パインズカフェ
今日は休みの日だ。
松田優は、ダフ屋で有賀泉のコンサートチケットをたまたま見つけたので、それで急きょいくことにした。
東京国立劇場は非常に広くて一流のオーケストラが演奏するホールだ。音響システムも素晴らく整っている。国立オーケストラ楽団という日本の超名門のオーケストラの楽団だった。
有賀泉がいた。バイオリンでコンマスをやっているようだった。チャイコフスキーのバイオリン協奏曲の演奏だった。
壮大でダイナミックでかつ優雅で繊細な素晴らしい演奏だった。
演奏後拍手喝さいが起こった。
こんな壮大な名門オーケストラで演奏している有賀泉が何か別次元の人に見えた。もう自分のことなど彼女は忘れてしまったのだろうか・・・
演奏が終わるとオーケストラの指揮者が挨拶をし始めた。
あまりの演奏の素晴らしさと、彼女の存在の大きさに優は圧倒されてしまい、思わず廊下に出た。劇場の休憩所の自販機でジュースを買って煙草を一服した。
このまま彼女に会った方がいいか、会わない方がいいか・・・
会っても自分のことなんかもう忘れられてしまったのではないかという気がしてきた・・・
でも有賀泉に会いたかった。
そんなことを考えてずいぶんと長く30分くらいそこでボーっとしていた。
休憩室から出て廊下をてくてく歩いていくとドアが少し開いている部屋があった。
出演者の控え室のようだった。
「今日の演奏ホルンがいまいちじゃなかった?」
「えーそう私もそう思いました・・・トーンがなんか下がってる感じがして・・・」
そんな会話が聞こえてきた。
どうやら今日の演奏についての感想や反省会をしているようだった。
しばらくその部屋の会話を聞いていると、後ろから誰かが話しかけてきた。
「松田君!?」
振り返るとそこには有賀泉が立っていた。
「え・・・?」
「あーやっぱり松田君だ!」
「あ・・・うん」
「久しぶりー聞きにきてくれたんだ!」
「まあ・・・ね」
「何か、全然変わってないねー.」
「ああ・・・そうか・・・な」
優は急に泉に話しかけれれてしどろもどろになってしまった。
「何でこのコンサート来てくれたの?松田君別にクラシックファンじゃないのに・・・」
「あー知り合いに聞いてね・・・よさそうだと思って・・・すごい演奏だったね・・・感動したよ・・・」
「そう?嬉しー、卒業以来だよね。。すごい懐かしい。今どうしてるのかなって
気になってたからさ・・・」
「あ・・・まあ・・・でも・・・元気そうだな・・・久しぶりだけど・・・」
松田は久しぶりに会ったので会話の切り出し方が分からなくなってしまった。初恋の人に久しぶりに会ったのでまるで学生時代に戻ったかのように少し緊張してしまった。
「え・・・今はまだ作曲とかやってるの?私さ・・・ずっと海外にいたから日本の音楽業界の事情とか知らなくってさ・・・」
「まあ・・・俺は俺で相変わらずぼちぼちやってるよ・・・」
「へー作曲してるんだ・・・いろいろ活動してるんだね。もしかして有名になってたりして・・・」
「まあーそんな大したことねーよ。」
「へーすごいね。今度曲とか聞かせてよ。どういう曲書いてるの?」
「まあ、ドラマとかのね・・・」
「えーすごい、もう売れっ子なのね?」
「まあ、どうなのかな・・・」
松田はしどろもどろにそう答えた。
「でもすごいよ、松田君は絶対にすごいって私思ってたもん。卒業制作の作品とか聞かせてもらってもう感動しちゃったから・・・」
「あんなの大したことないよ・・・それよりそっちはしばらく日本にはいるの?」
「どうかなー、日本の国立オーケストラ楽団に入れたからしばらくは日本にいるつもりだよ。最低でも半年契約だから来年の夏前まではいるかな・・・」
松田優はそれを聞いて安心したというかとっさに嬉しくなった。
