第四話 みーちゃんも帰りたい!?
退屈な授業が終わると、下校時間になる。
部活のある新は足早に教室を出ていった。
みーちゃんは今日のお昼休みに「なんか男子とライン交換をしたから放課後に会う会わないでやり取りしている」と言っていた。挨拶もそこそこに、そそくさと帰ったところを見ると、おそらくその彼と会うのだろう。羨ましい限りです。
私もそういう青春みたいなことしたいなぁと思うと同時に砂川先輩の顔が浮かんだ。
いやいや、青春ではない。たしかに放課後、男子と会ってはいるけれど、残念ながら全然青春ではない。砂川先輩はスぺだけど、スペシャルな時間ってことでもない。
だからと言って、じゃあなんなのかと聞かれても答えられない。一体全体何なのだろう。
みーちゃんたちには砂川先輩のことを私のおもちゃと言っているし、まあ実際そんな感じだろう。私が先輩を振り回しているようなものだ。逆に私がいじられたり、振り回されたりしていないはず。そうなったら大変だ。うん、これは絶対に気をつけなきゃいけない。でも今のところ大丈夫だと思う。
今日はバイトもないし、のんびりと支度を済ませる。それに砂川先輩と帰る約束もしていない。昨日通話していろいろと話をしたし。ほとんど言い訳と嘘だったけれど。
家に帰ったら録画しておいたアニメでも一気見しようかな思いながら階段を下りる。
お母さんにdアニメストアの契約の許しをもらおうと思いながら、ロッカーでローファーに履き替える。
校舎を出ると砂川先輩がいた。
予定ではなかったけれど、偶然ならそれはそれでいい。
一緒に帰りましょうと声をかけようと思ったときだった。
「あ、スぺじゃん」
どこからともなくみーちゃんが現れ砂川先輩に声をかけた。
「ん? あ、君はみーちゃんだね」
「なに? あたしのことみーちゃんって呼ぶの? なんかウケるんだけど」
手を叩いて笑うみーちゃん。
おいおい、どういう展開? みーちゃんの言っていたライン交換した男子って砂川先輩だったの!?
柱の陰に隠れて様子を窺う。
話が進んでいるようだ。聞き耳を立てる。
「駅に向かうけど、みーちゃんはどうする?」
「じゃあ私もそうしよっかなぁ」
二人並んで歩きだした。
てかなんで先輩、みーちゃん呼びしてんの? 前に距離感の話したじゃん!
私も物陰に隠れながら二人の後をついていく。
何やら話をしているようだけれど、全然聞こえない。
時折みーちゃんが笑顔で、たぶん「マジウケるー」って言いながら、先輩の腕をタッチしている。
でた、伝家の宝刀。このみーちゃんのスキンシップに多くの男子がやられている。
でも砂川先輩はこんなことで動揺するような人ではない。きっとそのはず。
そう思いながら先輩を見ると、いつもとは違う表情。
おい! こら! お前もかい! お前もみーちゃんに落ちるんかい!
学校から駅までは裏門を抜けるのが早い。そして裏門のそばには西側に自転車置き場、東側にはテニスコートがある。
そのテニスコートでみーちゃんが立ち止まった。
「おーい新ぁ! がんばれー」
手を振って部活中の新に声をかけた。
「おーありがとう、みーちゃん」
テニスラケットを振って新が応えている。
それにつられたのか、戸惑いながら先輩も手を振っている。
お前は関係ないだろう!
