素顔
「ちょっとこれどういうことですか?」
藤谷美樹は事務所のオスカープロダクションの岡田プロデューサーにどなりつけた。
「どういうことって、そういう記事が出ちゃってことだよ」
見出しを藤谷美樹は大声で読んでみた。
「有紀凛、新星現る。藤谷美樹の時代も藤谷危機の時代へ!?世代交代か!?」
「何よ、これ!私は別にこんな新人相手にしてないの!」
「でもさー美樹ちゃん彼女ものすごい人気だよ!?最近のアイドルファンって昔と違ってオタクが多いんだって。アニメから火がついて、アキバで女神様扱いでしょ彼女?それから徐々に全国区になって。今やアニソンとか彼女が歌うの全部ヒットだし。おまけにルックスも女優顔負けでいいしトークも面白いからバラエティーもひっぱりだこだし。」
「何よそれ、私だって歌じゃ負けてないし。ドラマの主題歌とか歌ってるし。」
「美樹ちゃん・・・確かにそうだけど、今はもうドラマのタイアップとか全く売れないんだよ。CD全然売れないしさ・・・美樹ちゃんが売れてるのって歌でもドラマでもトークでもなんでもこなせるオールラウンドアイドルっていうのが売りだけど、そういうの残念だけどさ、もう時代遅れなんだよ。そういうアイドルって過去にもたくさんいたし。」
「何よ、それ私がありきたりだっていうの?」
「あーそうじゃないよ。。美樹ちゃんがスーパーアイドルなのは変わりないよ。でも時代は美樹ちゃんみたいな正統派じゃなくて、オタク系とか変わったアイドルを求めてるってことだよ。美樹ちゃんがブレイクしたきっかけっていうか、全国区になれたのだってある意味、お父さんが大物俳優の藤谷圭だったっていうのもあるし。マスコミがそれをものすごい宣伝してくれたからで。」
それを聞いて藤谷美樹はショックでブチ切れてしまった。
「ちょっと、それいくら岡田さんでも許せない!」
藤谷美樹は机を手でボーンと叩いて出て行ってしまった。
部屋から出て行って、事務所を通り抜けて廊下に出ると、野々宮妙子が後ろから声をかけてきた。
「あら、これはスーパーアイドルさんじゃありませんか・・・」
「何よ・・・あなた相変わらず暇人ね。何か用?」
「別に・・・ちょっと仕事の打ち合わせでこっちに用があっただけ。今度あんたが主演やるドラマの打ち合わせだっていうからわざわざオスカープロダクション様に出向いてあげましたの。でも当の本人は別の用事があるから欠席だって。主演の自覚と責任もないのかしら?出演者の皆様怒り心頭だったわよ?こんなんで視聴率とれるのかしら?心配で心配で気が気じゃない。」
「そんなこと知らないはよ。私別件の打ち合わせが昨日急にできたから、事前に私の意見書とかマネージャー通して提出してもらってたでしょ?私ものすごい忙しいから打ち合わせには出れないことがあるってあらかじめ全関係者に伝えてもらってるの。」
「それはそれは、さすがスーパーアイドル様は何やっても通用するんですね?恐れ入りますは。」
野々宮妙子の嫌味はスパイスがきいていた。
「あのね・・・あなた言いたいことがあるならはっきりいいなさいよ。」
「言いたいこと?そんならくさるほどあるけど、でもあえて言うなら、そんな態度が通用するのはスーパーアイドルでいられるまでだってことよ?」
「それ・・・どういう意味よ?」
「これ、見た?私今朝この記事見ちゃって笑っちゃった。」
それはさっきまで美樹が岡田プロディーサーにどなりつけてたネタの記事だった。
「有紀凛、新星現る。藤谷美樹の時代も藤谷危機の時代へ!?世代交代か!?」
「あはははは、笑っちゃうはね・・・あなたがスーパーアイドルでいられるも時間の問題ね。」
「そんな記事どうでもいいはよ。そんなアニオタの女神だかそんなの私は相手にしてないから。」
「そんなことあなたが言ったところでアイドルの人気なんて世間が決めることだからね。そんな態度とってられるのもいつまでかしら。あははははは」
そういいながら嫌味な態度で野々宮妙子は去って行った。
藤谷美樹はそれを睨んだ。
次の日曜日松田優はバイトを休んで有賀泉に会った。
表参道のレストランで一緒に食事した・・・
「どう、このレストラン?」
「うん、結構いいよ素敵な眺めだし」
「雑誌で見ていいと思ったけど、松田君にはどうかなーって思って」
「ああ、すごくいいよ、俺もイタリアン好きなんだ。よく来るんだたまに休みの日とか・・・」
「あ、そっか・・・松田君も売れっ子だもんね・・・こういうところ来るもんね・・・」
「え、あーいや・・・まあ」
「普段はどういうところ行くの休みの日とかは?」
「まあ、別に大したことないよ、そこらへん雑誌とかネットに載ってるフレンチとか中華とかか・・・な・・・」
「へーそうなんだ。今度どっかおすすめのあったら教えてよ。」
「あ、うんまあ・・・でも・・・」
「でも・・・?」
「あ、うんまあ・・・でも今度は食事じゃなくてどっか歩いてまわらない?
