最終コンペに向けて
「ただいま」
藤谷美樹がそう言うとお母さんは
「あーよかったー美樹、あんたはまた心配かけさせて。一晩中いったいどこにいたのよ?」
あきれた声でそう言った。
「どこだっていいでしょ?ビジネスホテルで寝泊まりしてその後、公園ぶらぶらしてたら、この人とばったり会ったのよ。」
「ばったりって何よ。松田さんあなたのこと心配して東京からわざわざ来てくれたのよ?ちゃんとお礼いったの?」
「わかってるわよ・・・もううるさいはね。」
そう言って美樹は自分の部屋の方さっさと行ってしまった。
「全くもう・・・ごめんなさいね。あの子いつまでたっても子供なんだから・・・」
「いえ・・・」
家に帰ると遠慮がないのかいつもの強がりの美樹より子供っぽいというか、素直に親に甘えてるように見えた。
三人で夕飯を食べてしばらく談話した後に、美樹はシャワーを浴び終わって優にシャワーを浴びるように部屋に呼びに行った。優はお母さんの勧めでもう一晩泊めてもらうことにした。美樹が高校生のときに使っていた部屋は狭くて二人で泊まるのは無理なので、畳の客間が開いていたのでそこに泊まることにした。
「狭いけどごめんなさいね」
お母さんにそういわれて優はそこの畳の部屋に案内された。
「シャワー浴びたら?」
「ああ・・・ありがと・・・」
「何、してんの?ぼーっとして」
松田優は畳の部屋でしばらくぼーとしていた。
「何かスキャンダルの事件のことを思い出して考えてたんだ・・・心あたりとかないのかって」
「心当たりってなによ?」
「だからさ・・・犯人は誰かなって・・・昔から熱狂的なファンにストーカーされてるとか・・・」
「あのね・・・私を誰だと思ってるのよ?超有名アイドルなんだからそんな人たくさんいすぎてわかるわけないじゃない。」
「はいはい。でもさ・・・今までもこんなことあったのか?」
美樹はそのことを思い出そうとしてしばらく考えていたが、やがて話し始めた。
「手紙をもらうことなんてしょっちゅうよ。狂ったファンはたくさんいるから、もちろん変な手紙をもらうこともよくあるわよ。『今日は美樹ちゃんの晩御飯なんだった?』とか『美樹ちゃん愛してるよと』かそういう内容の手紙はいくらでもある。でも狂気じみた手紙をもらったのは確かに初めてかも・・・」
「初めて?」
優はその言葉に少しひっかかった。
「そう、いくらなんでも『殺したいほど愛してる』なんていうやついなかったね。下手したらストーカー扱いされて警察に捕まるでしょ?そんなこと書いたら」
「なるほど・・・確かに変だな・・・」
「そうでしょ?だから不気味だなって思って。」
優は少し考え込んでいた。しばらく思考を巡らせた後に思いついたように話し始めた。
「でもさ・・・そんな危険を冒してまで脅迫文を書くって・・・ファンじゃない別の誰かが書いたんじゃないのか?」
「そんなこと何のためにするのよ?」
優はそういわれるとよく分からないので黙ってしまった。
「そういわれてみれば・・・」
「ちょっとね・・・あなた探偵じゃないんだからさ・・・適当なこと言わないでよ?もしかしてスキャンダルで私を貶めようとした誰かが書いたってこと?」
優はその言葉にぴんときた。
「そう、それだよ!それしか考えられない」
美樹は少し黙っていたが、何かを思い出したように
「あ!そういえば・・・」
「そういえば・・・何だよ?」
「あのね・・・私その脅迫文の手紙が自宅に届いて見てね、その日に事務所に着いたらもうそのことがテレビでやってたのよ。何か変だなって思って。勝田にもそのこと話したのにどうでもいいって感じで聞いてもらえなかったんだけど・・・。」
「どういうこと?」
「だからさ・・・手紙が届いてから私がまだ警察に届け出だしてもいないのに、なんでマスコミはそのこと知ってたのよ?って思って・・・だって変でしょ?」
「なるほど・・・だとするとますますはめられた可能性が高いな。手紙のことを知ってる誰かか、あるいは手紙を出した本人がマスコミにリークしたってことかもな・・・」
「え・・・じゃあさ・・・やっぱり私をはめようとした誰かがやったってこと?」
「その線の可能性は高いな・・・」
「嘘・・・気味が悪い。」
