第十二話 スペ先輩と勝利したい
本日が小平中央高校一学期期末テストの初日。
今まで先輩の指導の下でしっかり勉強をしてきた。それを信じてテストに挑むだけだ。それなりに自信もある。
テスト三日前のスペ派勉強特別メニューの散歩特訓の途中で本屋に寄って、砂川先輩に問題集を選んでもらった。
それからは図書館にしろ先輩の家にしろ自習が中心になった。
先輩から私専用の自習プランを作ってもらっているので、それ沿ってやればいいだけだった。
わからないところがあれば質問をするけれど、基本会話は休憩時間のみ。勉強だから仕方がないとしても、その休憩時間の会話が勉強のことばかりで少し悲しかった。
それに先輩に解説したのが楽しかったから、勉強をしながら、どう説明したらいいかなんて考えてしまっていた。自習でありながら、誰かと勉強をしている体で取り組んでいた。
だから昨日の水曜日、先輩から「今日は解説をしてみてくれ」と言われたときは嬉しかった。
国語の現代文や評論の読み方、数学の公式、英語の文法、理科の法則、社会の環境問題なんかを、待ってましたと説明した。
先輩は私の解説を聞いて、「問題ない、自信を持ってテストに挑め」と言ってくれた。
勉強が楽しいと少しくらいは思うようになれたと思う。
今日はいつもより早く登校して、今日のテスト科目の最後の仕上げをしている。今までそんなことをしていなかったのに。
続々と「おはよう」とクラスメイト達が登校してくる。
「小花、おはよう。ってなんか勉強してるっぽいじゃん」
無印良品で買ったルーズリーフを眺める私を見てみーちゃんが言った。
「いや、実際に勉強してるの」
「小花が勉強とか、なんかウケるんだけど」
「私って勉強するだけでウケ取れるの?」
みーちゃんに私はどう映っていたのだろうか。
「なんかスぺの影響モロ受けてんじゃん」
「うーん、まあ、教えてもらってたからね。それは否定できないかも」
「なんかいいんじゃん?」
みーちゃんはそう言うと笑って席に戻っていった。
「え、どういうこと?」
私の声は届かなかったようだ。何がいいのだろうか?
そんなやりとりの後、登校時間ぎりぎりになって教室に入ってきたのが新だった。
いつもだったらもうちょっと余裕を持って登校していて、私たちとあーだこーだやりとりをしているのだけれど、今日はバタバタとしている。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、朝のホームルームが始まる。
担任の高田先生が連絡事項を話し始める。その間も私はノートの読み込みを止めない。
こんなに勉強が好きだったのかな? というよりテニス部に入るのが嫌なだけだろう。
先生がほにょほにょと説明を終えるとテストの時間が迫ってくる。
クラスメイトは「勉強した?」とか「全然やってない」とか話をしている。勉強全然やってない、とか言いつつ、右手の小指のところが鉛筆の黒炭で黒くなっている。
めちゃくちゃ勉強してんじゃん。っていけないいけない。集中しなくちゃ。
気を取り直してもう一度ルーズリーフに目を落としたとき、スマホが揺れた。
確認すると、砂川先輩からのメッセージだった。
――気張らずに、いつも通り挑めば、大丈夫だ。
たしかに、気張っていたかもしれない。少し焦っていると思う。
肩の力がすっと抜けた。
――ありがとうございます。自分と先輩を信じて挑みます。
そう返信すると、チャイムが鳴ってテストの時間になった。
スペ派対ウル派の試合が始まった。
□◇■◆
長いようで短かったテスト週間が終わった。
いや、そんなことないか。やっぱりいつも通りだったかな。特筆することなしって感じ。
強いて言うなら、ウル派の新は、テスト週間の毎日、放課後になると私たちの教室にやってくるケレン先輩に連れられていたことだろうか。
