第六話 スペ先輩にわたしたい
「ねえ、昨日の放課後何してたの?」
お昼休み、いつもの三人でお弁当を食べているときに新が言った。
「昨日の放課後ぉ?」
みーちゃんは嫌いなきゅうりの漬物を私のお弁当箱に放り込みながら首をかしげる。
いつも私と新で食べてあげている。
「小花ちゃんとみーちゃんとスぺの三人でテニスコートの前にいたじゃん」
「あ、そっちか」
みーちゃんは恐らく、モスバーガーで会った男子のことだと思ったのだろう。
「偶然会ったんだよ」
私がそういうと、みーちゃんも「そうそう」と言って同意する。
「めっちゃ気になって全然練習に集中できなかったんだから」
「ごめんごめん」
「だってスぺが手を振ってきたんだよ? 意味わかんなくない?」
「うん、意味わかんない」
「なんかウケる」
「今度私もスぺに絡んでみようかな」
「新も? 私も昨日少し話したけど面白かったよ。いいじゃん話してみな」
みーちゃんと新たとで砂川先輩の相手をしようという話で盛り上がり始めた。
「いやいや、砂川先……スぺは私が先に見つけたんだから」
「えーでもいいじゃん。昨日話してて、なんかお菓子が好きだって言ってたよ。なんかかわいくない?」
「マジで? それかわいいじゃん」
新が手を叩いて笑う。
お菓子が好き……。ってみーちゃんは先輩とどんな話をしていたのだろうか。さすがコミュ力お化け。
「じゃあチャンスがあったら絡んでみよー」
「ちょっとぉ」
新が砂川先輩に絡む気だ。
「ねえ、それより体育祭の振替休日に、なんかどっか行く予定立てようよ」
みーちゃんはもう興味が別のところに変わっている。
今週の土曜日に私の大っ嫌いな体育祭がある。それに伴い来週の月曜日は振替休日。
「平日休みって言ったらあそこしかないでしょ?」
「やっぱ? 新わかってんじゃん」
「あそこ?」
私にはよくわからなかった。
「小花、何きょとんとしてんの?」
「夢の国に決まってんじゃん」
「あーなるほど!」
「決定だからね。小花、新?」
「「おっけー!」」
めっちゃ青春な気がした。
□◇■◆
体育祭も無事に終わり、昨日は夢の国で三人ではっちゃけた。
私としてはもうほんと解放感で溢れていた。体育祭のプレッシャーがこんなにもあったなんて、と自分でも驚くくらいだ。
他の女子グループ何組も夢の国にいたらしい。昼休みに「私たちもいたよ」とか「全然会わなかったね」とか話していた。考えることは同じのようだ。
みーちゃんは夢の国に詳しくて、専門ガイドのように私たちを案内してくれた。あんなにも集中力の続いているみーちゃんは初めて見た。
新はなんか女子っぽかった。かわいいし、モテるし、いつでも女子なんだけれど、いつもはスポーティーでボーイッシュなイメージ。
だけど舞浜駅での第一印象は女の子って感じだったし、夢の国でも終始かわいかった。彼氏になった気分だった。
いろいろとアトラクションに乗ったり、ショーを観たり、美味しいものを食べたりしたけれど、でもなんだかんだ、買い物が一番楽しかったかもしれない。
夢の国についたらまずは三人でTシャツと耳のカチューシャを買って、おそろいコーデ。これだけで青春って感じ。写真もいっぱい撮ったので、ラインのアルバムがすごいことになった。
あとは途中途中でショップを覗いた。そして最後にまた買い物。それぞれがお土産を買った。
みーちゃんは袋を三つも抱えて帰った。顔が広いとプレゼントする人も多いのだろうか。
新は部活のメンバーに買うとか言っていたけれど、お菓子がたくさん入った大きな缶を手に取っていた。
私なんか家族とバイト先と、あとはまあ義理で一応、砂川先輩くらい。だからかなり身軽に電車に乗れた。
今日は砂川先輩と帰る約束はしていない。体育祭で見かけたくらいでそれからやり取りはない。先輩は昨日の振替休日は何をしていたのだろうか。
そんなことを考えていたら下校時刻になる。
新は部活。みーちゃんはバイト。私は予定なし。
みんなに挨拶をしたら、荷物をまとめ私も教室を出る。
ロッカーでローファーに履き替えて校舎を出る。
今日は砂川先輩はもう先に帰ってしまっているようだ。
仕方ない。お土産はまた今度わたそう。
□◇■◆
「なんだ?」
「いや、早いわっ!」
おそらく砂川先輩は世界着信早受けにおける新記録を樹立した。
帰宅してから、砂川先輩に電話をしたところ、すぐに電話に出てくれた。
「僕もちょうど小花さんに電話をかけようとしていたところなんだ」
「え、私に?」
先輩から私に電話がかかってきたことは今までない。メッセージも先輩からってこともほとんどないのに。一体どんな理由なのだろうか?