藤谷美樹は寒気がするというような表情をした。
「誰か心あたりないの?嫌われてる人とか・・・」
「ちょっと人聞き悪いな。嫌いな人なら業界にたくさんいるけど、嫌われてる人なんていちいち気にしてたらこの業界やってけないもの。知らないわよ。」
「あの週刊誌の写真に写ってた熱狂的なファンの人は?」
「え?あの人?あの人は・・・あれよ・・・私のファンだって言ってた確か・・・
作曲家の和賀なんとかって人よ。テロップがかかってるから顔は分からないけど、私目の前で会ったから本人だってわかるは。それに、あの写真事務所の目の前で撮られてるから風景とかどこで撮られたものだとかわかるもの・・・」
「え・・・それって・・・もしかして和賀直哉のこと?」
「え・・・そうよ・・・知ってるの?」
「知ってるも何も大学が同じだったから・・・」
「へーそうなんだ・・・まあ音楽業界って狭いものね・・・みんな知り合い同士みたいなもんか・・・」
しばらく松田優は考え込んだ。
「で、その和賀直哉がどうしたの?」
「あいつがその犯人ってことは?」
「え?その脅迫文の?それは・・・分からないけど・・・でもさ、あんな気の弱そうな純粋な私のファンが脅迫めいたこと書くかしら・・・私の経験上熱狂的なファンはむしろあんな嫌われるような文章なんて書かないのよ、普通は」
「それもそうか・・・」
松田優は何となく納得した。
「それにさ・・・和賀は犯人じゃないと思うけど。」
「何で?」
「だって・・・もし彼が犯人だったら何でわざわざ危険おかして私に直接会いにきてさ・・写真撮られたりするのよ?それって変じゃない?そんなまぬけな犯人いるかしら・・・?ずいぶん前から私のストーカーしててマスコミが彼を追跡してたっていうのなら話はわかるけど、私一度しか和賀には会ってないし。それに私が警察やマスコミに言わない限り週刊誌が彼を追いかけるなんてことあまりしないと思うしね。」
「確かに・・・」
藤谷美樹のするどい推測に優もうなずいた。長いこと芸能界にいるだけあって色々な仕組みをよく知っているようだった。
「なるほど・・・それじゃあストーカーの仕業の線はますますないね・・・ほかに心あたりは?何か恨まれてるとか?」
「ちょっとね・・・本当に人聞きわるいわね・・・だからそんな人いくらでもいるからよく分からないって・・・ライバルなんてたくさんいるし・・・」
「でもさ・・・特に一番嫌いって人は?嫌われてるでもいいし・・・」
「そうね・・・最近では一番私につっかかってくるのは野々宮妙子って女優からしね・・・私が親の七光りでアイドルやってるからっていちいち嫌味を言ってくるしょうもない女なの。自分も演技は下手なくせして・・・人の苦労もしらな・・・」
美樹がそう言いかけたとき
「それだ!そいつが犯人だ!」
「ちょっと何よ急に」
「俺にいい考えがある・・・」
「いい考えってなによ・・・」
「洗いざらいこのことを警察に話すんだ」
美樹は警察という言葉を聞いて目を丸くした。
次の日、優と美樹は実家を出て東京へ帰ることにした。
「松田さんまたいらっしゃってくださいね。こんな田舎のボロアパートでよかったら・・・美樹・・・あなたも元気でね・・・」
「はい、お世話になりました。」
優はそう返事したが、美樹はふてくされたような顔をして返事をしなかった。
二人は家を出た。
二人で新幹線に乗り東京に帰った。新幹線で弁当を食べながら二人は会話をした。
「お前のお母さんいい人だな」
「そう?」
藤谷美樹は何でもないという感じでそう答えた。
「お前のことものすごく心配してた。それに借金のことも感謝してたし。一緒に・・・住んであげないの?東京に呼べばいいじゃん・・・」
「そうね・・・それも考えたけど、もうお母さん年だし東京にはいたくないんじゃないかな・・・もともと向こうの人だから向こうの方が落ち着くみたい。
それに・・・」
「それに・・・?」
藤谷美樹は少し考えてから話し始めた。
「東京に行くとお父さんが借金地獄だった日々を思い出すから、東京にはいたくないみたい。お母さんにとってお父さんとの一番の思い出はあのボロアパートだからね。そこから二人は始まったわけだから・・・。だから・・・もうお母さんはずっと岐阜のあのアパートにいるみたい。」
