表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピアノマン  作者: 片田真太
7/10

悲しい過去


それから1週間くらいたった後、

ガソリンスタンドのバイトの休み時間にLINEが入った。

「藤谷です。面白いこと思いついた!明日の夜空いてる?私夜8時から

予定がたまたま空いたから。」

「何思いついたの?」

「あれ、今時間大丈夫なの?」

「まあ、今昼の休憩時間だから」

「私も。まあ、何思いついたかっていうのはそれはとっておきの楽しみ。とりあえずさ、水道橋駅前に8時半に来れる?」

明日はバイトは夕方に終わるので大丈夫だった。

「うん、空いてるよ。」

「よかった!じゃあ、8時半に水道橋駅の改札前でね・・・私例のごとく変装してるからよろしく・・・」

「ああ・・・了解。」

「じゃあ私今から仕事あるからじゃあね・・・」

「ああ・・・じゃあ・・・」

そういってLINEを切った。

バイトの同僚が話しかけてきた。

「なんだよ彼女かよ?」

「いや、違うよ友達だよ。」

「なんだよ、つまんねーな。まあ売れない作家さんじゃ恋人なんて難しいか・・・俺も売れない俳優さんだからな・・・」

「まあ・・・な」

「あーどっかに貧乏でもおれのこと好きになってくれる子いねーかな・・・」

「さあ・・・」

「あー合コンいきてー」

その同僚は金がないのにやたら合コンに行きたがる。




バイトが終わった後に松田優は水道橋駅で藤谷美樹と8時半に待ち合わせした。

改札前で待ってると、後ろから

「わ!」

と話しかけてきた。

「びっくりした?」

「いや・・・何となく気配がしたから」

「何それ、気配って。エスパー?」

松田優はおかしくて少し笑った。

「どこ行くんだよ?」

優は聞くと

「着いてからのお楽しみ」

水道橋の遊園地ドリームランドについた。

「おい、誰もいないじゃん。明かりついてない」

「いいのよ・・・」

「おい・・・」

中に入っていくと、園内の全ライトがついた。

松田優は驚いた。

「全部貸し切ったから。」

「貸し切った?」

「そう、私が・・・」

何て女だ。さすがはスーパーアイドル。やることが違う。

「驚いた?」

「ま・・・まあ・・・あ、いや別に・・・」

「どっちよ?」

藤谷美樹はくすっと笑った。

「さあ、さっさと行くよ?」

「お、おい」

藤谷美樹のペースでジェットコースターやら絶叫マシーンやら遊覧船やらゴーカートやらメリーゴーランドやら散々振り回されていろいろ乗った。

二人で休憩の椅子に座った。

「わたしさ・・・アイドルだから自由にいろんなところ行けないのよね・・・顔が知られちゃってるし。特に男の人とどっか行くなんてことあったら事務所がうるさいし。だから遊園地になんて滅多にこれなくてさ・・・。最後に行ったのブレイクする前に女友達と行ったっきり。もう何年も前」

「・・・学生時代は?」

「実はね・・・全然モテなかった。私、そのときは地味だったから。高校の最後の方は田舎暮らしだったしね。今は国民的アイドルだけど、そんなもんよ。みんな周りはアイドルって昔からモテたでしょ?ってそんな話ばっかり。もううんざり。意外と地味なもんなのよ。」

「へえ・・・田舎ってどこ?」

「岐阜の方」

「へー」

「岐阜の中川市中山町2-1-5 コトリアパート まあ、私生まれも育ちもほとん東京なんだけど、両親の田舎がそっちの方で・・・本当田舎なんだから。田んぼとかたくさんあるし。本当昭和の街かよみたいな。子供は泥んこで遊んでたりもするし。東京じゃ考えられないでしょ?」

