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ピアノマン  作者: 片田真太
5/10

悲劇のヒーロー

次の日、優はどうやって家に帰ったかも忘れてしまった。

そうだ、あの女にうちのボロアパートの前まで連れて帰ってもらってしまったのだった。

自分が情けなくなった。

ついでに彼女の夜景での横顔を思い出してしまった。

「あーくそ、何考えてるんだ俺は・・・あんなわがまま女のこと・・・」

その日はバイトが夕方からだったので、大学の高林教授にまた会いに行った。

ゼミの教室のドアを開けて高林教授が来た。

「何、相談って?」

「あ・・・あの教授。」

優は事務所の契約を切られるかもしれない話をしてみた。

二人でコーヒーを飲みながら話すことにした。

「そっか・・・」

「それは大変だね・・・。何ていったらいいか・・・でもね、音楽と人生の先輩として言わせてもらうとね・・・それは誰にでも起こるものだよ。」

「誰でも起こる?」

「音楽だって所詮弱い生身の人間が作ってるんだよ。どんな素晴らしい名曲だってどんな美しいハーモニーだってそう。だからこそ波がある。人間の体調に波があるのと同じで、音楽だってそう。いいものが作れるときもあるし、ダメなときもある。」

「波がある・・・?」

「そう・・・僕にもかつてスランプがあったさ・・・全然作れないときとかって。でもじたばたしてても何も始まらないからね。いっそのこと作るのやめちゃった。そういう時期があった・・・」

「教授にもそういうことあるんですか?」

「あるさー。人間ですよ?誰だってそうなります。」

「へー」

優は意外だと思った。

「でもね・・・そこでめげちゃだめなんだよ。何度でも何度でも這い上がってそこから湧き上がる生命のようなものがまた新たなメロディーを生み出すのさ。

むしろスランプに陥るからこそ、そっから這い上がろうとするね。その壁を超えたとき君はまた大きく成長している。」

「大きく成長する・・・」

教授はにこっと笑って

「そうだ、今度うちの作曲ゼミの生徒の子たちに教える講師をしてみないか?

バイト代も払うからさ。いいものが作れないのなら立ち止まって教える仕事をしてみるのもいいかもよ?また違った視点が見えてくるかも。それに生徒たちからもいろいろと刺激をもらえるしね。若い創造力のパワーっていうかね。どう?まあ・・・君次第だから無理には勧めないけど。」

松田優はしばらく考えたが

「あ・・・是非やりたいですけど、他にやってるバイトもあるので・・・」

「そんなたくさんじゃなくていいよー。週一回とか一週間おきとかくらいでもいいし。君の都合にも合わせるし。」

「そうですか、じゃあ・・・是非・・・」

「了解、じゃあ今度生徒たちに君のこと話しておくよ。外部から講師を招いた方が彼らにとってもいい刺激になるしさ。」

「はい、ありがとうございます。」

「いえいえ、こちらにとっても嬉しいことですから。じゃあ・・・」

「はい、ではまた・・・」


大学のキャンパスの出口に向かう並木道の途中で和賀直哉が話しかけてきた。

「おい、久しぶりじゃん松田」

「ああ・・・和賀か・・・」

「なんだしけた面して・・・大学に何か用か?」

「ああ・・・ちょっと高林教授に会いに・・・」

「なんだ、まだあのおやじに相談しにいってたのか?あんな老いぼれもうセンス古くて相談しても何の意味もねーだろうが・・・」

その言い方に松田優は少しむっときた。

「おい、教わった教授に向かってそんな口聞くなよ。お前も世話になったんだろ?」

「世話?あんなのからは何も教わってないよ。俺の音楽は全部自己流だからな。そんな他力本願だからおめーはいつまでたっても認められねーんだよ。芸術っていうのは自分の世界観をいかに築きあげるか、だからな。」

「相変わらずその独善的なところ変わってねーな。」

「言ってくれるじゃん。でもお前と違ってちゃんと節度保ってるけどな。お前の音楽は自分の殻にこもりすぎだけど、俺はちゃんと音楽の市場やニーズとかちゃんと見てるぜ?どういうものが流行って世間はどういうものを求めてるのかってことを。だから世間に認められるし、こうやって大学の講師にOBとして呼ばれるわけだ・・・」