「そっか・・・」
「あ・・・またどっかに行こうよ。学生時代みたいに、クラシックのコンサートとかいろいろなライブとか見にさ・・・」
松田優はクラシックにあまり興味なかったが、泉がクラシックのコンサートに誘ってくれたので学生時代は時々見に行っていた。優はその代わりに泉に自分の好きなドラマや映画のテーマ曲を作る巨匠などの開くコンサートや好きなバンドのライブによく誘った。
「そうだね・・・また久しぶりに行けるね・・・」
「携帯の番号変わってない?」
「ああ、メールアドレスは変わったけど番号は変わってないよ。」
「そっか・・・私も変わってないからさ・・・また電話するね・・・今日松田君に会えて本当によかった!久しぶりに日本に帰ってきたんだけど、でもオケのスケジュールがびっしりで忙しいでしょ?だから、まだ知り合いとかに全然会えてなくて・・・まだ日本に帰ってきたって実感なくて・・・松田君に会えたらなんか勇気わいてきた・・・」
「なんだよ・・・それ・・・」
「あ、でたその口癖・・・久しぶりに聞いた・・・」
そういって泉は少し嬉しそうに笑った。
本人には自覚はないが、優の口癖らしい。最近言ってなかったが久しぶりにそう出てしまった。
「あ、私今からまた演奏後の打ち合わせとか打ち上げの話があるんだ。もう行かないと。。」
「ああ・・・会えて・・・よかったよ・・・」
「うん、じゃあまたね」
そういうと泉は別の部屋へ向かって去っていってしまった。
松田優はそこに取り残され、何だか泉が遠い存在になってしまったようで悲しかった。
次の週の日曜日松田は例の藤谷美樹という女に会いに行った。
というか単なるいたずらかどうか確かめにいったのだったが・・・
時間の5分前だったが、品川駅から少し外れた先のパインズカフェの中を窓ガラス越しにのぞきこんだ。
店の中をそれとなく見渡したがそれらしき女性はいない。
「そもそもどういう格好してるとか教えろよ・・・向こうもこっちがどういう格好してるとかしらねーし・・・」
しばらく店を眺めてると、後ろの方から車のクラクションが聞こえた。
振り返ると、サングラスをしている女性が車から出てきた。
「あなた・・・松田優よね?」
「はい?」
「いいの・・・顔はもう確認して知ってるから・・・」
「あ・・・あなたが・・・藤谷美樹?」
「あーバカ聞こえるじゃない!」
彼女に口を押えられた。
「いいから早く店入るはよバカ」
は?ば・・・バカ?
二人はカフェの中で注文をして席についた。松田優はブラックコーヒーを藤谷美樹はカフェラテを頼んだ。
「はじめまして・・・あなた松田優さんよね?」
「はじめまして・・」
「・・・なんか思ってたのとイメージが違うけど。もっと優しそうな人かと思ったわ・・・」
は?なんだこの女はいきなりごあいさつだな。
「いきなりなんなんですか?っていうか本当にご本人なのか?・・・藤谷・・・」
そう言いかけたところで
「ちょっと!あんたバカ?聞こえちゃうでしょ周りに!」
「は?自意識過剰だな・・・誰も聞いてないって」
「私超有名なのよ?ちょっとでも聞こえたら野次馬とか来ちゃうでしょ。あなたと二人でいるところ、写真なんかでも取られたら大変よ」
「それで・・・サングラスしてるわけ?」
「そうよ」
「でも、それだとあなたが本人なのかこっちは分からないね」
「今日は本当にこれでごめんさない。失礼なのはわかってるんだけど。
でもどうしてもっていうならトイレでふちめがねに変えるからちょっと待ってて。」
「別にそこまでしろとは・・・」
「あーいいからちょっと待ってて・・・」
そういうと藤谷美樹は化粧室の方に行ってしまった。
何なんだあの女?しかも本当に有名人だとしたらそんなやつが俺に何の用なんだ?