美術館とか水族館とかさ・・・しばらく日本いなかったから行きたいところたくさんあるだろ?」
「あーそうだよね。あ・・・そういえば学生時代は松田君とはコンサートとかライブたくさん行ったよね?そういうのもまた一緒にいくのいいな・・・でもコンサートとかはチケット取るの大変だし、スケジュールの都合お互い忙しいから合わないよね?なら、そういう気軽にいけるところの方がいいかな?」
「うん、まあそうだね・・・」
優はただ単においしい高級レストランのことなど知らなかったので、とっさに美術館やら水族館などと言ってしまっただけなのだが・・・
学生時代泉はもっと素朴で、学食や近くの定食屋に一緒に行ったのだが、しばらく海外生活をして食生活が変わってしまったのだろうか・・・
そういう話をしようとしたかったができなかった。
「じゃあ・・・今度は松田君がお勧めの美術館に行こうよ。また決まったら連絡してね!」
「あ・・・うん。」
美術館のことなどあまり知らなかったがそういってしまった以上は何か決めなければいけなくなってしまった。
泉はにっこり笑っておいしそうにパスタを食べた。
藤谷美樹は初主演のドラマ「それぞれの明日へ」の一話目の撮影のクランクインに入っていた。一話目の最初のロケ地である田舎の森林の生い茂っているキャンプ場のようなところだ。
「今回、立花沙希役で主演をやらせていただくことになりました、藤谷美樹です!まだまだ女優としては至らないところがたくさんありますが、ご先輩がたのご指導の元恥ずかしくない演技をつとめさせていただきます。どうそ宜しくお願い致します!」
パチパチと関係者各方面から拍手が起きた。
藤谷美樹がテントやバーベキューセットの準備されてる休憩席の方に行こうとしたら、野々宮妙子がすかさず話しかけてきた。
「何が、『ご先輩がたのご指導の元、恥ずかしくない演技をつとめさせていただきます』、よ。さすがはスーパーアイドルね。心にもないことぺらぺらと関係者に好かれることを言うのは大得意ね。あなたの演技が恥ずかしいのはこっちはもう知ってるっての。見ていてこっちが恥ずかしいくらい。」
「あのね、大根女優のあなたにだけは言われたくないんだけど。私に主演取られたからってひがまないの。」
大宮妙子はそれで頭にきてしまって
「何よ、七光りで主演やってるだけのくせに。ふん」
そういって去っていってしまった。
「本当しょうもない女ね」
藤谷美樹はため息をついた。
松田優は休みの日だったのでまたアパートのベッドで寝ころんでいた。休みの日は相変わらずごろごろしているか作曲活動をしていた。あまりアウトドア派じゃないので出かけることはまれだった。
ベッドであおむけになりながら、有賀泉との学生時代の思い出を思い出していた。
初めて有賀泉のことを見かけたのは大学2年の春に練習室で彼女がバイオリンを弾いていたのを偶然見かけたからだったが、その後どうやってであったのかを思い出した。
しばらくたったある日、たまたま学食に向かおうと思ってたらちょうど向こう側から彼女が歩いてきたのだった。
「あ・・・」
「あ・・・」
とお互いの立ち止まり。
「あの・・・この前練習室で会った人ですよね?」
「あ・・・はい・・・」
気まずくなって二人は黙り込んでしまった。
沈黙の間が嫌だったので松田優は思い切って何を先走ったのかとっさに
「あの、よかったら今から学食で一緒に食事しませんか?」
と言ってしまった。
「え?」彼女は戸惑っていたが、
「あの、演奏のこととか聞きたいし・・・」
「あ・・・じゃあ・・・そうですね。私でよかったら・・・ちょうど一緒に食べる友達が携帯で連絡取れなくて困ってたんですよ。ちょうどよかった。」