「講師?」

「そう、今から授業なの。いろいろと生徒たちに教えてやんなきゃいけないのよ。」

「そうなのか・・・」

「悪いなじゃあな・・・」

相変わらず口の悪い奴だ。学生時代からとにかく自分につっかかってくるがどうも好きになれなかった。ゼミの他の人たちも和賀直哉のことは嫌いだった。

人格者の教授だけは彼を優しく扱っていたが。でも、彼の音楽の才能だけは本当に本物だった。世間にも認められているし、それは文句のいいようのないことだった。自分は教授のお情けで講師のバイトに雇われただけで喜んでいたのに、彼は正規に大学に採用されていたとは。少しだけ優はショックを受けた。




次の休みの日、優は有賀泉と美術館に来ていた。

「へーこれ印象派の絵とかなの?」

「まあ・・・セザンヌとかモネとかだね・・・ポスト印象派って言われてて他にもルノワールとかいるかな・・・セザンヌはプロバンス地方の小さな街で生まれてそこの美術学校出たんだ。人物の絵とか静物画とかよく描いてるよ」

「へー詳しいね松田君。音楽だけじゃなくて美術も詳しんだね。」

「まあ、人並み程度だけどね・・・」

「へーすごいじゃん。わたしなんて何も知らないよ。」

優は嘘をついた。本当は美術のことなど何も知らなかった。泉と美術館に行くことになったので、事前にネットなどである程度調べただけだった。

世界的に活躍するバイオリニストになってしまった泉の前では、ちょっと見栄を張ってすごいところを見せたくなってしまったのだった。

「へーこれは何の絵?」

「えーとこれは・・・モネの『日傘をさす女』だよ。」

「へーすごいね、すごい素敵・・・私ね、オーケストラとかでヨーロッパ中ツアーまわってるのに絵とか全然疎くて・・・もっと勉強しなきゃ・・・現地の人たちの会話についていけなくなるから・・・」

優はその話を聞いてせっかく自分の絵の知識を自慢したかったのに、また彼女と自分の格の差を見せつけられたような感じになった。現地ではさぞ立派な一流の方たちとおつきあいがあるのだろうか?なんだか学生時代の泉とは違って遠い存在になってしまった。一緒に大学の学食で食事をしていた時期が懐かしい。

「松田君どうしたの?ぼーっとして・・・」

「え?・・・あーいや・・・なんでもない」

「え・・・こっちの絵は?」

「あーそれは・・・」


二人は美術館の休憩所の椅子に座った。

「あ、俺何か飲み物買ってくるよ。あっちの方に自販さっきあったから。」

「あ・・・いいよ、絵の説明で松田君疲れたでしょ?私買ってくるから何がいい?」

「あ、じゃあ・・・紅茶みたいなの」

「了解」

そういって泉は自販の方にいった。

優は待っている間に泉が大学時代付き合っていたピアニストの彼のことを

思い出した。


あれは、確か大学三年の夏休みの前あたり・・・

暑い日だった。

授業が終わって学食に行こうと思っていたら、泉が隣に男を連れて歩いていた。

長身でイケメンなやつだった。そのせいで泉に話しかけにくかったので無視して引き返そうとすると、

「あ・・・松田君!」

泉が手を振ってきたので知らないふりができなくなった。

「あ・・・有賀さん」

「今から学食でしょ?」

「あ、うんそうだけど・・・」

「なら一緒に食べようよ。」

「あ、うんでも・・・」

と優がその隣の彼の方を見ると

「あ、彼ピアノ科の4年の永島快斗さん。今彼の卒業試験の演奏の練習とかで私がバイオリンを手伝っていて・・・それで・・・」

一つ上の先輩だった。

「へーそうなんだ・・・あ・・・はじめまして・・・」

「こちらこそ初めまして」

さわやかなイケメンの永島さんはにっこり笑って手を差し出してきたので

優も負けじと手を差し出して握手をしかえした。

「で、彼が松田優君。同級生で。ね、彼作曲科なんだよ?お父さんもこの音大出身で松田寮って作曲家なんだよね?」

「あーまあ・・・」

「へーすごいですね、じゃあ彼ももう作曲家に?」

「うーんまだだけど、でも将来はお父さんみたいな作曲家目指してるんだよね?」

「あ、まあ・・・」

他人に言われると恥ずかしくなった。優が照れていると

「永島さんは国内のコンクールとかで何度も優勝していて、卒業したら

今度はパリ音楽院に留学するんだよ?すごいでしょ?」

「え・・・あーそうなんですか。それはすごいですね。」

「いえいえ、日本じゃ優勝できましたけど、世界は広いですから。勉強のために行くんですよ。上には上がいることを思い知るために。」

何だかすごい人だと思った。泉もこの前国内のコンクールで何か入賞したっていってたから卒業したら彼女も留学とかするんだろうか?