「そっか・・・・」

「あ・・・あのさ・・・」

「ん?」

「この前はごめん・・・無神経に音楽やめちゃえ・・・なんて言って。」

「あ・・・あれか・・・別に気にしてないよ。」

「何か会社のパンフレットとか机に置いてあったからそれで・・・やめちゃうのかと思って。ねえ、やめないよね音楽?」

「・・・やめないよ。ただ・・・」

「ただ・・・?」

「一時的に自信なくしちゃって、本当にこのままでいいのかなって。周りはみんなどんどん認められていくのに、自分は取り残されてくみたいな。事務所も・・・契約切られるかもしれないし。そんなこと考えてたら・・・自分の音楽ってなんなんだろう?こんなふらふらしてる場合じゃないって思って。そろそろいい年だし定職ついた方がいいかなって・・・」

「そっか・・・それで、就職するの?」

事務所の契約を切られそうだったんだ・・・それで悩んでいたのか・・・

「まだわからない・・・でも・・・答えを出すにはもう少し時間がかかる。就職したらしたで仕事に追われて音楽ができなくなるかもしれないし、忙しい毎日になると自分の音楽が変わってしまいそうで怖い。」

彼は彼なりに色々と悩んだり考えたりしてるのだな、と藤谷美樹は思った。

何だか、ドキドキしてきた。

「なら・・・就職しない方がいいよ。できなくなってしまうのは何か・・・いやだな・・・。って私が決めることじゃないけど・・・さ。」

「別に就職したからって全く作曲ができなくなるわけじゃないよ。仕事に慣れるまでしばらくは無理だろうけど慣れたら少しずつまたできるようになるかもしれないし。ただ、気持ちの問題なんだ。音楽って自分の感情から作るものだから、あわただしい日々に追われてたらいいものなんて作れなくなるのかなって思って。」

