人の骨や復活は星君も目撃しているだろう?」
「そうなんだけど、他の巨人と違って、デイダラボッチは何か特別な感じがするんだ。ただの幻でもない気がするし」
「まあ、月読家の家系の者が言うことなんだから、何かあるとは思うよ」
角田は何だかんだ言っても、星を信頼している。
結局、ディダラボッチの正体には更なる謎があるのではという結論になった。
デイダラボッチの正体の謎は深まるばかりだ。
「ところで、角田所長は、何故、あそこに行こうと思ったんですか?」
「いや、武蔵野が見渡せる聖山に登れば、何となくいいアイデアが浮かぶかと思ってね。そんな気分になることもあるよ」
一体、何のアイデアなのか気になる所だが、単なる気まぐれだということらしい。
まあ、謎は謎のままがいい時もあるだろう。
第五話 デイダラボッチの復活
第三回角川武蔵野文学賞 武蔵野✖️ライトノベル部門 二年連続最終選考通過作品
今回は569作品→一般文芸部門(12作品)、ライトノベル部門(21作品)という感じ。