二人とも将来有望だな、と思った。それに比べて自分はまだ何の実績もない。

「松田君学食行くでしょ?」

「あ、うん」

「じゃあ、三人で食べようよせっかくだから・・・」

本当は二人で食べたかっったし、彼がいるときまずかったが断るのもあれなので一緒に行くことにした。

食べてる間中、泉は彼の話ばかりで優は気分が悪かった。

さりげなく聞いてみたが、やはり二人はつきあってるようだった。

優はそれがショックだった・・・

その後しばらく優は泉を学食に誘えなくて、学食でたまに見かけても見つからないように一人で食事をしたこともあった。


そんなことを思い出していたら、泉がコーヒーを持ってきた。

「松田君、ごめん紅茶売ってなかったからコーヒーで我慢して・・・」

「あーいいよ、ありがとう。いくらだった?」

「あー後ででいいよ。ねえ、これから昼ごはん行くでしょ?」

「あ、うん」

「私行ってみたいことろあるんだ、つきあってくれる?美術館めぐりは松田君に任せちゃったからレストランの方は任せて。」

「あ、うんいいよ。ありがとう。」

二人とも飲みながら

「どうしたの、さっきぼーとっしてたけど、何か考え事でもしてた?」

「あ、いや・・・なんでもないよ昔のこと思い出してただけだよ。

昔よく有賀さんと学食いったなーって。あと永島さんって人思い出した。」

「あ、そうだよね。あの学食懐かしー。高菜そばとかまだあったりして。」

「あのさ、永島さんってさ・・・」

「え・・・ああ、彼ね。彼がどうしたの?」

「あ・・・いや、別になんでもないよ・・・」

「変なの松田君・・・」

二人は飲み物を飲み干すと昼食に行くことにした。




お互いの休みの日に優と鎌田彩は目黒方面のバーで飲んでいた。

彩が藤谷美樹のことを聞いてきた。あれから進展あったかなど。

「いや・・・実は本物だった・・・」

鎌田彩はそれを聞いて目玉が飛び出すくらいに驚いた。

「え、嘘でしょ?そんな話あるんだ?信じられない」

彩はすでに酔っているようで次から次へと彼女のことを質問してきて優はいちいち質問に答えるのにうんざりしてきた。

「そんなことよりお前今日何か話があったんじゃないの?」

鎌田彩が話がある、というから目黒までわざわざ来たのだった。

「あ・・・それね・・・」

鎌田彩は自分の所属しているロックバンドの話をしだした。何で路線をロックに変えたかを話し出した。

「中々曲が売れなくて採用もされない日々であせってたのね・・・以前所属していたバンドでメジャーデビューを狙っていたんだけど、曲作るボーカルに作曲センスがなくてさ・・・それで私が曲を書きたいって言ったらさどうなったと思う?彼ら私の作る曲が気に入らなくて音楽の方向性でもめて解散してしまったのよ。そんな中で自分に是非曲を書いてほしいって今のロックバンドからスカウトされたのよ。よくよく考えたら私の作る曲ってロック寄りのもかなりあるのかなって。それで、ボーカルが私の曲ものすごくうまく歌ってくれて本当ぴったりなのよ・・・今回こそは絶対うまくいくって思ってるの」

優は彩がロックバンドに入った意味がやっと分かった。

「でもだからって好きでもないロックをやるのか?」

「好きとか好きじゃないとかじゃないのよ。自分を必要としてくれるからよ。それに売れそうだし。」

「でもそんなの自分の信念とは違うんじゃ・・・」

「そんなの優にはわからないよ。自分の信念だけじゃうまくなんかいかないの。やりたい音楽だけやったってうまくいかないのよ。」

「別に俺だって全然売れてないよ。事務所も解雇されるかもしれないし。この前メールしただろその話。」

「嘘嘘・・・本当は才能あるくせして・・・その藤谷美樹ってスーパーアイドルさんを感動させちゃうくらいのね・・・」

彩は酔っているようだった。彩は酔うとたまに絡んでくる。

「おい、飲みすぎだぞ。酔ってるんじゃ・・・」

「うるさいなー。いっそのことその子に楽曲提供でもして一躍有名にでもなれば?コネがあるんだからさ。利用しろよ」

完全によっている。

その後

「あーもう」

と言いながら彩はバーカウンターにうつぶせになって寝てしまった。

「ったくしょうがねーな」

寝てしまったので、優は自分のアパートまで彩を連れてってベッドで寝かせた。

「うーん、うーん」

彩がもだえながら優のベッドで寝ていた。

「ほんとうしょーがねーな」

優は仕方なくベッドの横の床で寝た。




次の日の朝優は起きるとベッドには彩はもういなかった。

テーブルの上に書置きがあった。

「昨日はごめん・・・なんかからんじゃったみたいで・・・・気にしないで!