「そっか・・・あなたの音楽が変わってしまうってこと?」

「たぶんね・・・よく分からないけど。」

「それは、いやだな・・・私、あなたの音楽好きなの。変わってほしくない・・・」

それを聞いて優は少しドキッとしてしまった。

「あ・・・でもまだ分からない。それに音大の講師とかを目指す道とかもあるし。将来的には音楽教室を開くとか・・・いろいろ考えてる。」

「そっか・・・私にはよく分からないけど・・・うまくいくといいね・・・」

藤谷美樹が優しくうなずいてくれて、優はますますドキドキしてしまった。

ドキドキを紛らわすために話題を変えようとした。

「でもさ・・・面白いこと思いつくって言ってもさ、遊園地貸切はさすがにないよな・・・?」

「は?・・・あのね・・・これ私が必死に考えたんだから。」

「だってさこういうのって普通恋人同士がやるだろ?」

「え?」

「ただの知り合い同士が、遊園地って発想がユニークだな。」

そういうと藤谷美樹は黙ってしまった。

「なんだよ突然黙って・・・」

優がそういうと藤谷美樹が急に話し出した。

「ならさ・・・なればいいじゃない恋人同士に」

「え・・・?」

しばらく沈黙が続いた後に藤谷美樹は身を乗り出して松田優にキスをした。

しばらく二人はキスをしていた。

松田優は突然何が起きたのか分からなかった。

二人はキスをし終えると、また沈黙してしまった。

「・・・何か言ってよ・・・」

「え・・・あ・・・ああ。」

松田優はびっくりしてしどろもどろになってしまった。

優からの反応がいつまでたってもないので、藤谷美樹はカバンを取って

「ごめん、私帰る。」

と帰ってしまった。

「え?」

優がふと我にかえったときにはもう彼女の姿はなかった。




今日はバイトの給料日だったので、無理して高級な鍋料理の店に有賀泉を連れてった。

「ごめん、今そそぐからちょっと待ってね。」

有賀泉は下を向いて元気がなさそうだった。

松田優はこんな高級な店普段はこないから手つきが慣れていなかった。

「あちっ!」

熱い鍋の湯が手にひっかかって優は思わず叫んだ。

「あ、ごめんごめんちょっとやらかしちゃった。」

優がおしぼりで手を拭いていると

「もう、いいよ・・・」

「え?」

「無理しなくていいよ・・・」

「え・・・何が?」

優は泉がいったい何の話をしてるのか分からなかった。

「私、見ちゃったんだ・・・松田君がガソリンスタンドでバイトしてるところ」

「あ・・・う・・・うん。」

「何で?何で嘘ついたの?」

「え・・・いや、嘘・・・ついたっていうか・・・」

「売れっ子でいろんなドラマやCMの作曲やアイドルのプロデュースしてるって話は?」

「実は・・・今まで1度ドラマのサントラを任されたことがあるだけ・・・」

「国見音大で常勤講師してるって話は?」

「元所属してたゼミの教授に、ゼミでアルバイトしないかって言われてちょっと手伝いで教えてるだけ・・・」

有賀泉は黙ってしまった。

「ご・・・ごめん。嘘つくつもりはなかったけど、話のはずみでつい・・・」

「松田君・・・変わったね・・・」

「え?」

「昔はこんな見栄を張ったり嘘つくような人じゃなかった。」

「・・・」

優は何も言い返せなくなってしまった。

「私が・・・私が松田君に何か悪いことでもしたのかな?」

「そんなことないよ・・・俺が自分で見栄張っただけ。有賀さんの演奏コンサートをホールで聞いたとき、大学のとき初めて練習室で聞いたときと同じような心地いいバイオリンの音がした。でも、大きな拍手喝さいを浴びてる有賀さんを見たら、何だか遠い存在になってしまった気がして・・・もう俺の手には届かない存在になってしまったのかなって・・・自分ももっとビッグにならなきゃって・・・」って・・・何言ってんだ・・・俺

「それで、それで私が無理をさせてしまった・・・ってこと?」

「別にそういうんじゃ・・・これは俺の問題だから・・・俺がいつまでも情けないだけっていうか・・・」

「・・・」

泉は黙ってしまったが、沈黙のあと少しだけ話し始めた。

「私ね・・・実は向こうにフィアンセがいるんだ・・・」

「え?」

それを聞いて優は少しショックを受けた。

「向こうの同じオーケストラで知り合った日本人なんだけど。彼はコントラバスやってて。何か気が合うっていうか、支えてくれるっていうか。彼とならヨーロッパでの生活ずっと続けていけるって思って。でもね、やっぱりずっと向こうで暮らしていくのって大変で。文化も価値観もいろいろと違うし。コミュニケーションだって生活だって大変だし。だからさ・・・ヨーロッパでの生活に少し疲れてたんだ。そんなときにね、ふとあなたのこと思い出した・・・

松田君どうしてるのかなーって。学生時代が懐かしいなーあの学食まだ同じままなのかなー日本戻りたいなーって。そんなときふと日本のオーケストラ楽団

がバイオリンを一人募集してるの知って、それで私その募集に飛びついて運よく受かったから日本に飛んで帰ってきちゃって。彼の反対押し切って。それでね、松田君に連絡取ろうと思ってたんだけど携帯の番号変わってたらどうしようとか、そんなこと全然考えてなかったからさ。わたし本当おっちょこちょいだからさ。でも、あなたの方から会いに来てくれた。コンサートホールで見かけたときは、本当嬉しかった。思わず、うきうきになってあなたのこと色々と誘って連れまわしちゃった。でも、本当いろいろなとこ行けて楽しかった。

それで、学生時代を思い出したんだ・・・私はあの頃松田君が好きだったんだなって・・・」

「え・・・?」

優はそのことに驚いた。

「驚いたかもしれないけどさ。」

「全然分からなかった・・・」

「松田君ってそういうところ・・・鈍いよね」

「だって・・・あのピアニストの彼と付き合ってたんじゃ・・・」

「あ、彼か・・・あの頃は一時的に好きだったかもしれないけど、でも彼もてるし浮気性だったし。卒業後も留学先が近かったからしばらく連絡とってたけど彼が他の女性とつきあい始めたの知ってすぐに別れたよ。」

