第十四話 スぺ先輩にも選んでもらいたい
砂川先輩の眼鏡が完成するまでの間、私たちはショッピングを楽しむことにした。
私としても今日は久しぶりのショッピングだし、めったに来ないアウトレットなので、バイトで貯めたお金をそれなりに下ろしてきている。
「まずはどこにしようかなー?」
こんなにお店があって、いろいろと見て回れるのはうれしい。それだけでわくわくして楽しめる。
アウトレットはレジャー施設みたいなものだ。
「ほしいものは決めてないのか?」
先輩が日差しを手で覆いながら言う。
「服を買おうと思っていますけど、どこで買うかは決めていないです」
「どんな感じのものを買うか決めればおのずと絞られるんじゃないか?」
「あ、いや、そういうんじゃないんですよ」
「どういうことだ?」
「眼鏡を買うから眼鏡屋、とかそういう話じゃなくて、もっと漠然としてて、いい服があったら買う、みたいなものです」
「ウインドウショッピングってことか?」
「それに近いかもしれません」
「僕はいたほうがいいか?」
「もちろんですッ!」
「わかった」
砂川先輩は、女子のお買い物、が理解できないのかもしれない。
まあでもうちのお父さんみたいに、買い物の途中で急に不機嫌になるよりはましか。
先輩はわからないときは、どうしてそういう行動をするか聞いてくれて、伝えれば理解してくれるし、合わせてくれる。面倒だけど、説明すればいい。
「それじゃあまず、あっちに行ってみましょう」
「わかった」
アウトレット利用客の何人かがワンちゃんを連れていた。今度来た時は、くりくりまるも連れてきたいと思った。
夏のアウトレットは日当たりが良いため暑くてしょうがない。所々にミストが噴射されていて、子供たちがきゃきゃきゃと楽しそうに騒いでいる。
三軒隣のWEGOに入った。中は涼しかった。ずっとここにいてもいいと思った。
「さあ、見るぞぉ」
洋服が並んでいる光景は大好き。
ハンガーを一つ一つ掻き分けて洋服のデザインを見て回る。
「やっぱり買いたいものがあるのか?」
先輩には、私に買いたいものがあって、それを探しているように見えているのだろう。
「いいえ、そういうわけじゃないです。買いたい服を探しているというか、買うきっかけを探しているようなものですね」
「そうなのか。それは、何て言うか……」
先輩は腕を組み考えるようなしぐさをしている。
「何て言うか?」
少しためらってから、先輩は口を開いた。
「それは、だいぶスぺった考え方だな」
「いや、それ、先輩が言うんかいッ!」
いや、スぺってんのは先輩で、私はまったくもってスぺっていない。
それにスぺるのは先輩だけで、私を含む先輩以外の人にはスぺるとかそういうのはない。
唯一の例外といえるのは、ケレン先輩のウルるだろう。
「使用方法を間違えたか?」
「そうですね。スぺってるのは先輩だけです。それにこれは女子的には別に普通の考えだと思いますよ」
「そうなのか。どっちも難しいな」
「どっちも?」
何と何でどっちもなのだろうか?
「ああ、スぺるの用法と、女子の考えだ」
「スぺるに関しては先輩は使わなくて大丈夫です。それされちゃうと、こっちが混乱するんで」
「そうか。上手く使えるようになりたかったんだけどな。もう少し勉強してからにするよ」
「それがスぺってるって言うんです」
「え、これが? ますます難しい……」
先輩はあごに手を当てて、考え始めてしまった。
って待てよ。なんで先輩は「スぺる」という言葉を知っているんだ?
「と、ところで、なんで急にスペるなんて言い出したんですか?」
「だってたまに小花さんが僕に対して、スぺってるなぁ、とかつぶやいているじゃないか」
まじかー! 口に出してたー! まさかの口に出してたー! 心の中だけだと思っていたのに、口に出してたー!
漏れちゃってたのかよ。
やば、気が付かないうちに口に出してることあったの? 他に変なこと言ってたりしないよね?
