第十六話 スぺ先輩とも帰りたい
一学期も残すところあと三日。
もう学校全体が浮足立っている。もしかしたら学校が浮いているのかもしれない。
いつも通り、だけど三日後にはしばらくなくなる、お昼の時間。新とみーちゃんと、声をかけなくとも私たちの陣地に集まる。
「うわ、なんかまたきゅうりだ。小花食べる?」
みーちゃんがお弁当箱を開けて言った。
「うん。でも今日は食べてみたら?」
「それじゃあ私がもらう」
新が箸をのばしてみーちゃんのお弁当箱からきゅうりのお漬物を取って、そのままぱくっと食べた。
素直にもらっておけばよかったと思った。
「あの、ちょっといいかな?」
お昼ご飯の最中に話しかける人は一人しかいない。
私はドアに背をして座っているけれど、すぐに誰かわかった。
どうせケレン先輩だ。先輩に対して「どうせ」は失礼だとわかっていても、そう言いたくなる。
毎日のことだから、ケレン先輩とのやりとりはもう慣れてきている。
「はいはい、何ですか……って、あれれ?」
立ち上がって振り返ったものの、そこに立っていたのはケレン先輩ではなかった。
「あ、あの、金井さん、ライン交換してもらえないかなって思って」
同じクラスメイトの立家君だった。下の名前は憶えていない。
「え? なに? ラ、ライン?」
思っていた展開と違ったため、戸惑ってしまう。
「そう、ほら、夏休みもあるし、みんなで遊べたらいいなって思ってさ」
爽やかさに定評のある立家君がさらりと言う。
「そ、そうなんだ」
「うん、狭山さんと大塚さんもいい?」
私のことをしり目に、お弁当を食べていた二人に声をかける立家君。
「え? まあ、うん、いいよ」
「うん、なんかいいけど」
「ありがとう。じゃあ金井さんから聞いておくね」
そう言って、立家君は私にスマホを向けた。画面にはQRコードが表示されていた。
これはもう私もスマホを出すしかない。なんとなく気のりはしないけれど、立家君に従う。
QRコードを読み取ると、立家君のアカウントが表示された。立家政都という名前だった。そしてアイコンは、たぶんリフティングをしている姿のものだった。そういえば、たしかサッカー部だったか。
ってか、こういうのって誰に撮らせているんだろう。私はアイコンに自分の画像を使う気持ちにはなれない。でもみーちゃんも新も自分の画像か。私だけの問題かな?
「じゃあスタンプ送ってくれる?」
くだらないことを考えていたら立家君が言った。
指示に従って、無表情なうさぎのスタンプを送っておく。
「ありがとう。それじゃあラインするから」
そう言って立家君は爽やかに男子たちの元へ帰っていった。
用は終わったらしいので、私も座って昼食を再開することにした……のだったが、新とみーちゃんがぐいぐいと話しかけてきた。
「ねえねえ、もしかしてこれって?」
「なんかバレバレだよね」
「え? ちょっと、なにが?」
二人はお弁当そっちのけで私に身を寄せてくる。
「みんなで遊びたいって言ってたじゃん。そうだ二人のラインも教えなきゃ」
私はスマホをまた取り出して、立家君にメッセージで新とみーちゃんのアカウントを送った。
「そんなの建前に決まってんじゃん」
「建前?」
「なんかウケるんだけど。目的は小花の連絡先だけでしょ」
「え? そうなの?」
「小花ちゃんもついに……。ああ、それじゃ私はテニスに全力を注ごっと!」
新がばくばくとお弁当を食べ始めた。
「なんか小花の恋愛ってどんなかんじなんだろう。なんか見てみたいかも」
みーちゃんもそれだけ言うと、唐揚げを口に運んだ。
立家君の方に目をやると、立家君とよくいる男子が、「政都、やったじゃん」とか言って肩を叩いていた。
まあなんでもいい。少し足止めを喰らったけれど、私もお昼ごはんにしよう。
そう思った時だった。
「小花さん、生徒会に入りましょう」
ケレン先輩が登場した。
私はいつになったら、お昼ご飯を食べられるのだろうか。
□◇■◆
放課後になると新は宣言通り、全力を注ぐために部活に向かった。みーちゃんは「今日で最後にする」と言って、涙目で補習に向かった。
私はなぜか帰り支度が遅い。決して学校にずっと残っていたいという気持ちがあるわけではない。
「あの、金井さん? 今日はもう帰る?」
イーストボーイのスクールバッグに荷物を入れていると、立家君が私に声をかけてきた。
立家君はとっくに帰り支度は済ませているようで、肩にスクールバッグをかけている。
「え? そうだけど? 立家君は部活?」
「いや、今日は部活は休んで帰ろうと思って」
「そうなんだ。気を付けてね」
部活に入っていないからわからないけれど、簡単に休めるものなのかと疑問に思った。サッカー部ってレギュラー争いとかあるんじゃないのかな?