「実は・・・有賀さん彼のことがずっと好きなんだと思って俺遠慮してた。」

「え・・・遠慮してた?」

「俺も・・・有賀さんのこと好きだった。」

「ちょ・・・ちょっと、だってそんなそぶり全然見せなかったじゃない。それに私が永島さんのこと紹介した後しばらく私のこと学食で避けてたよね?」

「あれは、彼に嫉妬して君に会いづらくなったから。」

「何で・・・あのとき言ってくれればよかったのにさ・・・」

「あ・・・でも今でも俺は有賀さんのこと・・・す・・・」

そう言いかけようとしたが・・・

「ありがとう・・・、でもごめん、それはもう無理だと思う。今の彼とは結婚の約束してるし彼のことは本当に好きだから。それに・・・松田君私の前で無理してるんならなおさらだと思う。」

「そっか・・・」

「うん・・・」




藤谷美樹の自宅のマンションにストーカーからの怪文書が届く。

藤谷美樹の事務所で、和賀直哉に迫られてる写真と、ドリームランドで松田優とキスしている写真や自宅に届いた怪文書が週刊誌に公表され話題になっていた。怪文書の送り主はこの写真のストーカーではないか?みたいなことも書かれている。

事務所は問い合わせの電話やメールやファクスが殺到していて大パニックになっていた。

テレビでも放送されている。

藤谷美樹は勝田に自宅に届いた、ストーカーからの怪文書を見せた。

「お前を愛してる、愛してる、殺したいほどに。世界一のファンより」

「ねえ?これ届いたの今日なの・・・それが何でもう週刊誌で話題になってるの?」

「それは、分からないけど。」

「これ送った本人が私のことつけて写真撮ってついでに怪文書の原本もマスコミに送り付けたってことじゃない?」

勝田は

「よく分からないよ。でもとりあえずほとぼりさめるまでは自宅謹慎しててよ・・・本当今事務所は問い合わせの対応でそれどころじゃないから。そのうちいろんなマスコミもかぎつけてくるよ。美樹ちゃんが事務所にいるといろんな面倒ごとおきそうだから。あーもう頭が痛い。」

本当に頭を抱えながらそう言った。

ドラマの主演の続編も棚上げ、出演番組や雑誌のインタビューの仕事は全部キャンセル。CMのスポンサーも全員降りてしばらくオファーがない。藤谷美樹は絶対絶命のピンチに追いやられた。

藤谷美樹は勝田にもっとこの事件の真相を調べるように抗議したが聞き入れられなかった。

「でも美樹ちゃんあの作曲家といざこざ起こすなってあれだけいったのに破ったんだからね?仕方ないでしょ?ほとぼりさめるまで、しばらく自宅謹慎してて!これ社長からの命令なんだから美樹ちゃんでも逆らえないの!」

藤谷美樹はそれを聞いて頭にきたが、社長命令ならばいうことを聞かざるをえない。勝田は、万が一のため美樹の自宅の賃貸マンションの前にボディーガードか警察を配備することを勧めたが、美樹はプライバシーがなくなるのが嫌なので断った。

「大丈夫よ、いくらなんでもそこまでしなくても・・・」

美樹は会社の指示の通りしばらくの間自宅謹慎することにした。



バイト先の休憩室で松田優はテレビを見ていた。藤谷美樹のスキャンダルが放送されていた。遊園地で美樹とキスしている写真は、テロップがかかってはいたが、自分だとすぐに分かった。いったい誰が写真を撮ったのだろう?周りに気配などしなかったのに・・・