そういって彼女は笑った。
優は大体いつも一人で食事をしていたが、彼女と食事ができるのが嬉しかった。
といっても何となく一緒に学食で食事をして会話もほとんどなかったのだが・・・
食事を食べてる最中二人はほとんど会話をしなかった。
優はきつねうどんを食べて、泉は高菜そばを食べていた。
二人とも食べ終わると沈黙が走った。
「あの・・・」優が泉に話しかけようとした。
「はい・・・」泉は返事をした。
もう一度優が「あの・・・」と言おうとしたら、泉が突然
「何で逃げていかれたんですか?」
「え・・・?」
「あ・・・あの、なんであのとき逃げていっちゃったのかなって思って・・・」
「あ・・・いや・・・」
しばらく沈黙が続いた。
「あの・・・なんていうかな・・・その・・・演奏がとても素晴らしくて
聞き入ってしまっていて。あなたの邪魔をするつもりじゃなかったんだけど、間違ってドアが開いてしまって・・・・。それで邪魔しちゃ悪いと思って。あの・・・驚かせてすみませんでした。」
優は嘘をついた。本当は一目ぼれして恥ずかしくなって逃げてしまったのだった。
「そうなんですか・・・。別に逃げなくてもよかったのに・・・シャイな人なんですね・・・」
そういうと泉は少し笑った。
彼女が笑ってくれて少しほっとしたので、優も少し笑った。
「あの、ところでお名前は?」
「ああ・・・松田優です。」
「私は有賀泉です。バイオリン科です。よろしくね。あなたはどこの科?」
「あ・・・作曲科です・・・」
それからは会話がはずんでお互いの所属する学科とかの好きな科目の話とか音楽の趣味の話で盛り上がった。
そんなことを考えていたら、松田優の所属する作家事務所のカレージ&ドリームの社長から電話がかかってきた。
「あ・・・松田君今話せない?ちょっと事務所に来てほしんだけどさ・・・」
何だろうと思いながらも優は自分の所属する作家事務所へ行く。
行くのは久しぶり。普段事務所との連絡はもっぱらメールのみで、初めて面接をしたときとか曲が採用されたときとか事務所の交流会とかそういうときくらいしか行くことがなかった。
「松田君、最近君の曲ほとんど採用されてないよね。もう何年も。君が大学卒業してすぐくらいからだからもう5年以上たつよね?それなのにたった一曲しか採用がない。この先もこんな状況が続くようだと困る。近いうちってわけじゃないけど、もしかしたら来年再来年あたりにうちとの契約を解除してもらう可能性もあるからね・・・」
優はその話を聞いてショックを受けた。
中々事務所に受からなかった優に、高林教授が依然自身が所属していたこの事務所を紹介してくれたからこそ入れたのだった。
「高林さんの熱心な推薦があったし、きみが松田寮の息子さんだっていうからうちは何の実績もないただの音大卒の君に期待して採用したわけだから。」
優はすみませんといった。
「もう、いいからさ、帰りなよ。」
そういわれて優は帰ろうとすると
「あ、そうだ一つ言い忘れてた、スカラープロダクションの勝田って人が電話かけてきてね、きみの携帯の番号知りたいって言ったから教えといたよ。だいぶ前だけどね・・・」
あの男か・・・
「ちょっと勝手に人の個人情報教えないでくださいよ。」
「しょうがないでしょ、業界随一の有名プロダクションだし、あっちは色々と取引があるクライアントで仕事をもらってる立場なんで逆らえないんだから。君の許諾得ようと思ったけど君の携帯つながらなかったからさ・・・だから大目に見てよ。それに今の君の立場からしたらそれくらい断れないはずだけどね。」