「いや、その、金井さんも帰るんだったら駅まで一緒に帰りたい思ってるんだけど」
「あ、そうなの?」
今日は特に砂川先輩と帰る約束はしていない。でも昨日私の悩みも聞いてもらったし、お礼でもしたいなって思っていた。
「そう。ねえ一緒に帰ろ?」
「え、あ、うん……」
にこっと爽やかな笑顔で言われたら、なぜだか断れなかった。
でも私が帰宅部だって知っていたんじゃないのかな? そんなこと確認する必要ある?
立家君も電車通学だったら、一緒に帰ろうだなんて確認をしなくても、駅までは一緒の道のりだろう。
とりあえず先輩の件はまた今度でも大丈夫だろう、と思うことにした。
「それじゃあ行こうか」
私の帰り支度が終わったとわかると、立家君が言った。うん、爽やかだとは思う。
「うん」
立家君は女子からそれなりに人気がある。私の数少ない話をする女子の中にも、立家君をいいなって思っている人はいる。
私はあまりそうは思わないけれど、人気があるのはわかる。やっぱり清潔感があって、爽やかだし、背も高いし、運動が得意なところも人気の一つだろう。
もし今の状況を誰かに見られたらいろいろ聞かれそうだな、なんて考えてしまう。
ロッカーで上履きからローファーに履き替える。
ここまで特に会話はほとんどない。最寄り駅はどこかという確認をしただけ。
「おまたせ。それじゃあ行こう」
「うん」
立家君について行く。
自然と砂川先輩を探してしまうが、今日はいつものところにいなかった。
テニスコートの前を通る。新が見ているかもとか思いながらも気にしないようにする。
「あの、金井さん、なんか今日は暑いね」
学校の門を抜けたところで立家君が言った。
「そうだね。梅雨明けたからね」
「明日も暑いだろうね」
「立家君って気象予報士目指してるの?」
「え? そんなことないけど」
「無理に間を持たせなくてもいいよ? 会話がなくたって一緒に帰ることはできるし」
なんだか聞いたことあるようなことを言っているような、よくわからない気持ちになった。
「そうだけど……。金井さんってやっぱり面白いね」
「え、そう?」
ちょっと心外だ。ウケを狙っていないのにそう言われるのは少し嫌だと思った。
「うん。昨日ケレン先輩に珍獣使いって言うあだ名を逆手にとって言い返してるのを聞いて、面白い人だなって思ってたんだ」
あれ、あだ名だったの? めっちゃ嫌なんだけど。
「あ、ああ、そう」
まあでも砂川先輩から伝授された、陰口に光を当てる作戦が効いたということなのだろうか。
「うん。今日もケレン先輩が金井さんに会いに来てたけど、ほんと珍獣って感じがするよね」
「え?」
「それに金井さんはスぺとも一緒に帰ったりしているようだけど、楽しいの? スぺもどう見ても珍獣じゃんか」
「あの……」
私はスマホを取り出す。
「ん? なに?」
「ごめん、私急にバイトが入ったみたい。ちょっと急がなきゃ。ごめんね、先行く。バイバイ」
それだけ伝えると、私は早足で、いや、たぶん走って駅まで向かった。
冷静じゃなくなっていたから、そこらへんは自分ではよくわからなかった。
□◇■◆
立家君に悪いことをしたなと思いつつ、自分のしたことは間違いではないとも思う。
それに立家君の最寄駅は都立家政駅だから、私とは逆方向。どっちにしろ結局、小平駅でバイバイしていた。さよならするのがちょっと早くなっただけだ。
いや、そんなことよりも、砂川先輩とケレン先輩対して失礼な言い方をしたのが許せなかった。
あそこで「そんなこと言うな」と言ってもよかったけれど、私にはその場を立ち去るので精いっぱいだった。
さらに言わせてもらえば、立家君の話しが面白くなかった。そんなに話した訳でもないけれど、あんなにつまらない下校は久しぶりだった。
もやもやしている。すごくもやもやしている。
本当はバイトなんて入っていないから、このまま帰ってもいいのだけれど、なんだかそれだと物足りないというか、気持ちの処理が間に合わない。