バイトの同僚が

「おい、噂の藤谷美樹がスキャンダルだってよ。大変だなアイドルって。でもさ、あの遊園地の写真の男お前と髪型そっくりじゃね?まじうけるな」

そういうと同僚は笑いながら去っていった。

松田優は心配になって藤谷美樹の携帯にメールやLINEを送ってみた。

「おい、休憩時間終わりだぞ!何やってんだよ?」

店長に怒鳴られた。

「あ、はい、今いきます。」




野々宮妙子は自宅のマンションで藤谷美樹のスキャンダルのテレビ放送を見てにやにや笑っていた。

「これであの女も終わりね・・・あははははは」

野々宮妙子は大笑いした。




和賀直哉は自分の所属する作家事務所で社長に声をかけられる。

「おい、このストーカーの写真なんかテロップかかってるけどお前にそっくりだな。髪型とか服装とか。まさかお前じゃないよな?お前確か藤谷美樹のファンクラブ入ってたよな?」

「いえ、違います。他人のそら似でしょう。俺がそんな大胆なことするわけないじゃありませんか?」

「まあ、そうだよな?いくらなんでもそんなことするわけないな?」

「そうですよ、ひどいですね・・・あはははは」

そういったが、和賀直哉は内心ひやひやしていた。

この写真を撮ったの誰だ?

おれは怪文書なんて送ってねーぞ?いったい誰の仕業だ・・・?




有賀泉は本屋で雑誌を見ていた。トップ記事に藤谷美樹のことが書いてあった。

「藤谷美樹、ストーカー現る?自宅に届いた怪文書?」

「藤谷美樹 謎の男と遊園地デート?貸切コースで愛をはぐくむ?」

なにこれ?

久しぶりに日本に帰ってきたら、すごいことがニュースになっていた。

「何か時々テレビで見かけるアイドルさんね。大変ね・・・」

泉は、藤谷美樹とキスしている男の写真を見た。

「何これ、松田・・・くん?」

テロップがかかっていたが髪型や雰囲気で泉にはそれが松田優にしか見えなかった。

その男が着ている服も優がよく着ているパーカーだったからだ。




バイトが終わって、自宅のボロアパートに帰って松田優は携帯を開いてみた。

藤谷美樹からはメールもLINEの返事もない。携帯に方に電話をかけてみたが、留守番電話になっていた。

「はー」

松田優はため息をついた。

「何やってんだあいつ・・・」




優は居酒屋で彩と飲んでいた。

しばらく他愛のない世間話をしていた。

「あのさ、バンドのボーカルのリーダーがさ、ほんっとおっちょこちょいで、ライブハウス予約した時間間違えたりとかまじ勘弁してほしいのよ。こんなんじゃメジャーデビューできないっつーの」