夕べぐっすり寝たらすっきりしました!ではお邪魔しました。 彩」

そう書いてあったので優はほっとしてため息をついた後に少し笑った。




優は高林教授の作曲ゼミで講師のアルバイトをしていた。

「今日は我が高林ゼミのみなさんの先輩である、松田優さんを講師にお迎えました。私の元教え子でとっても優秀で音楽にハートのある人ですから、しばらくの間みなさんのご指導の手伝いをしてもらうことにしました。」

優も自己紹介をした。

「宜しくお願い致します。」

優は後輩たちのデモ音源を聞いて一人ひとりアドバイスをしていった。

「ここはもっとベースを聞かせて、ドラムの音はもっと厚くした方が・・・」


ゼミが終わった後、優は高林教授と大学校舎内を歩きながら話した。

「どうですか?うちのゼミの生徒たちは?」

高林教授が優に聞いてきた。

「はい、なんとも言えませんが、高林教授のゼミらしくていい子が多いです。まだ、分かりませんが、見込みのある子が何人かいました。」

「そうですか、きみにそういってもらえるとこっちも嬉しいですよ。本当はね、みんなの夢をかなえさせてあげたいんですけどね・・・でもね、やっぱり芸術の世界は熾烈な競争ですからそういうわけにもいかない。私はそんな世の中が変わればいいと思ってます。でも現実はなかなか変わらない。なかなか曲が採用されない日々だって続きます。だから生徒たちには誰よりも音楽を愛する心と夢をあきらめない心を教えてるんですよ。技術的なことよりもまずね・・・

だから松田君も彼らにその心を伝えてやってください。」

「はい、僕なんかでいいんでしたら・・・」

「松田君、もっと自信もちなよ。少なくとも君は僕のお気に入りですよ?

僕はこれから研究室に戻らないといけない用事があるんで、じゃあ・・・」

「はい、じゃあ・・・」

そう言って高林教授と別れた。




藤谷美樹の初主演ドラマ「それぞれの明日へ」の撮影が終わった。

シーズンドラマではなく単発の二週連続のスペシャルドラマだったので割と早いスケジュールで撮影が終わったのだった。

藤谷美樹が大勢の関係者に向けて挨拶をした。

「ここまでこれたのは本当に皆様のおかげです。本当にお疲れ様でした。」

拍手が起きた。

その数週間後ドラマは放送された。藤谷美樹の初主演とのことで世間では多いなる話題となり、視聴率は非常に高かった。関係者は万々歳だった。

野々宮妙子はそれが面白くなかった。

彼女はドラマを見ながら藤谷美樹の出てくるシーンで彼女を恐ろしい目でぎろっと睨んだ。


野々宮妙子は自分の所属する事務所の社長にどなりつけた。

「ちょっと何で私がまた藤谷美樹主演ドラマの脇役に決定なんですか?」

「この前の二週連続もののドラマの視聴率が好評だったんでね・・・だからまた続編を半年後にやろうってことになって・・・だからお願い!」

「いやですよ、あんな演技のド素人のサポートなんて」

「そんなこと言わずにさ・・・妙子ちゃん」

野々宮妙子は藤谷美樹に対する憎しみがまたましてしまった。




松田優は藤谷美樹とボーリング場に来ていた。

藤谷美樹がボーリングをやりたいと言い出したからだ。

藤谷美樹はスペアを取った。

「やった!」

「何でボーリングなんだよ・・・」

「私、普段マネージャーに禁止されてこういうところ来ちゃだめなのよ。アイドルは指とか怪我したらよくないからって。あなたがいれば言い訳できるでしょ?誘われたって言えばいいから・・・」

「あのな・・・俺をそんなことで利用するなよ。それに、こんな人がたくさんいるところばれちゃうんじゃ・・・」

「別に変装してるから大丈夫よ。」

「そういえば最近曲作ってる?」

「うん?いやーさっぱりだな・・・」

「お、珍しく弱気?」

「俺はいつもこんなんだよ」

「嘘だー」

「ほんとうだって」

そういうと優はボールを投げだした。


そんな会話をしていると、同じボーリング場に和賀直哉が友達と来ていた。

「おい、和賀あれ松田優じゃね?」

「ん、あーまじか。おー、本当だわ。超偶然だな。」

「あの隣にいる女だれ?超でかいメガネしてて逆に超目立ってるよ。」

「あーそうだな。ん?」

和賀はどっかであの変装の女を見かけた気がする。

でも思い出せない・・・

誰だっけ?