家が別方向だったので東京駅で二人は別れることにした。何だか東京がとても久しぶりに感じた。疾走していたと思われる美樹が事務所に顔を出すと、事務所中が大騒ぎになった。美樹はスタッフ全員に心の底から謝った。ほっとしたものもいたが、お騒がせアイドルに疲れ果てているものもたくさんいた。勝田は美樹が帰ってきたことに半分は喜んでいたが、半分は怒っていて少しだけ美樹に説教をした。
「美樹ちゃん、本当こういうことは以後勘弁してよ・・・もうすぐ警察に捜索願い出すところだったんだからさ・・・」
「本当ごめん」
美樹はまた謝った。
松田優と藤谷美樹は警察にストーカー事件の真相を調べてほしいと思い、洗いざらい事件のことを話した。また、野々宮妙子という女優から恨みを買ってることも話をした。
警察はしばらく毎週のように美樹宅に差し出されていた脅迫文の手紙のことや、野々宮妙子のことを追って、やがてあることが判明した。差出元の住所は全く別の住人の住所になっていたが、野々宮妙子の所属する事務所の近くの3つのポストから定期的に怪文書が送られてきていることが分かった。時間帯も大体昼過ぎから夕方になっているようだった。
その3つのポストで一日中警察は待機して彼女が現れるのを待つことにした。
警察の張り込み当日。警察が待機しているところに、野々宮妙子が手紙を持って現れた。
「おい、お前ちょっと待て!」
警察はただちに野々宮妙子を包囲した。
「ちょ、ちょっと・・・何なのよ?」
野々宮妙子は訳が分からないという感じでそこにただずんだ。
「手に持っている手紙を見せろ」
「何よ?なんなのよ?」
野々宮妙子はまだ意味が分からないという感じだった。
「藤谷美樹からの依頼でお前がストーカー事件の犯人だというのは調査済みだ。」
「は?なんなのよ。何の権限があって?」
警察は全く遠慮せずに
「野々宮妙子、お前の事務所の近くの3つのポストから定期的に怪文書が郵便局の配送センターに届いているのは確認済みだ。」
野々宮妙子は警察の調べに驚いていたが、堂々と反論した。
「は?ちょっと待ってよ?だからってなんで私になるの?私が送ってるっていう証拠は?ほかの人が送ってるかもしれないじゃない。」
「動機からしてお前意外に考えられないからな。今その手元に持ってる手紙をこちらによこして見せろ。」
警察も負けずと野々宮妙子に食ってかかった。
「何よ、これプライバシーの侵害じゃない?これは友達に送る手紙よ。」
「いいからよこせ。見せられないのなら犯行を認めたことにするぞ?」
「ちょっとなんなのよ?」
野々宮妙子は必死に抵抗したが、何人もいる警察に手紙を横取りされてしまった。警察は手紙の封をやぶって中身を見てみた。
「お前を絶対に殺してやる 一番のファンより」
野々宮妙子はそれ以上言い訳ができなくなってしまった。
「なんだこれは?どういうことだ?説明しろ!」
警察は野々宮妙子にどなりつけた。
「知らないわよ・・・私は知り合いに頼まれただけ・・・」
「往生際がわるいぞ」
「本当に知らないのよ」
警察は野々宮妙子のことは信用せずに
「怪文書の脅迫罪とスキャンダル写真の名誉棄損罪で現行犯逮捕する」
そういうと警察は野々宮妙子に手錠を無理やりかけた。
「ちょっとなんなのよ?」
野々宮妙子が必死に抵抗しようとすると
「これであなたの方が終わりね・・・」
野々宮妙子が横を向くとそこに藤谷美樹が立っていた。
「藤谷美樹・・・あんたの仕業なの?」
「そうよ・・・悪人は捕まえなきゃいけないからね・・・」
「あんた・・・」
野々宮妙子は藤谷美樹をぎろっとにらんだ。
警察は野々宮妙子を必死に押さえつけていた。
「何で私だってわかったのよ?」
「まあ・・・何となく勘ね・・・最近では私に嫌がらせしてきそうなのはあんたしかいなかったからね・・・」
「勘って・・・ふざけるな!」
野々宮妙子は藤谷美樹にどなりつけた。
藤谷美樹は野々宮妙子のほほを思いっきり平手打ちした。
「ちょっと・・・何すんのよ!」
「ふざけてんのはあんたよ!私があの脅迫文と写真でどれけ迷惑したことか?どれだけ怖い思いしたか!スキャンダルのせいで事務所がどれだけパニックになったか!」