そんな話をしていたが、優はぼーっとしていた。

「何ぼーっとしてんのよ。」

「いや・・・別に・・・」

「藤谷美樹さんのこと?」

「え?」

「それくらい知ってるわよ。優と写真写ってなかった?」

「ちょっと声大きい言って・・・」

「別に大丈夫よ。みんな聞いちゃいないから。」

彩までその話をしっていたのでびっくりしてしまった。

「なんで知ってるの?」

「え、だって大ニュースになってるじゃん。日本中が知ってるわよ・・・」

「そうじゃなくて、なんで俺だってわかったの?」

「何年あなたとつきあってると思ってるのよ?行動パターンくらいわかるわよ。あなたあまり自分のこと話さないけど、正直だから考えてることは分かりやすいもの。」

友達ながらも女の勘は恐るべし、と優は思った。

「それで、彼女大丈夫なの?」

「さあ・・・どうかな・・・連絡取れないから。」

「優・・・彼女のこと本気なの?」

「え?」

「だってこんな写真撮られるくらいだから・・・」

「別に・・・こんなわがままな女いくら美人でも好きじゃないよ。ただ誘われたから行っただけ。それに俺が好きなのは・・・」

「有賀泉さん?」

「え?」

「だって優学生時代からずっと彼女のこと好きじゃない。」

「まあ・・・でもさ・・・」

「でもさ・・・?」

優は沈黙してしまった。

「彼女は結婚してしまうから?どうにもならない?だからアイドルと遊んでる?」

「いや、違うそんなんじゃない・・・」

「あー優柔不断だな。昔っから優はそういうところ。そういうのって女の子に一番嫌われるからね?結局どっちも振り回すことになるんだから。本当最低だよそれって・・・」

「そうだな・・・」

「嘘よ・・・別にいいんじゃない?心が揺れるときだってあるわよ。私にだって身に覚えあるし。」

「ああ・・・」

「でも今はその藤谷美樹のことが心配なんでしょ?なら自分の気持ちに素直に行動したらいいよ。」

「ああ・・・ありがとう。」




優は次の日藤谷美樹のマネージャー勝田に電話してみた。

「もしもし?オスカープロダクションの勝田ですが・・・」

勝田が電話に出た。

「あの・・・松田優と申します。藤谷美樹さんはいらっしゃいますか?」

それを聞いて勝田は急に怒りだした。

「あんたか。いったい彼女に何してくれたんだよ!?今こっちは大変なんだ!責任とってくれ!」

「すみません、話すと長くなるんで・・・こっちもそれどころじゃなく彼女が心配で・・・今どこにいるんですか?」

「今は事務所にはいないよ、自宅謹慎してるから・・・」

勝田はため息をついた後不機嫌そうにそう答えた。

「もう電話かけてくるな!」

勝田は写真のことで優に怒り心頭だったので電話を切ってしまった。




それから何の音さたもないまま、平凡な日々が続き1週間くらいたった頃の夜に優のアパートに藤谷美樹が突然現れた。

「じゃーん、元気?」

すでにかなり酔っているようだった。

「一緒に飲もうかと思って。」

ビールを大量に買ってきていた。

「あのな!・・・どれだけ心配したか。返事くらいよこせよ。それに自宅謹慎なんじゃないのか?」

「ごめんごめん。一日中家にいたら頭おかしくなりそうになっちゃってさすがに出てきちゃった。それでね・・・どこ行こうかなって思ったら、変装しないでゆっくりできる場所考えたら・・・ここしかなかった。」

藤谷美樹はスキャンダルの話をあえて避けてた。

「いいからもう飲むのやめろよ」

彼女が持っていたビールの缶が大量に入ったビニール袋を取り上げた。

優は水をコップに入れて藤谷美樹に飲ませた。

「あ・・・ありがとう・・・っす」

美樹はかなりできあがっていた。

1,2時間たって美樹の酔いが冷めると、美樹はいつものハイテンションからは考えられないような深刻そうな感じでうつむいて話し始めた。

「私のお父さんね・・・知ってると思うけど・・・藤谷圭って大物俳優なの・・・」

「ああ・・・知ってるよ」

ネットで藤谷美樹のホームページを見たので優もそのことは知っていた。

「私が生まれたときはすでに有名な俳優でね・・・東京の世田谷の高級マンションに住んでて、私はそこで家族三人で何不自由なく暮らした・・・。若い頃は何の不満もなかった。でもね、ある日お父さんがね、自分の経営してた事務所の可愛がってた後輩の借金の保証人になってね・・・その人の実家の事業が倒産して借金が何千万もあるからって。お父さん人が良かったし面倒見がよかったから・・・それくらいの借金ならいつでも立て替えて払ってやるって。

でもその話は嘘でね・・・詐欺だったの・・・その後輩の人は嘘ついてたのよ・・・その人さ・・・やくざみたいな連中の不動産投資の話に騙されてて・・・共同出資者っていうの?何千万か一緒に投資して利益が出れば莫大な金になるからって丸め込まれて、でも万が一のために嘘の話をでっちあげて借金の保証人を立てろっていわれたらしくて・・・。それでそのやくざの連中は何のリスクもなく投資ビジネスができるってわけ・・・うちのお父さん俳優としては大物だったけど本当人がいい人だったからまんまと騙されたのよ・・・」

藤谷美樹は酔っていた時のハイテンションとは打って変って何だか深刻な面持ちで難しい話を急にしだした。いつもの彼女と違うようで優はびっくりしたが、話の続きを聞くことにした。

