第十三話 スペ先輩のを選びたい
空は晴れ晴れとしていて、京王相模原線南大沢駅は大変賑わっていた。
とは言ってもここへ来るのは初めてだ。
初めてでも混んでいるとわかるくらい混んでいる。
今日は土曜日。約束をしていた砂川先輩の眼鏡の購入をするため、三井アウトレットパーク多摩南大沢のある南大沢駅で下車した。
別にここまで来なくてもZоffはあるのだけれど、砂川先輩が前に買ったのがここだったということと、私としても眼鏡屋さん以外にもショッピングをしたいということで、埼玉寄りの東京の秋津から、神奈川寄りの東京のここまで電車を乗り継いできた。
南大沢は東京都八王子市にある、多摩ニュータウンの開発に伴って整備された街だ。アウトレットパークの他に、映画館もあるし大学も近くにある。商業ビルや複合ビルまで建っているから、立派なものだ。と、砂川先輩が電車の中で言っていた。というより、終始、南大沢を含めた八王子市とその周辺の話を先輩はしていた。興味がなかったのに行ってみたくなった。
「なんだかヨーロッパのような駅前ですね」
先輩が言っていたとおり、人工的な街並みに異国の空気を感じた。
「小花さんは渡英経験があるのか?」
「あ、いや、イメージです。イメージ」
私は海外に行ったことはない。
「ああ、なるほど。たしかにそういう風に感じるな」
駅に直結した南大沢のアウトレットは他のアウトレットに比べてこじんまりとしているけれど、その分一つ一つしっかりと見られるとネットに書いてあった。久しぶりのショッピングだし楽しみでしょうがない。
「それじゃあ早速眼鏡を選ぼう」
「そうですね。それで出来上がりまでいろいろ見て回りましょう」
「ああ。僕は特に買いたいものや見たいものはないから、それは小花さんに合わせよう」
「ありがとうございまーす」
二階に上がり青いロゴのZoffに入る。
私も眼鏡は持っているけれど、頻繁に買うものではないので、眼鏡屋さんは久しぶりだ。
先輩は眼鏡を体育の授業で壊してしまっため、今回新しいものを購入するのだけれど、そのデザインを私が選ぶことになっている。
他人の眼鏡選びは初めて。ちゃんとしたものをしっかりと吟味して決めたいと思っている。
店内はお客さんがまばらで、眼鏡をかけた店員さんが商品を拭いている。
金額に応じた陳列で、まずは手前の安いところからフレームを見てみる。
先輩は黒ぶちフレームの眼鏡を手に取って、鏡の前で試しにかけた。そして眼鏡を中指でくいっと上げた。
「よし、僕はこれでいい」
「いや、私が選ぶんじゃないのッ!?」
聞いていた話と違う。約束と違う。
それに先輩が選ぶとしても「あれが良くない?」とか「こっちの方がかわいい」とか、試しにかけながら、そういうやり取りをするんじゃないの? それが眼鏡選びの醍醐味じゃないの?
「もちろん、小花さんにも選んでもらう。だけど、今回の反省を活かして、予備の眼鏡も購入しておこうと思ってね」
「なんだ、そういうことですか。たしかにケレン先輩もそんなことを言っていましたもんね」
砂川先輩が眼鏡を壊してしまった日、私が先輩を家まで送り届けた。その時途中まで一緒だったケレン先輩が予備の眼鏡があるといいとかそんなことを言っていた。
「ああ、そうだ。ケレンの言う通りだと思った」
砂川先輩がケレン先輩に感謝するようにしみじみと言った。
「あ、いや、それ私も思っていましたよ?」
「そうなのか?」
「ええ、そうです。そうですとも」
「そうだったか。まあそういうことでこの眼鏡は予備として買う」
「わかりました。でもそのデザインは、前のとあまり変わりないじゃないですか」
「うん。自分としてはこういうのが一番しっくりくると思っているからな。小花さんに選んでもらわないなら、これを二つ買っていた」
先輩は商品の眼鏡をはずして、自分の眼鏡にかけ替えた。
「いや、予備といってもせっかく二つ買うなら、違うものを選んだ方がいいんじゃないですか?」
「そうか? 同じものだからこそ予備なんじゃないか?」
「意味としてはそうかもしれないですけれど、気分で変えられるようにしたらいいのにって思います」
「なるほど。そういう考え方もあるな」
「私としてはそういう考え方しかないんですけどね」
「まあでも今回はもう一つを小花さんに選んでもらうわけだから、結果としてはそうなる」
「そうですね。ところで先輩、予算はいくらまでですか?」
「予備用も含めて二万円を用意してきた。この予備眼鏡が五千円だから、残り一万五千円が常備眼鏡の予算だ」
「結構ありますね。よし、それじゃあ店内で立ち話もなんですから、早速眼鏡選びを始めましょう」
さあてどんな眼鏡を選ぼうかな。いろいろとかけてもらって試してみよう。
「ああ、頼む。僕は外のベンチで待ってる。決まったら教えてくれ」
「いや、なんでッ!?」
だから眼鏡選びの醍醐味は?