おそらくウル派成績アップコースのプログラムを受けていたのだろう。内容は知らないけれど、やつれていく新を見ていると相当しんどいのだろうと予想できる。
それに毎日ぎりぎりに登校するので話をすることが出来なかった。手ごたえは感じているのだろうか。
ちなみに私たちスぺ派は自習を続けた。スぺ派というのは便宜上だ。私は認めたつもりはない。
でも確実に学力はついていると感じている。今までのテストとは違うとなんとなく思える。
自習ということは、サボることもできる。でも先輩は、勉強をしたかどうか、私に聞かない。
それは勉強をしなかった場合、将来に響くのは私だからだと言っていた。砂川先輩には大きな影響がないから、勉強をしなくても怒ったり焦らせたりしないらしい。
なるほど、と思ったけれど、影響がないこともない。私の成績が悪かったら、テニス部に入部することになってしまう。入ってもいいと思っているのだろうか。
でも先輩のことを考えると、そういうことで私に勉強をするように促しているようにも思える。
なんにせよ、勉強に楽しさを見いだせてきているので、自習をサボることはしなかった。
「先輩、お疲れさまでした」
放課後、校舎の前で先輩と合流する。
みーちゃんはテスト週間で彼氏ができたのか、彼氏になりそうな人ができたのか、「なんかデート行ってくるー」とか言って楽しそうに帰っていった。
私も放課後に素敵な男の人と一緒に帰ったり、出かけたりしたいなって思った。
「ああ、小花さん。お疲れさま」
二人並んで歩き出す。
「そういえば、新が逃げるように部活に行きましたよ」
「テストが終わったのだから部活も再開か。相当ケレンの勉強法が辛かったのだろう」
「そんな感じがしますね」
「ああ。まあ僕達もテストが帰ってくるまでは勉強を忘れよう。メリハリは大事だ」
先輩が鼻の高さの合わない中学校時代の眼鏡をくいっと上げて言った。
「じゃあ今度の土曜日、買い物にでも行きましょうよ」
今日は水曜日。テストが全て返ってくるのは来週になる。
「いいだろう。その日は空いている。何を買いたい?」
「先輩の眼鏡です」
「ああ、そうだったな」
忘れていたのだろうか。
「その日は空いているって言いましたけど、空いてないことってあるんですか?」
部活もバイトもしていないのだから、大体空いているだろう。
「うん。後輩に勉強を教えていると親に話したら、近所の中学生の面倒を見ることになった。いくらかもらえるからアルバイトみたいなものだ」
なるほど。そんなことになっていたのか。
「先輩教えるの上手いから合っていると思いますよ」
「そうか? ありがとう」
「いえいえ」
そんな話をしながら電車に乗った。
□◇■◆
ケレン先輩からテストが全て返ってくるまで点数を確認し合うのは禁止だと、言われていたので今日の今日まで私と新の点差がどれくらいなのか、砂川先輩とケレン先輩のどちらが勝ったのか、全く知らなかった。
でも自分の点数はわかっている。今までより伸びているのが数値になってわかっている。
今日はテストが終わって次の月曜日。一年生も二年生もどちらもすべての教科が返ってきた。
放課後、私と新のクラスに先輩二人がやってきて、結果発表をすることになった。
「まあ僕が勝つに決まっているがな」
新しく買ったべっ甲の眼鏡を中指でくいっと上げて砂川先輩が言う。
「ふんっ。私の方が点数が高いに決まっているわ」
「それはありえない。さらに小花さんの点数も僕の教え方によって格段に上がっているはずだ」
「のんびりなスぺ派の点数が伸びているわけないじゃない。勝つのは私と新さんのウル派に決まっているわ」
合流して早々にばちばちやり合っている二人。逆に仲が良く見える。
「あ、あのどうやって確認しますか?」
私は二人のやり取りを割いて、話しを進めた。
砂川先輩の提案で、国数英理社の順番に、せーので答案用紙を見せることになった。