しばらくすると戻ってきた。
「お待たせ!」
あられちゃんのような変なメガネをかけてきた。
「おい、それだと逆に目立つんじゃ・・・」
「いいのよ、これくらい変装しないとばれちゃうから・・・」
メガネをかけていたのでアイドルってイメージではないが、確かに美人に見えなくはなかった。
「まあ、この店は駅から遠くてお客さんがいつも少ないから、それでプライベートのときとかたまに利用してるのよ・・・まあ、ここだけじゃあやしまれるから他にもお気にいりのプライベートスポットとかはたくさんあるんだけどさ・・・」
アイドルって想像以上に私生活が大変なのか?確かに店の周りとか見回しても客はほとんど入ってなかった。
「で、そのスーパーアイドルさんが俺に何の用だ?」
「あ、しー聞こえちゃうから。アイドルとかそういう言葉は禁句ね。」
「わかったよ、それで何の用ですか?」
改まって聞いてみた。
「あ、私ね、さっき言ったでしょ。あなたの曲聞いたことあるって。」
「曲?・・・俺の?」
「あなた作家さんでしょ?私がデビューしてまだブレイクする前にね、一度だけ脇役で出たことあるの。『せせらぎの中で』っていうドラマであなたの曲なんて言ったっけ?」
「本当に知ってるのかよそれって・・・」
「知ってるわよ。タイトルなんだったっけ?」
「テーマ曲はPiece of dreamっていうやつだけど」
「あ、それそれ、私事務所にCDあったから何度も聞いたのよだからそれだと思う!」
「思うって・・・」
「反応それだけ?」
「え?」
「国民的アイドルが何度も聞いたのよ?あなたの曲」
「え・・・?」
「だからさーあーもう。嬉しくないのかってことよ」
「え、ちょっとなに?何で?」
「あーもういいは・・・」
藤谷美樹はため息をついた。
優は何なんだこの女は、とまた思った。しかも自分で店の中でアイドルっていうなっていったくせに。
「あーもうそれはいいは。でね、それで何度も何度も聞いたっていうのは本当にいいと思ったのよ。あの曲。あのドラマさ、全然ヒットしなくって全然有名じゃないし、まあ私が主役じゃないからこけてもよかったんだけどさ。」
何だまたこの女は何か難癖つける気か?
しかし美樹はしゃべり続けた。
「あの時、私まだ売出し中で全国回って営業とかしててそれでも売れなくて、心折れそうな時期だったのよ。やっとの思いで脇役もらって。だから撮影後に毎回あのドラマをオンエアーで自宅で見るのが楽しみで。それで、あなたの曲がバックで流れてくるでしょ?感動しちゃって。」
この失礼で厚かましい女がいきなり、自分の曲をほめだしたので心外な気分になってきた。不意を突かれたような感じだ。それで優は唖然としてしまった。
「何よ?」
「え?・・・あ、まあそれはよかったね。」
「何よ、それだけ?」
「あ、まあ、それはどうも・・・光栄です。」
藤谷美樹は少し間を置いた後に急に笑い出した。
「あははははは」
「え・・・なんだよ?」
「あはははは、あ、ごめんなさい。あなたって、なんか話し方面白くって。光栄ですなんていまどき言う?昭和じゃないんだから・・・」
「は?なんだよそれ」
優は苦笑いをした。
「あはははは、そのなんだよそれっていうのも面白い。」
「あんたね、初対面の人に向かってその笑い種の方が失礼かと思うが・・・」
「だって面白いんだもの・・・でも・・・ごめんなさい。」
「別・・・いいけど・・・」
「なんかますますあなたに興味持ったわ・・・あのお知り合いになれないかなって思ってさ・・・」
「知り合いに?・・・俺と・・・?」
「別にいいでしょ?あなた全く芸能界とか知らないわけじゃないし、音楽業界の人だって私たち芸能人とつながり全くないわけじゃないでしょ?お互い知り合いになって損することはないと思うけど・・・。というか超有名な私と知り合いになれるあなたの方がずっとメリットあるじゃない。普通は私がお願いされる立場なんだけど・・・」
何だ、この女は上から目線な上に自意識過剰の塊だな。アイドルってみんなこんなんなのか?世のオタクどもはテレビの中のぶりっ子に騙されてるのか?
「別に嫌だなんていってないですが・・・でもそっちが勝手にそう思うのは勝手だけど、こっちも別にお願いしてないよ・・・」
「あなたね・・・プライド高いはね。さすが芸術家。」
「ちょっとプライド高いってなんだよ?」
優はさすがにその言い方に少しむっと来てそう言い返した。
そうすると美樹は腕時計をちらっと見ると、
「あ、ごめんなさい。私これから人と会う約束あるのまた、今度ね。今日はあえてよかったは・・・また携帯の方に連絡するはね・・・じゃあね。」
そういうとさっさと帰って店の目の前の黒い車に乗って去って行ってしまった。
何なんだあの女。ホント腹が立つ。しかも、本当に本人だったのかあやしいもんだ。何かのいたずらかなんかなんじゃないのか?自分を貶めようとしている音楽業界か芸能界の誰かが・・・何かの策略?