そういえば事務所から着信履歴があったような・・・大した用事でないと思って忘れてしまったのだった。
「分かりました・・・」
そういうと優は事務所を出て行った。
そういえば藤本美樹が自分の携帯の番号をなぜ知っていたのか、とふと思ったが、それはそういうことだったのか・・・
何て強引なプロダクションなんだ。いくら最大手だからっていくらなんでも横暴だろ。それにうちの事務所は個人情報の考え方とかどうなってるんだよ。いったいどんな事務所だよ。優はそれにあきれた。
松田優は事務所の近くの都心の広い公園のベンチに座り一人落ち込んでいた。
そこで子供たちと遊んでいる女がふと目に入った。
「あ・・・あの女は。」
変装した藤谷美樹?
向こうもこちらに気が付いた。
すると彼女は子供と遊ぶのをやめて逃げていこうとした。
「おいちょっと」
優は走って追いかけて藤谷美樹の肩をつかまえた。
「ちょっと待てよ何で逃げるんだよ」
「ちょっと・・・こんな都心の人がたくさんいる公園で名前叫ばれたら大変なことになるじゃない!」
「また、アイドル気取りか・・・」
「だからアイドルだって言ってるでしょ。」
「どうだか・・・」
「そんなにあやしむなら事務所に電話かければいいじゃないのよ。あなたのこと勝田が知ってるからさ」
相変わらず意味不明な女だ・・・
「ねえところでベンチで何してたの?」
「別にどうでもいいだろ」
「あー何か悩んでた?もしかして・・・スランプに陥ったとか?」
「うるせーな。そっちこそスーパーアイドル様が都心の公園で何やってんだよ。」
「別にいーでしょ。私だってたまの休みにくらい羽根のばしたくなることあるんだからさ。変装してれば誰も私のことなんか見ないし。忙しい日常から解放されたくなることだってあるのよ。毎日毎日人に見られてばっかりでうんざりなのよ」
「相変わらず、自意識過剰だな。アイドルなんて人に見られてちやほやされたくてしょうがないやつらだと思ってたけどな。」
「何その偏見。純粋にアイドルになりたいって子もたくさんいるんだからね。ホントに失礼。撤回してよ。」
「別に。そういう人もいるかもしれないけど、あんたは違うだろ?」
「私の何しってるのよ。あなたこそいつもクールに孤独気取ってていかにも芸術家気取りよね。プライド高そうだし。」
「うるせーな。」
しばらく二人とも沈黙してしまった。
「あーせっかくの休日だってのに気分台無しだは。帰る。」
藤谷美樹は急に不機嫌になってそういった。
「ああ・・・帰れば?」
「そうする」
藤谷美樹はそう言いかけたが、なかなか帰ろうとしなかった。
「そうだ、私が帰る必要ないは。あなたが帰りなさいよ。私はもう少しここらへんぶらぶらしたいんだから。」
「なんだよそれ・・・」
本当めちゃくちゃな論理を振りかざす女だ。
すると、急に藤谷美樹は立ちくらみがしたかのようにしゃがみこんでしまった。
「おいどうした?」
「いや、ちょっと疲れてるだけ。」
「ベンチに座れば?」
「別にあそこまでいくの面倒くさい。あ・・・でも・・・」
「でも・・・?」
藤谷美樹は少しの間考え込んでいるようだった。しかし突然思い出したように話し始めた。
「あ、そうだ、あなた今日暇?まあ暇よね普段バイトしかしてないんだから。」
「あのな・・・」
「今日さ東京湾の夜景が見えるレストラン予約したのよね。でも友達にドタキャンされちゃってさ・・・あなた連れてってあげてもいいはよ?」
「なんだよその上から目線」
「別にいいでしょ。あなた普段ろくなもの食べてないんでしょどうせ?」
「うるせーな」
「公園のはずれに車止めてるからさ、はやくいくはよ」
優はもどもどしてると、
「ほら、はやくしなさいよ」