優は休みの日にまた、泉と会っていた。

今度は水族館だった。

イルカのショーを見たり、水槽のいろいろな魚を見ていた。

水族館の休憩所で焼きそばやたこ焼きを食べることにした。

「楽しかったね」

「うん・・・」

「こんなところふらふら遊びに来てていいのか?練習とかあるんじゃ・・・」

「ああ・・・別に休みの日だからいいの・・・お互いの休みの日が合うときにたまに会ってるだけでしょ?演奏は普段の日でもうたくさんよ。もう限界ってくらい弾いてるんだから・・・」

相変わらず泉は努力家で練習量もすごいようだった。

「それよりさ・・・松田君最近はどういう曲作ってるの?」

「ああ・・・まあ・・・CMの曲とか、あとアイドルの曲作ってるからこんどレコーディング立ち会うんだ・・・」

優はとっさに嘘をついてしまった。

「へーすごいね。なんか業界人って感じでかっこいい。私クラシックの世界しか知らないから。」

「別に大したことねーよ。そんなやついくらでもいるし。」

「でもわたしたちの母校の国見音大で講師してるんでしょ?すごい。」

「まあね、一応」

講師といっても教授のお情けでちょっとしたバイトをやってるだけなのだが・・・

嘘ばかりついていたらなんだか急に自分が泉と釣り合う男みたいに見えてきてしまって変な気分だった。しかし、本当のことを今更言えなくなってしまった。




和賀直哉は自宅のネットで、藤谷美樹のオタクファンクラブが独自に入手した藤谷美樹のプライベートの変装写真を見た。

やっぱり・・・

和賀直哉は藤谷美樹の熱狂的ファンでその写真を目に焼き付けていたので

ボーリング場で見たときにぴんときたのだった。

藤谷美樹はその写真がネットに流出してることなど知らなかったが、熱狂的なファンが彼女を尾行してつきとめた数少ない証拠写真だった。

しかし、ファンの間で噂されてるだけで週刊誌には出てないので一般的には知られていなかった。

「何であの野郎が俺の美樹ちゃんと・・・?」

和賀直哉は嫉妬に燃え狂った。




松田優が自宅のアパートで会社説明会のパンフレットを眺めていた。

今まで会社勤めなどしたことがなかったしそのための勉強もしてこなかったのでパンフレットを眺めるだけで憂鬱な気分になってきた。なにより自分に会社勤めが合ってるのか疑問だった。しかし、いつまでもガソリンスタンドでアルバイトをしているわけにはいかなかった。