今度、携帯に連絡が来ても絶対に取るもんか・・・
車の中で勝田が美樹に話しかけた。
「どうだった美樹ちゃん?その松田優って人は」
「うーん、イメージと少し違ったけどなかなか面白い人ね。また会ってみたくなった。」
「ちょっとーのめりこむのはほどほどにしてよ。そんな無名の人とコネ作ったって美樹ちゃん何のメリットもないんだからさ・・・」
「わかってるわよ、もう勝田には頼まないから私が個人的に会えばいい?」
「ちょっと~それも心配だな・・・美樹ちゃん何するかわかんないから。」
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「うーん困ったな。上と相談していいかな?」
「ちょっと待ってよ、それは勘弁してよ。そんなことして、彼と会うの禁止にされたら困るじゃない」
「そんなに気に入っちゃったんだ彼のこと」
「別に気に入ったわけじゃないわよ・・・ただ面白いと思っただけよ。」
そんな会話をしながら二人は車で次の仕事の現場に向かっていった。
次の日優がガソリンスタンドで働いていると、彩が来た。
「優!」
「なんだ、どうしたいきなり?」
「どうしたって、せっかく会いにきたのに・・・近くに用事があったから優にこれ渡そうと思って」
そういって彩は優にチラシを渡した。ライブイベントのチラシのようだった。
「今度さ、渋谷でライブイベントがあって私キーボードで出演するからさ、見に来ないかと思ってさ・・・。優最近来てくれてないでしょ?」
「あーごめん最近バイトとかで色々忙しかったからさ。」
「これチラシだから、よかったら見に来て。友人として私が、一杯ドリンクサービスするから。バーみたいになってるから優の好きなサワーとかカクテルも飲めるよ」
「うん、了解、今度の土曜日の夜6時からね・・・たぶん行けるは。」
「よかったーありがとう!じゃあね。」
彩が帰りかけようとすると
「あ、あのさ・・・」
「え?何優?」
優は彩に藤谷美樹のことを知ってるか聞こうとしたが、バイト中なのでやっぱりやめることにした。
「いや・・・やっぱりなんでもない・・・」
「あ、そう、・・・うんじゃあね・・・」
そういうと、彩は去っていった。
バイト先の同僚が
「なんだよあの女、彼女か?」
「まさか・・・ただの友達だよ。」
「友達って音大の?なんだ・・・つまんねーの」
そういうと同僚はまた仕事に戻ってしまった。
バイト先の上司が
「おいこら、松田何やってんだ、さぼってんじゃねーよ」
と言ってきた。
「あ、はい、すみません」
優も仕事の方に戻った。
次の土曜日の夕方6時ちょっとすぎにハーフムーンという渋谷にある地下ライブハウスに松田優は入っていった。
優はカウンターでジンビームを注文した。鎌田彩の出番が来るまで知らないロックバンドの演奏を聴きながらジンビームを飲んでいた。
優はロックというジャンルはさほど好きじゃなく、彩に誘われてきただけだったので、周りのロックファンの人たちのノリについていけず一人壁によりかかりぼーっと見ていた。
何組か演奏が終わると、彩のインディーズのロックバンド「ラブアンドジェネシス」が登場した。
「えーみなさん今日は本当にお集まりいただきありがとう!ラブアンドジェネシスのボーカルのKenです。ドラムのNaoyaとベースのKiritoとキーボードのAyaです。ファンのみなさま、今日も熱いロックでフィーバーしちゃってください!ひゃっほう!」
優は彩のバンドのイメージカラー変わってしまったようで、びっくりした。以前まではポップスのバンドにいたので彩の様変わりに驚いた。
曲もなんだかうるさいフィーバーするような曲ばかりで好きになれなかった。
以前Ayaのいたポップスのバンドは好きだったが、このバンドは好きになれそうになかった。Ayaは学生時代からJPOPが大好きで常にオリコンチャートをチェックしているくらいのポップスファンだった。作曲家としてもインディーズやメジャーの歌手にいくつか曲も提供していてそれとは別にインディーズのポップス系のバンドの活動もしていた。優は彼女の作る曲は好きだった。でも、彼女がこんなロックバンドが好きだったなんて知らなかった。