野々宮妙子は負けずと反論した。
「親の七光りの分際で何を偉そうに!普段から甘い汁吸ってるんだからあれくらい当然でしょ?」
「何が当然なのよ?言ってみなさいよ!」
野々宮妙子は急に薄気味悪く笑いだした。その後急激に怒り狂ったように話し始めた。
「私が・・・私がどれだけ苦労してきたかなんて知らないでしょ?あんたみたいに親のコネもないから、必死に努力して演技の勉強もして何百ってオーディションに落ちてやっと女優って座を手に入れたのよ!それなのに・・・あんたは親の七光りでアイドルやって金持ちで、おまけに大した演技の勉強もしてないくせして私たちの役まで横取りして。あんたは真面目に演技を頑張ってる私たち女優の敵なのよ!あんたの存在そのものが邪魔なのよ!」
野々宮妙子は言い終わってもまだ藤谷美樹を睨みつけていた。
藤谷美樹はまたもう一度野々宮妙子のほほを平手打ちした。パーンという音が鳴り響いた。さっきよりもさらに強い音だった。
「あんたは何もわかってない!私がどれだけ苦労したかって?そんなの芸能界でやってくんだったら当たり前じゃない!苦労するのは当たり前じゃない。それを自分だけが苦労してるって?何甘えたこと言ってんの!」
「だって、あんたは親の七光りで!」
「うるさい!」
藤谷美樹がどなると野々宮妙子はびっくりして黙ってしまった。
「その言葉はもうたくさんだわ・・・確かに私がブレイクしたきっかけは親のおかげだったのかもしれない。でもそれ以上に私は努力してきたし。それに・・・私・・・アイドルになりたかったわけじゃない。本当は父親みたいに演技をやりたかったし女優になりたかった・・・。」
「え・・・?」
野々宮妙子はそのことに驚いて茫然としてしまった。
「私は・・・本当は女優になりたかったの・・・でも・・・親が知り合いに騙されて、10億以上の借金抱えて・・・それで返済するためには女優だけやってたんじゃとてもじゃないけど返し切れない金額なのよ!私が・・・それ返すためにどれだけ大変だったと思ってるの?あんたみたいな無神経本当に虫唾が走る!」
藤谷美樹がそう言い終わると野々宮妙子は何も言えなくなってしまった。
「あんた・・・」
野々宮妙子はそれだけやっと言葉にすると、警察は彼女をパトカーの中に入れた。
「おい、早く入れ」
野々宮妙子は手錠をかけられたまま警察にパトカーの中に入れられそのまま連行されていった。そのときの表情は何ともいえず情けない表情でもあり、驚いた表情でもあり、悲しい表情でもあった。
ストーカー事件の真相がマスコミに公表された。
怪文書や写真の送り主やストーカーの話のでっちあげのこと、野々宮妙子のこと、動機のこと、など。野々宮妙子は留置所で暴力団関係の興信所のことを話して警察はそのことを追跡しようとしたが、すでに暴力団はその場所から引き払っていて、彼らの存在は謎のままに終わった。
また、松田優との恋愛スキャンダルのことはばれなかったのでそのまま公表されずにうやむやなままにされた。
事件が解決したので事務所は万々歳だった。しかし、例の松田優との恋愛の写真についてはいまだに未解決で世間は騒いでいた。
事務所としては、恋愛は絶対禁止ということではないが、藤谷美樹のイメージダウンになるので今後は彼女とは一切会わないでくれ、と優は勝田に言われてしまった。
藤谷美樹と会えないまま数か月もたったころ・・・
有賀泉からメールが来た。
「ウィーンの方へ帰ることにしました。出発は今日の13時半です。しばらくあえなくなると思うけど元気でね・・・」
13時半?もうすぐじゃないか・・・
優は成田まで慌てて急いで向かうことにした。
優は空港中を探しまわってやっとの思いで搭乗ゲートの近くに有賀泉の姿を見つけた。
「泉!」
優は慌てて走ってきたため息切れしていたので必死に息を整えようとした。優がなかなか話しかけないので
「あの・・・お見送り来てくれてありがとう・・・」
泉は優にそういった。
「あの・・・さ・・・向こう行っても・・・がんばれ」
優は月並みな表現しか思いつかなかったが、何とか泉にそう伝えた。
しばらく沈黙が続いたが、優は勇気を振り絞って言ってみた。
「有賀さんのこと好きだったんだ。今でもすごい好き・・・好きだけど・・・」