絶対に似合わないってわかる眼鏡をかけてみて「全然似合わない」って言ったりとか、絶対に買わないサングラスとかをかけてみて「なんか怪しい」って言ったりとか、そういうやり取りをするんじゃないの?
「いた方がいいか?」
「もちろんですッ!」
「そうか。わかった」
ひと悶着あったけれど、二人並んで陳列された眼鏡をあーだこーだ言いながら眺める。
「僕は派手な色と、細すぎるフレームはあまり好みじゃない」
「そうですか? いろいろこだわりがありますね。それじゃあ、とりあえずこれかけてみてください」
私はあえて細い眼鏡を手に取って先輩に差し出した。
「いや、これは絶対に似合わない」
「わからないですよ?」
「いや、似合わない」
「いいからかけてみてください」
実を言うと、私としても砂川先輩には絶対に似合わないと思っている。でもかけてみてほしい。
「いや、似合わない」
「似合うかもしれないですから、かけてみてください」
「いや、似合わない」
「試しに一回かけてみてくださいよ」
「いや、似合わない」
「そんなこと言わずに、一回だけでいいですから」
「いや、似合わない」
なんか思ってる眼鏡選びとちがーうッ!
めっちゃ頑なじゃん? こんな頑なな人いる? え、なんで折れないの?
かけりゃーいいじゃん。なんにも難しいことないのに。
かけてみて「やっぱり似合いませんね」とか言いたいじゃんか。
イメージしていた眼鏡選びと違って、なんだか悲しくなってきた。
「その眼鏡だったら小花さんの方が似合うんじゃないか?」
先輩はそう言うと、突然、私の持っていた眼鏡を手に取り、私にかけてきた。
そして先輩の顔と向き合うように私のあごを持って正面に向けた。
「うん、やっぱり似合った」
「ちょ、ちょっとなんですかッ! きょ、今日は先輩の眼鏡を選びに来たんですから、私の眼鏡はいいんですッ!」
完全にスぺられた。これはスぺ犯罪で、私はスぺ被害者だ。
まったくもう。考えていた展開を裏切ってくるので調子が狂う。というより、先輩の行動は予測不能だ。いつも裏切ってくる。砂川先輩は裏切り者と言える。ばかばかこのやろー。
「たしかに今日は僕の眼鏡選びだ。申し訳ない。出過ぎた真似をした」
「いえ、全然大丈夫です。他にも似合いそうなのがあったら言ってください」
「いや、困らせてしまったようだから、やめておこう。僕の眼鏡選びを続けてくれ」
「そ、そんなことないんですけどね。まあ、はい、わかりました」
眼鏡選びが再開されたけれど、先輩からの不意打ちを恐れて、下手な提案が出来なくなってしまった。
とりあえず、眼鏡の説明文みたいな掲示物を読んで気を紛らわせる。
形状について書かれているものだった。
先輩が予備で買おうと思っているものは、スクエア型と呼ばれるものだ。長方形のシンプルな作りのもので、私が普段家でかけているものと同じだ。
それに今までの砂川先輩の眼鏡もこの形だったので、この際別の形で選びたい。
ティアドロップやセミオートは似合う人がかけたらかっこいいかもしれないけれど、砂川先輩だとちょっとおじさんっぽくなっちゃう気がする。
だからといって丸眼鏡もよくなさそう。なんかウケ狙ってるのかなって思っちゃう。あるいはめちゃくちゃ文豪感が出るかも。かけてほしいなぁ。
「こういうのはどうだ?」
先輩が丸眼鏡を手にして言った。
「なんか似合うっていうか、面白いです」
「だよな。小花さんが珍しそうに見てたからかけてみたんだ」
先輩がそっと丸眼鏡を戻す。
いろいろと考えながら見ていたから、先輩がおちゃらけてくれたのだろうか。
「じゃあこういうのはどうですか」
この流れに乗ってティアドロップ型の眼鏡を差し出す。
「いや、似合わない」
「丸眼鏡のようにかけてくださいよ」
「いや、似合わない」
「案外しっくりくるかもしれませんよ?」
「いや、似合わない」
「かけてみたら世界が変わるかも」
「いや、似合わない」
「もういい加減かけくださいよ」
「いや、似合わない」
なんじゃいッ! だめなんかいッ!