自分の友達の知らない一面をこのロックバンドのメンバーは知ってるのかと思うと悲しかった。
ラブアンドジェネシスの演奏が終わって彼らは退場してしばらくすると彩が優に話しかけてきた。ライブハウスに設置されてるテーブルでカクテルを飲んでいたので彩も好きなモスコミュールを持ってきて向かいの席に座った。
「どうだった?」彩が優に話しかけてきた。
「あーなんていうか、かなり派手な曲ばっかだな・・・」
「何よそれ・・・よかったの、よくなかったの?」
「まあ、俺はあんま好きじゃないかな・・・ロックとか。でもよかったと思うよ。」
「相変わらず音楽に関してははっきり言うよね。普段ははっきりしないくせに。」
「なんだよ、それ・・・」
「でもさ、ロックが好きじゃないのに何で来てくれたの今日?」
「あ、いや、別に・・・特に意味はないよ。久しぶりに彩の演奏聞きたかったし。」
「それだけ?」
「それだけって?」
「あ・・・いや、この前バイト先のガソリンスタンドで優何か言いかけてたから・・・」
「そうだったっけ?」
「何言ってんのよ?私が帰ろうとしたら呼び止めたじゃない」
優は思い出した。
「あ・・・そうだった、はいはい、思い出した。」
「ったく・・・ぼけ老人みたいね。」
藤谷美樹のことを話そうとしたが、何を話しだしたらいいのかわからなかったので、勝田とかいうあの、マネージャーからもらった名刺を取り出して彩に見せた。
「スカラープロダクション 藤谷美樹チーフマネージャー勝田幸則?・・・
何なのこの名刺?」
優は今までの経緯を全部話した。
彩はしばらく興味津々な感じの表情で話を聞いていたが話し出した。
「へー信じられない話じゃない?でもこんなこと本当にあるの?」
「俺が聞きたいよ。だから聞いてるんじゃない」
「そっか・・・そうだよね・・・まあ、でも本人たちに会ったのなら詐欺ってことはないと思うけど・・・」
「思うって頼りないな・・・」
「だって、しょうがないじゃない?私そんな大手プロダクションの知り合いなんていないし。ましてやそんなスーパーアイドルが個人的に私たちみたいな無名の音楽業界人にコンタクトとって来たりするのかなって・・・」
「だよね・・・やっぱりそう思うよね・・・。しかも、なんかその女めちゃくちゃ変なんだ。」
「変って・・・?」
「なんかやたらわがままだし、上から目線だし、自意識過剰だし。しかも『あなたプライド高いはね。さすが芸術家ね』とか言ってくるんだからさ。」
「へーそうなんだ・・・あはははは。何か面白い私もあってみたいその人」
「笑い事じゃないって。話してると頭にくるよ」
「ごめんごめん、うーんでも、なんかそのままにしとくのって気分悪いからこっちから電話かけちゃえば?そのマネージャーなんとかって人に。事務所に直接電話かけちゃってさ本人出せやーって。」
彩はまた少し笑い気味にそういった。
「だから笑うなって。こっちは本気で気味が悪いんだから。」
「じゃあ、どうするの。そのまま放置?」
「それも、気分悪いしな・・・」
「気分悪いし?」
「わかったよ、じゃあ事務所にかけて本人が本当にいるのか確認してみる。」
「わーすごーい。スーパーアイドルに電話でろやーって?」
彩はまた笑った。面白い話題とかあると野次馬みたいに飛び込んできてゲラゲラ笑うくせが昔からある。
「そうだよ、そうするしかないだろ」
優は少しむっとしてそういった。
「何か進展あったら教えてよ!」
「わかったよ」
彩はモスコミュールを飲み干すと
「私バンドメンバーとこれから打ち上げだからじゃあね」と言って去っていった。
「ああ・・・じゃあな」
優はむすっとした感じで振り返りもせずにそう返事した。
次のバイトの休みの日。松田優は自宅のアパートのベッドで彩に言われたことを思い出した。あまり気のりはしなかったが、名刺に書いてあるスカラープロダクションの勝田マネージャーに電話をかけてみようかと思った。