「好き・・・だけど・・・?」
「でも・・・あの・・・その・・・今は・・・ほかに好きな・・・人が・・・」
優がもじもじしていたので、有賀泉は少し笑いながら
「アイドルの藤谷・・・美樹さん?・・・でしょ?」
「え?・・・え!?」
「あれだけニュースになってたらいくら日本の事情に疎い私でも知ってるよ・・・あの写真どうみても松田君だし・・・アイドルと恋人なんて意外だったけど・・・」
「え・・・何でわかったの?」
「他人なら全く分からないけど、長い付き合いの私にはわかるよ・・・
あのパーカー昔からよく着てたじゃない?」
「あ・・・そっか・・・」
優は思わず笑ってしまった。
それを見て泉も少しだけ笑った。
二人はしばらく笑っていた。
「でもスキャンダルのストーカー事件解決したんでしょ?よかったね?」
「ああ・・・まあ・・・ね。いろいろ大変だったけど。」
「つきあってるの?・・・彼女と」
「よく分からない・・・だけど気になる存在ではある・・・」
「気になる存在ではある・・・か。」
有賀泉は優のお腹をどんとこぶしでたたいた。
「うっ・・・え?」
「もーはっきりしないな。昔からそういうところ。彼女がかわいそうだよ?はっきりしないと。」
「うん・・・」
「私のときみたいにちゃんとはっきりしないと、さ。」
「ああ・・・そうだな・・・本当俺って情けないな・・・」
俺が下を向いてそう言うと
「・・・そんなことないよ。」
泉はフォローするようにそう言った。
「じゃ・・・ね。頑張ってね。私も向こうで頑張るからさ」
泉は少しだけ励ますようにそう言った。
「ああ・・・うん」
「じゃあ・・・」
「じゃあ・・・」
泉との別れは名残惜しかったが、何故だか今までずっと引きずっていたうやむやみたいなものがようやく解決したような・・・そんなすがすがしい気分にもなった。きっと今まで残っていた彼女とのわだかまりがほどけてこれで二人ともようやく新たなスタートラインに立てるような気がした。
そして二人は別れた。
すがすがしさと悲しみを感じながら・・・
優はまた鎌田彩とバーでまた飲んでいた。
「そっか、有賀さんウィーンに戻っちゃったんだ・・・」
「そうだな・・・」
「例の藤谷美樹さんとは?事件は解決したんでしょ?なら万々歳じゃない?でもあれか・・・恋愛のスキャンダルの方は解決してないのかな?」
「あの写真が原因で事務所の方に彼女と会うのは今後一切禁止にされたんだ・・・だから・・・あの後、全然連絡取れてないよ・・・」
「そっか・・・厳しい処分だね・・・所詮スーパーアイドルさんだからね・・・私たちとは住む世界が違うのかもね・・・」
ある日、松田優の所属事務所ドリーム&カレッジの社長から電話が来た。
「スカラープロダクションの藤谷美樹さんから直々にお前に指名コンペが入った。詳細は向こうの事務所からそちらのメールアドレスに送られてくるそうだ。お前彼女と何かコネでもあるのか?一度連絡先聞かれたり・・・まあそんなことはどうでもいいが、とにかくうちの事務所としては大仕事になるからこういう話は大歓迎だ。」社長は大喜びだった。
指名コンペというのは実績のある作家何人かに声をかけて、直接作曲の依頼をして、その中から曲を決めるという方式のもので、本来は実績のない松田には縁のないはずのものだった。
数日たった頃、藤谷美樹のスカラープロダクションからメールが来た。
「松田優様
指名コンペの情報お送り致します。
今回弊社所属の藤谷美樹のニューシングル用のコンペ曲を募集致します。
今までの彼女の路線とは違う新たな彼女の一面を全面に押し出した切ないバラード調でかつアイドルっぽい曲を広く募集したいと思っております。そのため、彼女と弊社の決定権の高い上層部が協議した結果、直接指名させていただいた作家さんで今回指名コンペを初めて開催したいと思っております。以下に詳細を書きます・・・・」
指名者の名前の一覧が公表されていた。和賀直哉の名前もその中に含まれていた。どこにでも出てくるやつだ・・・
優は指名コンペなんてものに参加するのは初めてだった。
しかも、自分はサントラやBGM専門でアイドルの曲なんて一度も作ったことがなかった。