「それでね・・・最初は借金が5000万円になったから、とかそんな程度で深刻な話ではなかったんだけど・・・お父さん金持ちだったからそれくらいなら何なく払えるからね。でもそのやくざ連中の不動産投資のビジネスが失敗して大赤字を出したらしくて・・・だんだん一億二億って借金が増えてって。気が付いたときには10億を超えてたの・・・」

それは途方もない額だ。貧乏作曲家の松田優には想像し難い莫大な金額だった。

松田優はうつむきながらその話をじっと聞くことにした。

「でね・・・いくらなんでも話がおかしいからってお父さんその後輩の家まで言って話を聞きに行こうとしたの。でもその人もう東京の家売り払ってどこかに雲隠れしちゃってて・・・10億以上の借金だけお父さん抱えることになっちゃったの・・・そんな大金いくら大物俳優だってそう簡単に返せる額じゃない・・・そのうちそのやくざ連中がうちに来るようになってね・・・本当乱暴で最悪な連中だった。お父さん返済期限を延ばしてもらうように必死に頭さげて・・・何年かは頑張って働いてマンションや車も全部売り払って今までの貯金とあわせて5億くらいは何とか返済したんだけどね・・・でもね・・・そのストレスがたたってお父さん癌になっちゃったのよ・・・気づいた時にはもう末期で・・・それでね・・・マンションも売り払っちゃったし病気で仕事もできないしどうせ末期がんだからって田舎の方で落ち着いて死にたいってことで、田舎の岐阜に帰ったの・・・私はもう高校生だったんだけど途中で岐阜の高校に編入して・・・」

「そう・・・なんだ・・・」

優はなんだか遠い異次元の世界の話を聞かされてるような気分になった。

「お父さん最後まで頑張ろうとしたんだけど・・・結局癌でなくなっちゃった・・・世間的にはただ病気でなくなったってことで公表してるから借金のこととかは誰も知らないんだけどね・・・それでね・・・私高校卒業したらスーパーアイドルになって頑張ってもうけまくってやるって思って・・・絶対借金返してやるんだって・・・それでここまで頑張ってきたの・・・残ってた5億以上の借金も半分以上は返したし・・・だからね・・・あともう一息なの・・・こんなところでスキャンダルで終わりたくないのよ!」

松田優はかつてないほど深刻な話を聞かされて藤谷美樹がまるで別人のように感じた・・・

優が深刻そうにその話を聞いていると藤谷美樹は突然明るくなって

「ごめん、今の話全部ウソ!驚いた!?」

とあっけらかんと言い放った。

「は!?・・・う、嘘?」

優は目を丸くして驚いた。

「は、何だよ・・・びっくりしたな。」

優は拍子抜けしてしまった。

「いくらなんでもこんな非現実的な話そうそうあるわけないでしょ?私、今スキャンダルで絶体絶命のピンチでやばいでしょ?だから何かもっと同情されたくなっちゃって」

「なんだよ、それ・・・」

「でた・・・それ久しぶりに聞いた・・・」

「・・・」

「もしかしてほんとだと思った?」

「そりゃね・・・でもそんなことだろうとも思ったよ。」

優がそう言うと美樹は突然何を思ったのか

「じゃあ私ここで寝ていい?自宅にひきこもってるの性に合わないから・・・」

そんなことを言いだした。

「おいちょっと・・・」

「いいでしょ?男は細かいこと気にしない気にしない」

そういって藤谷美樹は優のベッドを陣取ってしまった。

相変わらずめちゃくちゃな女だ。

優も歯磨きをして寝ることにした。

仕方なく、ベッドの横の床で寝ることにした。

小一時間くらいたったときに、藤谷美樹がベッドでしくしくと泣いている声がかすかに聞こえてきた。

優は向こう側を向いていたので泣き声しか聞こえなかったが・・・

優はその悲しそうなすすり泣き声をしばらく聞いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