携帯で番号を押して少し緊張した面持ちでかけてみた。有名プロダクションに電話をかけるなんて滅多にないことだったので手が少し震えた。
「もしもし、こちらスカラープロダクションですが・・・」
そう聞こえてきたら不意に電話を切ってしまった。
電話を切るつもりなどなかったが、無意識の行動だった。
「はー」
ため息をついて優は携帯電話をベッドに放り投げた。
そうだ、電話をかけなくても本人かどうかはネットで調べればいいんじゃないか・・・
藤谷美樹で検索すると、実に1千万件以上ヒットしたので、松田優は腰が抜けそうになってしまった。スーパーアイドルと聞いていたが、まさかこんなに有名なの?と思った。
オフィシャルホームページ、ブログ、ツイッターや、ファンクラブ、オスカープロダクションのプロフィールページ、ファンの書き込みやはたまた2chにまで実にたくさんの色々なページがヒットした。
松田優はとりあえず、オフィシャルホームページを見てみることにした。
いきなり本人らしき若い女性の写真がドアップに出てきた。
確かに美人だ。優はその写真を見ると、実際に会った人の顔を思い出しながら比べながらしばらく眺めてみた。
確かに似ているが、でもものすごい変装していたので、本当に本人なのかはそれだけでは分からなかった。オフィシャルホームページに歌っている映像などがYoutubeの画像でリンクされていたのでそれを聞いてみたが、話し声と歌い声が若干違うようだったので声でも本人かどうかも分からなかった。
松田優は困ってしまった。やはり事務所に電話しないとわからないのか・・・
そんなことを考えていると、電話がかかってきた。有賀泉からだった。
学生時代から変わってない番号だったので泉の番号だとすぐに分かった。
「もしもし・・・」
「もしもし・・・」
「よかった・・・つながった・・・松田君?」
「うん・・・そうだよ・・・有賀さん?」
しばらく沈黙が続いた。
「携帯番号変わってないっていってたからさ・・・だからこの前久しぶりに会えたから、また懐かしくなって・・・」
「そっか・・・こっちも電話かけようと思ってた。」
「本当・・・?よかった。あのさ・・・この前はコンサートに来てくれてありがとう。久しぶりに松田君にあえて本当懐かしかった。あのときはバタバタしてて時間がなかったからゆくっり話せなくてさ・・・あの、ごめん。」
「うん、そんなこと別に・・・いいよ。」
本当は泉がいるかどうか気になって楽屋をのぞいただけで後ろから泉が声をかけてくれてなかったら自分は彼女とは再会できてなかったのだ。自分から声をかける勇気などなかった。世界のオーケストラをまたにかけて活躍する国際派バイオリニストになってしまった彼女に声をかける勇気など自分にはなかった。
しばらく彼はそんなことを考えていると
「松田君・・・松田君・・・?」
「・・・あ、ごめん・・・ちゃんと聞いてるよ。」
「あ、よかった電波悪いのかと思った。あのさ、今度の日曜日会えない?久しぶりに再会できたから嬉しくって食事でも一緒にどうかなって・・・」
食事?学生時代はよく友人として授業の合間に学食やキャンパスの近くで食事などを一緒に時々していたが、有名人になってしまった泉に改めて食事に誘われると少し緊張した。
「え、っと今度の日曜日?」
確かバイトが入っていた。しかもその日は一日中だった。
「ダメかな?」
「え?・・・ああ、大丈夫だよ、全然!空いてる」
とっさに嘘をついてしまった。
「本当!?よかった。断られるかと思ってたからよかった。あのさ、表参道においしいイタリアンがあるって雑誌に書いてあったからどうかなって思って。」
さすが、国際派バイオリニスト。優はイタリアンなんてここ何年か行ってない。
普段はコンビニ弁当やら吉牛やら定食屋や居酒屋ばかりだ。
「うん、いいよ。有賀さんが行きたいところならどこでも・・・」
「そう?よかった。じゃあ表参道に12時半くらいはどう?」
「了解、大丈夫だよ」
「うん、じゃあ・・また・・・」
「じゃあ・・・また・・・」
そういって電話を切った。
その日のバイトは体調不良で休むと電話することにした。