どうして私の提案には乗ってくれないのだろうか。
「そのティアドロップ型、小花さんがかけてみたらどうだ?」
砂川先輩が真面目な顔をして言う。
「私がですか?」
なんで私がかけなきゃいけないんだ、と思いながらもかけてみる。
「ふんっ。全然似合わないな」
先輩がすこし笑って言う。
「かけさせておいてひどいです」
「申し訳ない。それじゃあこれはどうだ?」
そう言って、今度は先輩がセミオート型のサングラスをかけた。
「え、怪しい人みたいです」
「だろうな」
先輩が「ふふ」と笑って眼鏡を戻した。
あれ? やりたかったやつできてるんじゃない?
なるほど、そういうことか。
「先輩、見てください」
「ん? 何だそれは。全然似合っていない」
「ですよねー」
たぶん先輩にかけさせようとすると拒否される。
だけど私がかけると先輩も真似てかけてくるのだろう。
もしかしたら強制的にかけさせられるのが嫌いなのかもしれない。
今私がこのザマス的眼鏡をかけてふざけたら、先輩も何かしらかけてふざけてくるはず。
「うん。そのフォックス型は小花さんには全然良くない」
「そこまで言わなくてもいいですよ」
「その眼鏡では死んでしまっているようだ」
「ちょっとどういう意味ですか!」
死んでねーわ! ばりばり生きてるわッ!
砂川先輩がスペとは言え、それはいくらなんでもひどすぎる。
そんな私の気持ち知ってか知らずか、先輩は私の目元に手をやり、眼鏡を外した。
「ほら、外したほうが小花さんの良さがいきる」
「な、なんですかッ!」
これは再犯。執行猶予も終わらぬうちに、また悪に手を染めてしまったようだ。砂川先輩はスペ犯罪の常習犯ですね。
それにしても、またもや裏切り行為。展開をどれだけ裏切れば気が済むんだ? なにくそこのやろー。
「僕は他人の眼鏡選びは未体験なんだけれど、大体わかってきたよ。顔の形も眼鏡の形状も重要かもしれないけれど、相手のイメージも大切なんだ。個性や良さを活かすも殺すも眼鏡一つでできてしまう」
「そ、そうですね」
「ああ、だから小花さんは僕のイメージをしっかり持って眼鏡を選んでくれ」
いやいや、なんでハードル上げるかな。
断然選びにくくなったわ。
「え、あ、はあ、まあ、がんばります」
なんかもう調子が狂いっぱなしなので、ここからはちゃん選ぶことにしよう。もう似合わない眼鏡をかけてふざけたりするのはやめておこう。
再び眼鏡の説明文に目を通す。
最初にかけた細いフレームの眼鏡の形状はボストン型というらしい。太いフレームだったらボストン型でもいいのかな? もちろん細いフレームは砂川先輩は自分には似合わないと拒否したので選ばない。色は派手じゃない方がいいと言っていたから、それもちゃんと聞き入れないとな。
「先輩、これはどうですか?」
ふらふらと眼鏡を見ていた先輩に声をかけ、私なりにちゃんと考えた眼鏡をわたした。
「べっ甲柄のウェリントン型か」
先輩が装着してこちらを見て、「どうだ?」と言いながらくいっと眼鏡を上げた。
「似合ってます」
「そうか。レンズも大きすぎないし悪くない」
「それじゃあ私、ちゃんといいの選べてました?」
「ああ、気に入った。これを買おう」
「やったー」
なんだか嬉しい。別にZoffからマージンがもらえるわけではないけれど、売ってやったぜっていう気持ちがある。
先輩は二つの眼鏡を持ってカウンターに移動した。
そして視力検査が始まる。
すぐに終わるとのことだったけれど、検査をする先輩を少し見ていた。
検査機械にあごを乗せて、目を開けてたら突然プスッと空気が出てきて、驚いてビクッとしちゃう砂川先輩が見れたので満足した。
その後は店内の眼鏡を見て待っていた。
しばらくすると検査を終えた先輩が「待たせた」と言って戻ってきた。
「お疲れさまです」
「ああ。出来上がりまでは三十分くらいらしい。それじゃあ小花さんの買い物でもしようか」
「そうですね。そうしましょう」
私は、細いフレームのボストン型の眼鏡を置いて、砂川先輩とお店を出た。