「そう。でも小花さんからかけてくれたわけだし、先に要件をどうぞ」
先輩は無駄話を全然しない。昨日何していたのかとか話してもいいと思うんだけれど。まあスぺなんだからそんなことは求めてはいけない。
「ああ、はい。えっと、明日一緒に帰りませんか?」
「わかった。え、それだけか?」
「そうですけど?」
「それならメッセージだけでも大丈夫だったと思う」
だから、無駄話とかしたいと思ったから電話したんだよ! そんなことは言わないけど。
「そうですね。でもまあいいじゃないですか」
「うん、もちろんどんな手段を使って相手に伝えるかは小花さんの自由だ」
「手段って……なんか大げさだなぁ。そんなことより、先輩の要件は何なんですか?」
先輩が私に話したいことって何だろう。
「僕の要件も同じだ」
「じゃあメッセージでもいいんじゃあないですか!?」
「うん。でも僕としては久しぶりに目的のない、いわゆる無駄話をしたいなと思ったから電話にしたんだ。でも小花さんは電話だと要件のみしか話さないみたいだね」
「いやいや、私先輩に合わせたつもりですけど?」
「そうなのか? うーん。電話だと顔が見えない分、会話が難しいみたいだ」
「わかりました。じゃあ今度はビデオ通話をしましょう」
「なるほど、その手があったか。ビデオ通話は使ったことがなかった」
「そうなんですね。でも今はだめです。今度にしましょう」
今日はもうお風呂に入ってしまってすっぴんだし、髪も全然セットしていない。それに部屋着として中学の頃のジャージを着ている。こんな姿は見せられない。
「ありがとう。じゃあ今度よろしく」
「はい、わかりました。それじゃあまた明日の放課後に」
「ああ、また明日の放課後」
通話の終了ボタンを押して、先輩との会話が終わった。
「先輩も無駄話したかったのかぁ……」
そう呟いて、ベッドにダイブした。
□◇■◆
「ええっ!? 砂川先ぱ……スぺにお土産あげたの!?」
いつの間にやら新は砂川先輩に夢の国のお土産をわたしていたらしい。
帰りのホームルームが終わり、部活に行く新に「ばいばい」と伝えた時にさらっと言ってきた。
ビッグニュースじゃん! 昼休みに言えよ!
みーちゃんはこの話に興味がないのか、「ばいばーい」と言ってバイトに向かった。
「うん。昨日部活帰りに裏門のところで会ったから」
「え、あ、そうなんだ」
「そうそう。みーちゃんからスぺが好きって言ってたお菓子を聞いておいたんだ」
「スペが好きなお菓子?」
みーちゃんが先輩と帰ったとき、お菓子が好きだと聞いたと言っていた。でも私は具体的なことは知らない。
「そうだよ。クッキーって言ってたから、選んで買っておいたんだよね」
「あ、そ、そうなんだ」
たまたま会ったからわたしたということではないのか。わたすつもりで買っていたということか。
「そうそう。あ、もう部活行かなきゃ。じゃあねー小花」
そう言うと新は教室を出て行った。
あっけにとられていた私は「じゃあね」を言いそびれてしまった。
□◇■◆
新は何で砂川先輩にお土産を買ったのだろうか。
もしかして好きなのか? え、好きだから? 新って砂川先輩のこと好きなの?
ちょっと待って、新はモテるけれど、彼氏はいない。告白されてもことごとく断っている。その度みーちゃんと私で「もったいない」と言っている。
え、それはつまり砂川先輩が本命だから? そんな感じしなかったけれど。
だって接点なかったし……。いや、体育祭か。体育祭でスウェーデンリレーのゴールの後、話をしていた。
スポーツ女子だから、足の速い男子が好きなの? それって小学生までじゃないの? え、高校生でもそういう人いる? まあいてもいいけど、新がそうなの?
