真夜中の巨人
「三級遺物【猫の手】、確かに回収、致しました」
三級遺物【猫の手】は武蔵野美術女子大の学生寮、神頼紗弥加の部屋から月読星が見つけた。
天井裏から桐の木箱に入った猫の手のミイラが発見された。
この【猫の手】自体はポルターガイスト的な霊障を引き起こしはするが、さほど害はない。
問題はこの【猫の手】が巨人の眠る古墳から借り出されて、何らかの呪詛に使われた場合、巨人の精霊体が取り返しに来るというヤバい遺物だった。
その一件は星の上司である巨人伝説研究所の角田六郎の活躍で事なきを得た。
その後始末のために神頼紗弥加の女子寮に星がやって来た訳だが。
星は角田と二回目のデートしてくれたという、神頼紗弥加の顔をマジマジと見つめた。
長い黒髪、切れ長の瞳、華奢な身体と低身長、こりゃ、角田所長の好みのタイプだわと確信した。
単なる興味本位だったのだが、デートに愛車フィアットを貸し出して、少なからずデートのアドバイスをした身としては結果がどうなったかは気になるところだ。
私生活ではあるが、助手としても上司の動向は掴んでおきたい。
それから、単に食事を奢らされただけだという説を検証するために、誘導尋問に入ることにした。
「角田所長は忙しくて、ちょっと来れなくて。紗弥加さんは何か気になる事でもあったんですか?」
軽く探りを入れてみる。
神頼という苗字を言うのが何となく抵抗があって、紗弥加さんなどと呼んだが、ちょっと馴れなれしすぎたか。
「実は角田さんに相談したいことがあったんですが、月読さんに相談してもいいですか? あ、私の呼び名は紗弥加でいいですよ。神頼という苗字を言うのが何となく抵抗ありますよね?」
どうやら、誰もがそう思うらしい。
ちょっと安心した。
「では、紗弥加さんでいいかな? 詳しい話を聞かせて下さい」
星は紗弥加から事の顛末を聞いた。
どうやら、話をまとめると、武蔵野美術女子大学の同級生の依咲ちゃんが真夜中に、巨人の夢を見るという。
毎晩ではないのだが、何となく気になるし、段々と何かの遺跡の奥の方に連れていかれてるようだという。
「なるほど、それはちょっとヤバい傾向だな」
星の背後から男の声がした。
「あ、角田さんじゃない! 仕事が忙しいと星さんから聞いていたんで、大丈夫だったんですか?」
「あ、早めに終わったんで、星君、どうしてるかなと思ってね」
と、下手な言い訳をいう上司である。
もちろん、それを口実に紗弥加さんに会いに来たに違いない。
「うちの上司も来たことだし、では、その依咲ちゃんの所に行きますか」
星のひとことで、三人は隣の部屋に移動した。
†
「オラオラ、皆殺しだ! そんな所に隠れてもムダだ! ヒャッハー!」
と依咲ちゃんが叫んでいる。
別に彼女は殺し屋ではない。
紗弥加と同級生の平凡な女子大二年生で、ただ、今、中国製の対戦型ゲーム<荒野衝動>を楽しんでいるだけである。
プレイヤー同士が殺し合うサバイバルゲームなので、ちょっと不適切な言動が出てしまうだけだ。
明るいブロンド色のツインテールにした髪、小さな頭に仲間のプレイヤーと通話するするためのインカムをつけていた。
ニーハイソックスに短パンと『侍魂』のロゴの入ったTシャツを着ていた。
細身、小顔、肌は色黒で角田さん好みじゃない女子大生かもしれない。
「たまにだけど、巨人が眠ってる古墳の夢を見るんです。4歳ぐらいの女の子が石でできたトンネルみたいな所で手を引いてくれて、私は奥へ奥へと連れて行かれるんです」
依咲ちゃんの夢の話はこんな感じだった。
性格が豹変するのはゲームの中だけらしい。
つぶらな瞳がかわいい。
「その4歳ぐらいの女の子というのが気になるな。巨人の眠る古墳に迷い込んで死んだ自縛霊、巨人に使役されてる巨人憑きかもしれない」
角田は難しい顔をしている。
巨人憑きの魂は、巨人に憑依されている間は永遠に成仏できない。
その魂を開放するのも星たちの仕事のひとつである。
「別にその夢で困ってる訳ではないんですが、段々、遺跡の奥の方に連れて行かれるのが不安なんです。ちょっと、気味悪くて」
依咲ちゃんの心情としてはそんな感じらしい。
星の何か不穏な空気を感じ取っていた。
これを放置しておくと、良くないこと起きそうだった。
「それでですね。巨人伝説研究所では巨人に関わる霊障対策として、脳波プロジェクターという装置を開発しています。簡単に言えば、脳波を解析して夢の映像をモニターに映すことができるんです」
星は手際よく説明して、その日の深夜に依咲ちゃんの部屋を再訪することにした。
†
真夜中、深夜零時。
依咲ちゃんがベットの上で寝ている。
小さな寝息が聴こえる。
脳波プロジェクターのセンサーが頭を被うように装着されていた。
そこから伸びた配線がキューブ型の脳波解析機に接続されていた。
角田、星、紗弥加の三人はモニターを見つめていた。
モニターには件の4歳ぐらいの女の子に手を引かれている依咲ちゃん視点の映像が写っていた。
脳波解析で夢を映像化したものだ。
周囲は細長い石室のようなような所で、天井は低く、身長156センチの依咲ちゃんが何とか立って歩けるほどである。
淡い緑色の光が石室の壁を照らしていた。
何かの蛍光植物、動物かもしれない。
しばらく、その映像が続いていたが、突然、視野が開けた。
巨大な空間が広がっていた。
天井は三十メートルはあるだろう。
横幅、奥行きも同じぐらいある。
淡い緑色の光が壁の岩肌を照らしていて、ぼんやりと中が見て取れる。
そこには巨大な巨人が王座のようなものに座ってる像があった。
巨人信仰の遺跡だと星は確信した。
実は角田は巨人を神と崇めて、巨人とコミュニケーションを取る事ができる古代氏族の末裔であった。
笛を使った特殊な音波で巨人をある程度、制御する技術も持っていたという。
「…お兄ちゃん、」
4歳ほどの少女が振り返っていた。
お下げ髪で白地に金魚の模様の入った浴衣姿で草履をはいている。
「まさか――、舞香、舞香なのか?」
角田は思わず、大きな声を上げそうになったが、何とかそれを押さえ込んだ。
そういえば、角田は幼少期の祭りの夜に古墳に迷い込んで、妹を見失ってしまったという話を聴いたことがある。
その後、その古墳で妹を必死に探したののだが、ふたりが迷い込んだ石室は二度と現れなかった。
大規模な捜索隊が方々を探したが、彼女は結局、見つからず仕舞いだという。
それがこの少女なのか。
「お兄ちゃん…」
少女の目に涙がにじんでいた。
ほっぺたも紅くなっていた。
その時、唐突に映像が途切れた。
「舞香はまだ…」
角田はモニターを叩こうとして、その手を止めた。
そして、低い声で泣き始めた。
星はそっと角田の背中に手を当てた。