二人はレストランまで車で移動した。首都高を通って、東京湾のレストランの方へ向かった。
「アイドルが車なんて運転しないと思ってたけどな・・・」
「あなたなんでも偏見あるのね・・・意外と普通に何でもやるはよ。料理だってやるし。」
「え、嘘?」
「そのえって何よ・・・」
「料理とか絶対やらないと思ってたは・・・」
「うるさいはね。」
藤谷美樹は不機嫌そうにそういった。
東京湾が見える例のレストランに着いた。
まだ7時前だが冬前の季節なのですでにあたりは暗くなっていた。
「ここよ」
豪華な高級そうな西洋風レストランだった。
二人は席に着いた。しばらくするとウェイターが注文を取りにきた。
藤谷美樹はジャーマンポテトとクラムチャウダーとシーザーサラダを頼んでいた。松田優はこんな高級レストラン入るのなんて初めてだったので値段を
見てびっくりしてしまった。
「おい、ちょっとこの値段なんだよ?」
「え、高いってこと?あー払えないなら私が払うはよ?カードで」
「おい、ちょっとおごってくれなんて言ってないし。」
でも払えないのは事実だった。財布の中身をみたら3000円しか入ってなかった。
「ちょっとそんなところで男のプライド出さないでよ。別にいいはよ。売れないミュージシャンとか作家さんがみんな貧乏なの知ってるから。」
「いつもこんな飯食ってるのかよ?」
「まさか・・・何かお祝いがあったりそういうときだけよ。いくら私だって毎日こんなとこ来てたら破産しちゃうはよ。」
「で、今日は何かのお祝いだったわけ?」
「別に、ドラマの主演が初めて決まってこの前クランクインしたから、そのお祝いで関係者の知り合いが祝ってくれるはずだったんだけど、その人急に仕事ができちゃってさ。」
「へーそれで俺を?」
「そうよたまたま公園で会って暇そうだったから。」
「あのな・・・」
「そんなことどうでもいいじゃない。早く注文決めてよ。」
「あっと、じゃあ・・・」
一番安そうなハンバーグステーキとライスを頼むことにした。
「それ一番安いのだけどいいの?」
「あ・・ああ・・・」
普通の女が言うようなセリフじゃないと思った。
料理が来て二人で料理を食べながら会話をした。
「ねえ、あなた兄弟は?」
「何でそんなこと聞くわけ?」
「別にいいじゃない。世間話よ。食事なんだから普通何か会話するでしょうが。
もっと会話のキャッチボールちゃんとしてよ。」
「・・・弟が・・・一人・・・」
「へー意外。わがままそうだから一人っ子かと思った。」
優はわがままってどっちがだよ、と思った。
「そっちは?」
「一人っ子よ。だからわがままでしょ?」
何だ、自覚してるのか・・・
「弟さんは何やってる人?」
「・・・普通に東京で公務員をやってるよ。」
「へーあなたと全然逆なのね・・・あなたのお父さんは?」
「・・・作曲家・・・だった」
「へーそうなんだ。え、誰有名な人?」
「松田寮って名前。有名なのは「ガイアの街」って映画のテーマ曲かな。
でも有名なのはそれくらいだよ。若いころは全然売れなくてその曲がやっとヒットした。でも、その曲に親父は満足できなくて、晩年までそれを超える大作を作りたくって親父はもがいてたけど、結局作れなくてそのまま不完全燃焼のままあの世にいっちゃった。」
「あなた自分のこと以外になると結構よくしゃべるのね。へー、そっか。それであなたはお父さんみたいになりたくって作曲家に?お父さんを尊敬してるんだ。」
「別に・・・ただ何となく小さいころから音楽が自然にある家庭で育って、音楽の世界に惹かれてったってだけだね。繊細な世界にっていうか。」
「へーそれも意外。で、あなたの弟さんは何で作曲家にならなかったの?」