どうしよう。めっちゃ恥ずかしいんだけど。心の声が口に出てたのすごい恥ずかしいんだけど。
気をつけよう。絶対にこれから気をつけよう。
「そ、そうですよね。ええ、まあ尊敬の念を込めて言ってました……」
苦し紛れの言い訳をしておく。
「そうなのか? 尊敬の念は感じられなかったけれど……」
「そ、そうでしたかね?」
「ああ。でも別に嫌な感じではなかった。僕と小花さんの考えが合わないときに言っていたような気がしたから、ここで使ってみたんだ」
あぶない。好意的にとらえてくれていたようだ。実際、たぶん、好意的に使っていたはずだ。決して揶揄したわけではない……はず。
「うーん。まあ近からず遠からずってところですね。先輩って考え方が特殊じゃないですか。だから先輩専用の形容詞って感じです」
「そうか。まあ好きに言ったらいい」
そう言うと先輩は鼻の下を人差し指でさすって、視線をそらした。
え、気に入ってるの? スペる、気に入ってるの?
ってか、何とか乗り切った。心の声を聞かれていたけれど、何とかなった。あぶね。これから絶対に気を付けなきゃな。
それに過ぎたことは仕方がない。うん、これから気をつければいいだけのことだ。
でもやっぱりすごく恥ずかしさがあるので、服を見て気を紛らわせる。
先輩は私の服選びに黙ってくっついている。
たまに男性物の服を見たりしてるけれど、すぐに戻ってくる。
「あ、これいいな」
かわいいワンピースを見つけた。
「いいのがあったのか?」
「はい。これかわいくないですか?」
服を体に当ててみる。
短すぎと感じなくもないミニ丈だけれど、普段制服のスカートも短い方だし、まあ許容範囲か。
「そうだな」
先輩もそう言ってくれる。
「あ、色違いもある。どっちがいいかなぁ」
きつくない赤と、爽やかな青の色違い。どっちもいいから悩んでしまう。
「先輩。どっちがいいと思いますか?」
交互に服を当てて、先輩に聞いてみる。
こういう時って、男の人は答えに悩むらしい。
それをわかってて、あえてちょっと意地悪な質問をしてみる。
さあて、先輩はなんて答えるかな?
「そうだな……。赤い方はいつもの小花さんの元気さが際立って似合うと思う。でも青い方は青い方で清楚な感じがあって小花さんの内面のようでこれもまた似合うと思う」
先輩が表情を変えることなく、真剣なまなざしで、さらに流暢な話し方で言った。
「え、あ、そ、そうですか? あ、ありがとうございます……」
なんか思っていた返答じゃなかったので、怯んでしまった。
私は二つのワンピースをラックにかける。
あんなこと言われたら、もうこのワンピースは買えない。
全然悪くない答えだった。いや、先輩は全く悪くない。むしろ百点だったかもしれない。うん、素直にうれしい答えだったというのは認めよう。でももう買えない。このワンピースは買えない。
だって、赤い方を買ったら元気さをアピールしたいと思っていると思われるかもしれないし、青い方を選んだら清楚と言われてうれしいって思っていると思われるかもしれない。
あんなことを言った先輩を前にしてこのワンピースは手に取れない。
気に入ったワンピースだったのに、購入を阻まれてしまった。まったく、何してくれるんだ。ちくしょーこのやろー。
「いいのか? かわないのか?」
買うと思っていたのに買うのをやめた私を見て先輩が言った。
「ええ、ちょっとやっぱりやめておきます」
そう言うと私は先輩を押して、逃げるようにしてお店を出た。
「そうか。似合っていてすごくよかったのに……」
お店のドアをくぐるとき、先輩がぼそっと残念そうに言った。
やっぱり買おうかなって思った。
□◇■◆
「お待たせしました」
「戻ったか」
私が声をかけると、ベンチで座って待ってくれていた先輩が立ち上がって手を挙げた。
「ええ。それじゃあ次はどこに行きます?」
「お昼でも食べよう」
時計を確認すると午後十二時を過ぎていた。
「そうですね」
「何か食べたいものはあるか?」
「うーん。さっぱりしているものがいいです」
「それじゃあ、はーべすとに行こう」
「はーい」
よくわからないけれど、先輩に合わせる。
先輩が私のWEGOの袋を「持とうか?」と言ってくれたけれど、「大丈夫です」と言って断った。自分のものは自分で持てる。それに中を見られたくない。
はーべすとは和食バイキングのレストランらしい。