そんな中、突然インターフォンがなった。

「はい」

優がドアを開けるとそこにはサングラスをかけた藤谷美樹が立っていた。

「じゃーん!元気?」

藤谷美樹はサングラスを取っていきなりそういった。

「ちょっと・・・なんだよ急にびっくりするだろ!」

「ハローお邪魔しまーす。」

「おいなんだよいきなり・・・」

優はため息をついた。

「あ、ごめんこの前金曜日はバイト休みっていってたでしょ?」

「そりゃそうだけど何でここの場所分かった?」

「何言ってんのよバカね。だってこの前車でこっちまで送ってあげて来たじゃない?」

「そうだけど・・・」

でもよく場所覚えてたな・・・優はそう思った。

「ろくなもん普段食べてないだろうと思って、食事作りに来てあげた。台所借りるね?」

「は?」

そういって台所に行った。

「きったなーい、ちゃんと掃除してるの?カビとか生えてるじゃないの」

「ほっとけよ」

たまにしか料理など作らないから掃除してなかったようだった。

「ちょっと掃除してあげるから待ってな?」

そういうと藤谷美樹は台所を片付け始めた。その後買い物袋から材料を取り出して料理を作り始めたようだった。

しかし、しばらく料理しててもなかなか進まないようだった。

「おい大丈夫か?」

「うんちょっと・・・ちくわとピーマン切ったんだけどさ・・・」

「ちょっと何作ろうとしてるんだよ?」

「焼きうどん・・・」

「ならキャベツとか人参だろ?買ってないのかよ・・・」

「うん、うどんとちくわともやしとピーマンだけ・・・」

「いいよじゃあ近所のスーパーで俺買ってくるから。」

「あ、なら、ついでにビールもたくさんお願いねー」

「まったく・・・」

優は机から財布を取ってアパートを出て行きスーパーに材料を買いに行った。

「なんでおれがこんなことを・・・」

優が出ていくとアパートは突然静かになった。

美樹は優のアパートの中を見渡した。

「へーPCの前にキーボードがある。これでPCに打ち込んで作曲とかするのか・・・なるほど・・・」

そのあと美樹は、机に置いてある優が両親や弟と映ってる写真立てに入っている写真を見た。

「これがそのお父さんと弟君?」

壁には国見音楽大学の卒業証書が飾ってあった。

「国見音楽大学?あー何か聞いたことあるな。有名な大学じゃない?」

美樹がもう一度机を見ると、「中途採用 会社説明会案内」と書いてあるパンフレットを見つけた?

会社説明会?


優がスーパーから帰ってきてた。

「お前ちゃんと材料とか調べてから買ってこいよ本当に・・・」

「ごめんごめん」

「まったく」

そういいながら優は材料を取り出すと料理をさっさと作ってしまった。

「へー料理得意なんだ・・・」

「そりゃ一人暮らし長いからな・・・まあ、最近はたまにしか作らないけど」

「へー一人暮らしっていつから?」

「もう大学卒業した後あたりかな・・・」

「ふーん」

「ってかそんなことより、料理できないんだったら最初から作るなんていうなよ。何考えてんだよ。」

「別にいいじゃない、昔ちょっとやったことあるから思い出しながらならできるかなって思って。」

「それが安易な発想なんだよ。ずっと作ってなきゃ忘れるよ。料理をなめすぎだって・・・」

「そうかな・・・」

「そうだって・・・」

優はあきれてそういった。

「あーこれしいたけ入ってる。私苦手なのよね。」

作っといてもらってこの女は・・・

「わかったよ、じゃあ俺が食べるから。」

そういって優はしいたけを箸で自分の方に持ってきた。

食べ終わった後に、二人でビールを飲みながら、藤谷美樹がいろいろと笑い話や愚痴話をしだした。

「でね・・・そのプロデューサーって本当スケベであっちこっちの女優志望の女と寝てるっていうのよ。それで私もさ、じろじろ見られたことあって本当気持ち悪っておもってさ。」

少し酔ってるようだった。

優があまり元気なさそうに見えたので藤谷美樹は聞いてみた。

「どうした、何かあった?」

「あ、いや別に・・・」

「公園のベンチで何か悩んでたでしょ?それと関係あんの?」

「別になんでもないって、ちょっと酒飲んだら疲れてうとうとしただけ・・・」

「嘘つきなさいよ、ものすごい沈んだ顔で悩んでたくせに・・・何かもうこの世の終わりみたいな顔してたよ?なによ、うじうじしちゃってさ・・・男らしくない・・・言いたいことあるならはっきり言えばいいのよ。その方がすっきりするでしょ?」

その言葉に少し優はムッときたので

「うるせーな、じゃあお前は女らしいのかよ・・・」

そう言い返してしまった。

「あ、今ちょっと頭きた。何よ、曲が少しスランプに陥ったくらいでショック受けて悲劇のヒーローみたいにさ・・・」

「うるせーな、そっちがうじうじするなとかいうからだろ。こっちだって頭きたんだよ。」

「あっそう。芸術家はいいわよね。私は悲しみの中で生きてる悲劇の主人公ですって悩んでるようなそぶりしてればいいから。そうすれば周りはみんな心配してくれるよね?あのね、誰だって辛いときくらいあんのよ?私だっていろいろ悩みとかさ・・・」

「うるせーな!もういいから帰れよ!隣の部屋に聞こえるだろ・・・」

その言葉にショックを受けて

「あ、そうじゃあ帰るはよ!せっかく忙しい中わざわざ来てあげたのに。本当無神経ねあなた・・・だから曲が売れないのよ。会社説明会のパンフレットなんて見ちゃってさ・・・あなたなんて音楽なんてやめちゃえばいいのよ!」

美樹は出て行ってしまった。

「え・・・?」

会社説明会のパンフレット?机に置いてあったやつ見たのか・・・


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