「うちの弟も音楽は好きだったけど、地道にこつこつ働いて生きる方がいいと思ったんじゃないのかな・・・。うちの親父音楽以外にも他に仕事してたけど、なかなか売れなかったし貧しかったからね。だからますます真逆の安定した公務員の道を目指したのかもしれない。」
「でも、あなたはそれでも大変な音楽なのね?」
「それは・・・何か親父の無念を晴らしたかったっていうか。何か不完全燃焼のままあの世に行くって悔しいじゃない?」
それを聞いて藤谷美樹はドキッとしてしまった。
真面目で純粋な性格なんだなと思った。意外な一面を見てしまった。
普段は自分のことは話さなくてミステリアスなくせに質問すると意外と色々な一面を見せてくれる。
「・・・何か質問ばっかだな?世間話とはちょっと違うと思うが・・・」
藤谷美樹は松田優をしばらくぼーっと眺めてしまった。
「そんなことより・・・そっちの家庭はどうなんだよ?」
「え・・・・?」
「おい・・・聞いてる?」
「え・・・あ・・・あーごめんごめん。」
「おい、大丈夫かよ?さっきまで質問攻めだったくせに。」
「あー、別に・・・ 別に私のことはいいでしょ。ホームページやらネットで検索すればいくらでも私の話題なんて出てくるはよ。」
「なんだよ、それ・・・」
「あ、そうだ。それ、もう食べ終わってるなら夜景見に行こうよ。ここの夜景きれいなのよ?」
二人は会計をすませてレストランの外に出ることにした。藤谷美樹がカードで全額一括払いしてくれた。
夜景の見えるレストランで二人はしばらく東京湾とその向こうのビルの夜景を見た。
「きれいねー。私ここのレストランたまに来るのよ。だからいつみてもきれい。そう思わない?」
「え?・・・あ・・・ああ・・・」
二人はしばらく夜景を眺めていた。
「この夜景見てると嫌なこととか全部忘れられるは・・・」
「なんだよ、それ・・・」
「別にいいでしょ・・・」
「売れっ子のスーパーアイドル様がいったい何をそんなに悩んでるんだか・・・」
「失礼ねー・・・私だっていろいろ悩みくらいあるはよ。忙しすぎる日常に疲れたって言ってるでしょ?明日だってまた朝から打ち合わせとその後一日中撮影と大忙しなんだから。」
「おーそれはさぞ人気者で大変ですね。」
「何よ、嫌味な言い方。」
しばらく二人は黙っていた。
「そうだ・・・あなた私のメガネ取ったところ見たがってたはよね?
素顔見ないと本人かどうかあやしいって。」
「別に疑ってたわけじゃ・・・」
「疑ってたじゃない。今とってあげるから。」
そういうと彼女はメガネと帽子を取ろうとした。
「おい、周りに人がいるけどいいのか?」
「別にいいはよ。夜だから遠くからじゃ顔見えないし。それに周りはカップルだらけだからいちゃついたり夜景見るのに夢中だから誰も私たちのことなんて見てないし。」
そういって彼女はメガネと帽子を取った。
「おい・・・」
優は彼女の素顔を初めて見た。
アラレちゃんのようなメガネとニット帽をしていたときはわからなかったが、
その顔は紛れもなくネットのホームページで見た彼女本人だった。
近くのライトと夜景に照らされて彼女は美しく見えた。
「どう?だから本人って言ったでしょ?」
松田優はしばらくぼーっと彼女を見つめてしまった。
「ねえ・・・ちょっと聞いてるの?」
「え・・・あ・・・ああ。」
「何よぼーっとして」
「あ、いや・・・本当に本人だと思って・・・びっくりした。」
「そうよ、だから何度もそうだっていったじゃない。私が嘘つくわけないでしょ。」
しばらく二人は夜景を見ながら黙り込んでしまった。
「きれいだね」
そういう彼女の横顔をまた優は見つめてしまった。