「はあ」
自然とため息が出ていた。
秋津駅についても足が自分の家に向かない。今日は録画していたアニメを観ようと思ってただけだから、時間はある。気分転換に少しぶらぶらして帰ろう。
コンビニでぶらぶら街歩きのアイテムとして、キレートレモンとピュレグミを買った。そしていつもの通学路じゃない道を選んで歩く。
地元だから迷うことはない。知った道だ。
「あ、そういえばこの道、くりくりまるのリードを引いて歩いたな」
少し駅から離れたところで気が付いた。
そうそう、あの時はくりくりまるがあの電柱におしっこをしていた。そしてその後、うしろ足でおしっこの跡を隠すために一生懸命に土を掘っていたけれど、あいにく地面はコンクリートだったから、全て空振りに終わっていた。かわいかったなぁ。
「あーあ、くりくりまるに会いたいなぁ」
昨日会ったばっかりだったけれど、また会いたくなってしまった。それほど癒しを求めているということなのだろうか。
そう思ったら、足が砂川先輩に教えてもらった線路沿いの公園に、向かっていた。
先輩はあの公園で考え事をしたりしていたと言っていた。私も色々考えたいことがある。使ってみよう。
あの公園経由で私の家に送ってもらっていたから、道は覚えている。そんなに遠くない。
迷うことなく向かった。
ピュレグミも半分くらい食べた頃、そろそろ公園の近くになった。
公園の入り口が遠くに見えたとき、そこから一匹のわんちゃんがぴょこっと出てきた。
すぐにわかった。くりくりまるだ。リードを持つのは砂川先輩だった。
ちょうどよかった。くりくりまるにも会いたかったし、先輩に昨日のお礼もしたかったし、さっきのもやもやした話も聞いてほしかった。
先輩は公園から出てくると、私のいる方ではなく、こちらに背を向けて、先輩の家の方向に帰るようだった。
走って先輩に声をかけようとした時だった。
「ちょっと、むーちゃん! 置いてかないでよぉ!」
公園から一人、女が現れて、砂川先輩の腕に絡みついた。
私は見てはいけないものを見た気がして、電柱の陰に隠れた。
でも気になるので、探偵よろしく、覗き込むように観察した。
誰だあの女? 先輩と同じくらいの背で大人っぽい。
「暑いから離れてくれ」
先輩が突然腕に絡みついた女を引きはがす。
くりくりまるがその子に吠えている。いいぞ、くりくりまる。
「むーちゃんのケチぃ!」
砂川先輩をむーちゃんと呼ぶ女は、ぽかぽかと先輩を叩いている。
いや、むーちゃん!? 砂川先輩の下の名前が武蔵だから、むーちゃんと呼んでいるのだろうけど、それにしても、いや、むーちゃん!?
どれほどの仲なのだろうか? 測りかねる。
ところで公園の前で二人で何をしているのだろうか?
「いや、ケチではない。ケチというのは、金銭的に出し惜しみをする人のことを主に指す。その他には考えが卑しい人や、心の狭い人のこともさすが、暑いから離れてほしいという理由は、それらには該当しないはずだ」
「そういうことじゃぁないのぉ!」
「じゃあどういうことだ?」
「だぁかぁらぁ、したいからしたいのぉ!」
「ああ、そうか」
先輩がそう言うと、二人は歩き出した。
いやいやいや、何それッ!? どういうことッ!?
何を見せられたのだ? 私は一体。 いやいや、待てよ、これは私が勝手に見たわけだから、見せられたわけではないか。
二人は離れていく。追いかける気にはなれない。というより足が動かなかった。
いつまで立ち尽くしていただろうか。こんな電柱の陰で。
二人が見えなくなったところで、私もやっと歩き出した。
公園に入る。前に砂川先輩と座ったベンチに腰を掛ける。
キレートレモンを飲み干す。最後の一粒のピュレグミを食べる。
電車が公園の隣を通過する。でも遮る言葉は一つもない。
なんだか、もやもやがもう一つ増えたような気分だった。