先輩は昨日のうちにアウトレット内のお店を頭に叩き込んできたとのことで、どこに何があるかすぐにわかる。
地図を読むことも私と違って得意らしく、迷いなく進んでいく。
アウトレットを並んで歩く。
はーべすとは比較的近くにあって、すぐについた。
しかし時間帯も時間帯だったので、店内はそれなりに混んでいた。
先輩が「他の店にするか?」と言ってくれたけれど、私は首を振った。
お店の前のメニューに載っていたローストビーフを見たら、絶対に食べたくなってしまったので、お店を替える気はなかった。
さっぱりしたものがいいとリクエストをしたのに、やはりローストビーフは食べたい。もしかしたらこれが若さなのかもしれない。
先輩が順番待ちの名簿に「砂川」と名前を書き込んで、並んで座って呼ばれるのを待つ。
店員さんに「二名でお越しの砂川様」と呼ばれるというわけか。なるほどなるほど。
でもしばらく呼ばれそうにないので、話しでもすることにした。
「先輩、この後どうします?」
「眼鏡を受け取る」
先輩は眼鏡をくいっと上げる。
「いや、そうなんですけど、まだ時間があるじゃないですか」
「そうだな。まだ買い物するか?」
「はい。それで、アウトレットも回りたいですし、周辺のビルとかも行きたいです。洋服屋さんがあるっぽいし」
「なるほど。いいだろう」
その後はどんな料理が好きなのかとか、明日はなにをするのかとか、他愛もない話をしていたはずなのに、なぜか二年生になったらどんな授業になるからどんな勉強をした方がいいとか聞きたくもない話にすり替わっていた。
適当に先輩の勉強の話を聞き流していたら、店員さんが「砂川様」と呼んだ。
「はい。ほら先輩呼ばれましたよ。さあ行きましょう」
「ああ、そうだな」
私たちはそろって立ち上がった。
なんでなのかはわからないけれど、金井である私が砂川である先輩よりも早く「砂川」という言葉に反応してしまっていた。
□◇■◆
「いやぁ、くりくりまるのお母さんの名前もくりくりまるだったとは思いませんでしたよ」
私は、アウトレット近くの商業ビルを出る時、疲れ切った先輩に言った。
「ああ、言っていなかったな」
「そうですよ。それじゃあ眼鏡でも取りに行きますか?」
「うん、そうしよう」
時計を確認すると、時刻は午後四時だった。夏の夕方は明るい。だけど気が付いた時にはあっという間に真っ暗になっているのが夏だ。
だから明るいうちに電車に乗っておきたいと、お昼を食べながら先輩と話をしていた。
アウトレットも日中よりも人は少なく。まばらになってきている。
Zoffもさっきより空いていた。
砂川先輩が受付で引換券を出し、眼鏡を受け取る。
「かけて帰りましょうよ」
「そうだな」
先輩は眼鏡ケースから黒ぶちの眼鏡を取り出すと、中学生の頃に使っていた眼鏡をケースにしまった。
「いや、そっちじゃなくて! 私が選んだ方をかけてくださいよー」
「え、あ、そうだな」
少しためらいなのか、恥じらいなのか、なんなのかよくわからないリアクションだ。
そそくさと眼鏡を交換する。
「これでいいか?」
べっ甲柄の眼鏡をくいっと上げながら先輩が言う。
「いい感じです。似合ってますよ」
眼鏡が変わると、それだけで雰囲気も変わる。
すこし垢ぬけたというか、柔らかさみたいなものが感じられるようになった。
それでも普通の人よりも、断然硬くて真面目そうな印象を持つけれど。
「そうか。ありがとう」
「どういたしまして」
「それじゃあ帰ろうか」
「そうしましょう」
先輩がZoffの店員さんにお礼を言うと、私たちは駅に向かって歩き出した。
空はもうすっかり暗くなっていて、ライトアップされた南大沢の駅周辺はより異国感をかもしだしていた。
「そういえば、先輩にはスぺるの用法のほかに、もう一つ難しいと思っていることがありましたけど、それについてちょっとは理解できましたか?」
私は横を歩く先輩に、なんとなしに聞いた。
「え? ああ、あのことか。いや、難しいままだ。理解しようとしてはいるが、今だ解決できない」
「そうですか。でもまあたしかに、先輩にはかなり難しい問題かもしれませんね」
「ああ。そうかもしれない」
先輩はあごに手を当てて答えた。
私だったら、そういう人には今日みたいにこうやって、買い物をしたり出かけたりしながら少しずつ教えてあげるかな。
これはわざと、改札を抜けるタイミングのどさくさにまぎれさせて、小さい声で口に出してみた。