「どうした、考え事か?」
いつもの場所で待ちながら新のことを考えていたら、砂川先輩が登場した。
「え、あ、いえ。なんでもないです」
「そうか? じゃあ帰るか」
「は、はい」
先輩はいつも通りだ。
二人並んで帰路につく。
基本、砂川先輩から話を切り出すことはない。いつも私からだ。でもなかなか話をすることができなくて、無言のまま歩く。
裏門に近づいた時、隣のテニスコートから誰かが走って近づいてきた。
「スぺさん! お疲れ様っす!」
新だった。
「ん? ああ、狭山さんか。お疲れ様」
「はい。ってスぺさん、だから新って呼んでくださいよぉ」
「いや、僕は狭山さんって呼ぶよ」
「そうすっか。じゃあまあ了解っす。それじゃあ部活戻ります。小花もばいばい」
そう言って新は部員のいるところへ戻っていった。
部活での新を始めて見た。やはり体育会系だなと思った。
いやいや、問題はそこじゃない。先輩とどういう関係なんだ?
「先輩、新と仲良くなったんですか?」
知らないふりをして聞いてみる。
新に足止めをされたけれど、再び駅に向かって歩き出す。
「仲がいいかはわからないけれど、昨日部活帰りに突然お土産をもらってね。それから話すようになった。だからまだ二日目だ」
「そうなんですね。昨日は遅かったんですか?」
「ああ。体育祭で撮った写真を精査していたんだ」
「なるほど」
先に帰ったと思っていたけれど、部室に残っていたのか。
「それで下校のときに狭山さんに声をかけられて、お土産のクッキーをもらった」
新の言っていることと同じだ。
「へー。なんで昨日電話で話してくれなかったんですか?」
「報告が必要だったか?」
「べ、別にそんな報告ってことではないですけれど、無駄話したかったって言ってたから、そういうこと話してくれても良かったんじゃないですか?」
「なるほど。たしかにこの話題は無駄話になったな」
うーん。新のことを考えると、無駄話と言ってしまうのは悪い気がする。
それにしてもクッキーかぁ。私は勝手なイメージでお煎餅にしてしまった。
「で、今日一緒に帰ろうといった真意はなんだ?」
先輩が眼鏡をくいっと上げて言った。
「いやいや、そんな大げさな……。まあ私もお土産をわたそうと思って……」
「え、小花さんもくれるのか?」
「ただ、事前に好きなものを聞いていなかったので……」
鞄から和装したキャラクターのパッケージのお煎餅のお菓子を出して先輩にわたす。
「お煎餅か」
珍しく先輩の顔がほころんだ。
「はい、すいません。勝手にお煎餅が好きかなって思って……」
新やみーちゃんようとは違って、私は人付き合いが上手くない。こういうところに出るんだなと痛感した。
「いや、合ってる。僕が好きなのはお煎餅だ」
「でも、みーちゃんにクッキーが好きって話したって……」
「ああ、大塚さんにはそう言った」
「え、何でですか?」
どういうことだろうか。
「ほら、この間、小花さんがテキトーにはぐらかしておけばいい、みたいなことを言っていただろう?」
言った覚えがある。みーちゃんが突然現れたときの反応の言い訳として、たしかそう言った。
「それで嘘をついたんですか?」
「いや、嘘じゃない。テキトーに話を合わせただけだ」
「なるほど。じゃあ好きなお菓子はお煎餅なんですね?」
「そうだ。小花さんのイメージが合っていた。ありがとう」
「ま、まあ、たまたまですよ。たまたま。テキトーにお煎餅好きかなーって選んだんで」
実際は二十分くらい悩んだ、とは言えない。
「素直になってもいいか?」
「え? ああ、はいどうぞ」
先輩は私が言った「私が許可しないと素直になってはいけない」を守っているようだ。
「すごくうれしい。ありがとう」
ぺこりと頭を下げる先輩。
「い、いえ。別に……。ってか先輩の方こそ一緒に帰ろうと言った真意はなんですか?」
ちょっと恥ずかしくなったので強引に話を切り替えた。
先輩も、私と帰ろうと思って電話をしようと思っていたらしい。珍しい。どういう理由だろうか。
小平駅に着く。
「ああ、僕もお土産があってね」
改札の前、先輩は鞄から使い古したパスケースともう一つ何かを取り出した。そしてそれを私にくれた。
包装紙を開いてみる。
「なんですかこれ?」
「アヌビスのボールペンだ」
「いや、なんで?」