見ていられなくなったので、急いで二人のもとへ駆け寄る。
「あれ? みーちゃん、帰ったんじゃなかったの? あ、先輩こんにちは」
今気が付きました、みたいな空気感を出す。
「小花さん、こんにちは」
先輩はいつも通りの反応。
「小花じゃん。ねー聞いてよぉ。ライン交換した男子と会おうって話してたのに、なんかドタキャンされたんだけど。マジあり得なくない?」
私に気が付いたみーちゃんは、先輩そっちのけで早口に言う。
先輩とライン交換をしていたわけではなかったようだ。別にしてても全然、まったく、何も関係ないけどね。
「そうなんだ。それは困ったね」
「ほんとサイテーだよね……って、ちょっとまって、なんかそいつから着信きてんだけど」
みーちゃんはスマホをいじると「もしもーし」と言って話を始めた。
砂川先輩は帰ったらいいのか、ここに残ったらいいのか判断しかねている様子。
「先輩、みーちゃんと何してるんですか?」
私から話しけかる。
「何って? 話をしながら下校だけど?」
「いや、それは分かってますけど……」
「けど?」
「べ、別に何でもないです!」
私自身何が言いたいのかわからなくなったところで、みーちゃんが通話を終えたようだ。
「なんか話が行き違ってたみたいで、なんか駅前のモスバーガーにいるから、なんか行くことになった」
みーちゃんの口癖は「なんか」だ。でも今回は使いすぎだなと思った。
そんなみーちゃんは「じゃあ会ってくる」と言って足早に去っていった。
その切り替えの早さに私と先輩はついていけず、裏門前で立ち尽くしていた。
「帰るか」
「はい」
みーちゃんに遅れを取ったけれど、私たちも帰路についた。
しかしいつも通りの道だとモスバーガーの前を通ることになる。
「先輩。ちょっと遠回りしませんか?」
「なるほど。そうしよう」
先輩は私の意図を汲み取ってくれたようだ。
いつもと違う道を砂川先輩と歩く。
「ところで、小花さん。みーちゃんが僕のことスぺと呼ぶんだけれど、どういう意味だ?」
「え、な、なんで私に聞くんですか?」
みーちゃんがそう呼んでるんだから、私に聞かないでよ。説明しにくい。まあ私も裏でそう呼んでるけれど。
「たしか小花さんも初めて僕に話しかけたとき、スぺって呼んでいた」
あ、そうだったかもしれない。すごい記憶力だな。
「そ、そうでしたっけ? あれ?」
「うん、どういう意味なんだ?」
これは観念するしかない。正直に話そう。
「えーっと……。先輩ってなんか雰囲気が他の人と違うじゃないですか。だからスペシャルな感じがするって話になって、それが略されて、スぺです」
「全然意味が分からない」
意味がわからなくて当然だ。これは女子のノリで付けたものだし。
「とにかく先輩のあだ名みたいなものです」
「僕がスペシャル……。でも少し謎が解けたよ」
先輩はうんうんとうなずいている。
「謎って何ですか?」
「僕は自分が普通で、周りのみんなが変わっていると思っていた。だがそれに少しだけ違和感を覚えていた。まあ認識は人それぞれ違うんだなということが分かった」
いや、先輩は全く持って普通じゃないですから、と言いそうになったけれど、ぐっとこらえた。
そういう考えがスぺ的だと思う。
「そ、そうだったんですね。まあだからスぺって言われても気にしないでください」
「わかった。でも小花さんはスぺって呼ばないのか?」
「私ですか? みんなの前では便宜上いいますけど、こうしているときは、そうですね、言わないですね」
「なるほど。それじゃあ距離感的にあだ名、つまりスぺは砂川先輩の上に位置するのか下に位置するのかどっちだ?」
でた、前に話した呼び方による距離感の計測方法。
「そうですね、少し下じゃないですか?」
私が砂川先輩って呼んでいるのに、話も大してしていないみーちゃんの呼ぶスぺが上位に位置するわけがない。
「なるほど。たしかにみーちゃんとは関係性を築けていない。みーちゃん自身もそれをわかってスぺって呼んでいるのだろうか? でもみーちゃんは……」
「ちょっと待ってください。先輩はなんでみーちゃんって呼ぶんですか?」
そうだった。これは気になっていたところだった。
「なんでって、僕はみーちゃんの本名を知らない」
そっか、私が一方的に話をする中でみーちゃんとしか言っていない。それじゃあたしかに仕方がない。
でもさっき二人で歩いているときは自己紹介とかはなかったのだろうか。じゃあ何を話していたんだろう。まあいいや。何を話そうが勝手だし。
「みーちゃんは、大塚みなみって名前です。だから大塚さんって呼んであげてください」
「大塚さん? 向こうはスぺってあだ名で呼んでいるのに、こちらは最下位に位置する大塚さんで呼ぶのか? 同等にあだ名で呼び合った方がいいんじゃないか?」
「だめです。呼び合うとかだめです」
何言ってんの? あだ名で呼び合うとかちょっと何言ってんの?