アヌビスのボールペンだ、じゃないよ。
これボールペンなの? 結構な重さなんだけど。
「昨日、せっかくの休みだったし博物館にでも行こうと思ってね。でも博物館って月曜休みのところが多くて。唯一やっていたのが、池袋の古代オリエント博物館だったんだ」
「いやいや、だとしてもなんでアヌビスのボールペンなんですか?」
「え、ファラオの方がよかった?」
きょとんとする砂川先輩。そのあと「そっちだったかぁ」とかぶつぶつ言っていた。
「まあいいです。ありがとうございます」
「いや、それほどのことでもない」
うん。それほどのことでもないのかもしれなくもない。
電車が来たので乗り込む。席が空いていたので二人並んで座る。
「新にも何かあげたんですか?」
新は私より先にお土産をわたしていた。だからもしかしたら何かお返しがあったのかもしれない。
「いいや。昨日まで話したこともなかったし、用意していなかったからな。用意していたのはこのアヌビスのボールペン一本。これは小花さんにあげるつもりで買ったものだ。小花さんのことを考えて買った」
「そ、そうなんですね。あ、ありがとうございます」
ありがたいけれど、私の何を思ってアヌビスのボールペンを選んだというのだろうか。これはわからん。スぺられたと言える。
「この場合……僕は狭山さんにお返しをした方がいいのか? 何か買ってわたした方がいいか?」
先輩が眉間にしわを寄せて考えている。
「何で新は先輩にお土産をわたしたんですかね? それによるんじゃないんですか?」
ずっと考えていた疑問をそのまま先輩にぶつけてみる。聞くなら今しかない。
「それもそうか。狭山さんは僕にテニス部に入ってほしいらしいんだ」
「テニス部に?」
「ああ。体育祭で僕の足が速いことを知って、練習すれば使えるかもって思ったらしいんだ」
「なるほど……」
先輩のことを好きになってアプローチしていたわけではないのか。
「ただ、足の速さとテニスの上手さが比例するとは思えないし、決して僕は運動神経が良いわけでもない。たぶん狭山さんの勘違いだと思うけれど」
「それで先輩はどうするんですか?」
「もちろん断った。これからも断る」
「じゃあお返しはしなくていいんじゃないんですか? 入ってくれるって誤解してしまいますよ」
「それは言えているな。もらいっぱなしで心苦しいけれど、そうしよう」
所沢駅に着く。ここで西武新宿線から西武池袋線に乗り換える。
電車が来ていたので乗り込む。しかし出発までは少し時間があった。
「そう言えば、新は、自分のことを新って呼んでください、って言っているのに狭山さんって呼ぶんですね」
「そうだな。この間、小花さんに男子と女子では呼び方、あだ名に違いがあるって言っていたからな。慎重にしている。新って呼んだ方がいいか?」
「いや、そのままでいいんじゃないですか? ほら、心を開いてテニス部に入ってくれるって誤解してしまうかも」
テキトーなことを言ってみる。
「たしかに。そういう捉え方もあるのか……。一つ勉強になったよ」
なんか申し訳ない。先輩にも新にも。でもまあ面白いからいっか。
電車が動き出した。私の駅は次。一駅で着く。
「先輩。じゃあ特別にもう一つお土産をあげます」
私は鞄からお土産を取り出して先輩にわたした。
「ん? ありがとう。これは……直立二足歩行をするオスの黒ネズミのパスケースか」
「ちょっと! 可愛くない言い方しないでくださいよ!」
「ああ、悪い。でもあまりキャラクターに愛着がなくてね」
「せっかくあげたのにぃ」
「デザインは僕はどうでもいいと思っている。それよりも、これをくれたという行為と、その証としてのパスケース、この二つを愛着を持って大切にしたい」
「おお。なんかちょっとよくわからないけれど」
「ありがたく使わせてもらうということだ」
そう言うと先輩は今まで使っていたパスケースからパスモを取り出し、わたしのあげたパスケースに移した。
電車はちょうど私の降りる駅、秋津駅に到着した。
「それじゃあ」
先輩が新しいパスケースを持って手をあげて言った。
「はい。じゃあまた今度」
私も手を振って電車を降りる。
先輩を乗せた電車が走り去っていく。
私は改札を抜けるべく、ポケットから新しく買った直立二足歩行をするメスの黒ネズミのパスケースを取り出した。