「そうなのか? さっき話しているときはみーちゃんって呼んでも嫌そうじゃなかったけれど」
「でもだめです。女子と男子ではいろいろと違うのです。説明は面倒なので省きますが、そういうことなんです」
「そうか……。理由が気になるところだけれど、失礼にあたるといけないからな。しかたがない。従おう」
よし、言いくるめられた。これで安心だ。ん? 一体何に安心しているんだ、私は?
ふと気がついたら、全然見たことのない景色だし、今どこにいるのかも見当が付かない状況だった。少し遠回りをしすぎたかもしれない。
でも先輩はそんな不安もなさそうなので、たぶん先輩がいれば大丈夫だ。
話を続けよう。気になっていることはまだたくさんある。
「ところでなんでみーちゃんと一緒に帰ったんですか?」
「話しかけられたからだ」
「断ればよかったじゃないですか。ほら、昨日電話でいろんな人の相手をするのは苦手みたいなことを言っていたし」
「それはそうだけれど、僕は小花さんが昨日言っていたことを実践しただけだ」
「私が? 私、なんて言いましたっけ?」
昨日の電話では先輩を言いくるめることで精いっぱいで、あまり内容を覚えていない。
「大塚さんは僕の相手をしたってすぐに飽きるって。だから無下に断らずに飽きてもらうのを待っていた」
「あーなるほど……」
言ったわ。それ私たしかに言ったわ。テキトーに作った言い訳だったから忘れていた。
「そうなる前に小花さんが現れたけれど、現れなくても着信がきたあの時点で終わっていただろう」
「そうですね」
無下に断りゃいいじゃん、って言いたかったけれど、私がそうさせたようなものだから、反論はしなかった。それにみーちゃんが先輩と帰ったって私には関係ないしね。
「あ、そうだ。でも先輩もみーちゃんにスキンシップされてまんざらでもない様子だったじゃないですか」
「ん? いつからいたんだ? まあいいや。まんざらでもないというか、ただ驚いていた」
あぶね。口を滑らせてしまった。でも先輩は気にしていない様子だ。よかった。
「驚いていたんですか?」
「ああ。僕の出会った人にはああいうタイプはいなかった」
「そうでしょうね。でも気を付けてくださいね。あの行為は一気に距離を詰める手段なんですよ」
「なるほど。それは言えている。スキンシップにはそういう効果があるというのは分かる」
「そうでしょ? でもそれは美男美女、かっこいい男子とかわいい女子にしか許されないのです」
「たしかに。セクハラと捉えられかねないからな」
「そうなのです。だから先輩も気を付けてくださいね」
悲しいけれど、それがこの世の理なのだ。いわゆる、ただしイケメンに限る、ってやつだ。これは女子も同じ。
「もちろん。僕はそこらへんの分別はできているつもりだ。だから他人に触れることはほとんどない」
先輩が眼鏡のブリッジを中指で押さえながらうなずいた。
よくよく見てみると、先輩はかっこいいわけではないけれど、かっこ悪いわけでもない。総じてスぺ。
「それは私もですけど、なんか言葉にすると酷ですね。再確認するのってなんか悲しいですね」
「そうか? 事実だからな。でも小花さんは気にすることないんじゃないか?」
「何をです?」
「スキンシップの話だ」
「だからスキンシップの何を気にしなくていいのですか?」
「小花さんはスキンシップできる側、ということだ」
「私がスキンシップできる側ってことは……!?」
「わからないか? それはつまり小花さんは……」
「はいっ! もうこの話は終わりです!」
先輩は何を言い出すんだ!? 急に先輩はどうしちゃったんだ? みーちゃんの影響か?
私が大きな声を出したので、先輩が怪訝そうにしている。
「さあ、もうそろそろ駅に向かいましょう。みーちゃんももうモスバーガーにはいないでしょう」
早口でまくしたて、話を強引に終了させた。それに今日はもう帰った方がいい。たぶん早く帰った方がいい。
「そうだな。そうしよう。ところで駅はどっちだ?」
「え? 先輩わかってたんじゃないですか?」
「いや、小花さんが遠回りをしようと言ったので、てっきり道を知っているのかと思っていた」
お互いが勘違いしたままこんなところまで歩いてきてしまったようだ。
仕方がないのでスマホで調べて駅に向かった。
いつもの道に戻ったけれど、時間が遅くなってしまったので、いつもとは違う街明かりだった。