まずは、テニス部入部を賭けた、私と新の一年生対決から。
私としては自信がある。帰ってきた答案用紙の点数を見て、今までより上がっていたからだ。
新がどうだったかはわからない。新は伏し目がちで今にも泣きそうな顔をしている。
砂川先輩が「せーの」と言って国語の答案用紙を表にした。
私は八十九点。新は七十一点。ここは私の勝ち。合計点勝負だから、ここで十点以上差をつけたのも大きい。
次の数学も私が十点以上差をつけて勝ち。
ケレン先輩の表情も硬くなる。
その次の英語も理科も同じような結果。もうこの時点で私の完全勝利が見えている。
新の点数は前の中間テストのことから少し上がったくらいで、私みたいな劇的な学力アップにはなっていない。
最後の社会の答案用紙を表にすると案の定、私と新の点差は十点以上。この差は伸び幅の差と言っていい。
「ちょっと新さん? どういうこと?」
少し激しい口調でケレン先輩が新に詰め寄る。
「す、すみません……」
「ウル派成績アップメニューのプログラムから帰った後、家でちゃんと勉強したのかしら?」
「あ、いや、あの、その……」
しどろもどろする新。
「狭山さんは悪くない。これはケレンの指導の問題だ」
砂川先輩が新のフォローをする。
「私の指導の問題?」
心外だ、と言わんばかりのケレン先輩。
「抑え込むように勉強をしていたら、反動で帰ってから勉強をしなくなるのは目に見えている」
「のんびりしていたスぺ派が何をわかったように言うのよ」
「勉強を教えるというのは知識をたたき込むことではない」
砂川先輩はケレン先輩と新にスぺメソッドの神髄を話した。
「悔しいけど、そうね、その考えはなかったわ。新さん、ごめんなさい」
素直に間違いを認めて謝れるのは、やはり優秀な人だからだろう。
「い、いえ。私こそ申し訳なかったっす」
新も頭を下げて謝っている。
「それじゃあ。スぺ派対ウル派の一年生対決及びスぺウル指導対決はスぺ派の勝利ということだな」
砂川先輩がこぶしと勝利を握り締めている。
いつ指導対決になっていたのだろうか。そして二人の先輩を総称してスぺウルということも初めて知った。
「そうね。認めるほかないわ。でも本当の対決はここからよ」
「そうだな。それじゃあ小花さん、合図をよろしく」
急に話を振られる。
「え、あ、はい。それじゃあいいですか?」
スぺウルが頷いたので私は「せーの」の合図を出す。
国語の答案用紙を表にひっくり返すスぺウル。
砂川先輩が九十七点で、ケレン先輩が九十五点。わずかな差だが砂川先輩の勝ち。ハイレベルな戦いだ。
「僕の勝ちだ」
「二点なんてすぐに取り返せるわ」
勝ちが多くても関係ない。これは総合点数の勝負なので、四科目で勝っていても一科目の点数が著しく低ければ負けとなる。
次は数学の答案用紙を私の合図で表にする。
砂川先輩が九十八点で、ケレン先輩が九十二点。
「ここは負けられないからな」
「許容範囲内よ」
砂川先輩の得意科目であり、ケレン先輩の苦手科目である。苦手科目で九十二点はすごすぎるだろう。
今のところ八点差で砂川先輩がリードしている。
砂川先輩の得意科目の数学の次は、ケレン先輩の得意科目の英語だ。
私が「せーの」と言うと、ケレン先輩は自信ありげに答案用紙をひっくり返した。
砂川先輩が九十一点に対して、ケレン先輩は九十九点。
「惜しかったな」
「そうね。これは悔しかったわ」
トップ同士の戦いは罵り合いだけではないようだ。
しかしこれで点差はプラスマイナスゼロとなった。
次の理科は砂川先輩の得意科目。ここで点差を広げたいところ。
私が「せーの」を言おうと思ったら、新が「せーの」と言った。やりたかったようだ。
スぺウルは動じることなく理科の答案用紙を表にする。
砂川先輩は九十八点で、ケレン先輩は九十六点。
「ほう。点数を伸ばしてきたな」
「今回はここで勝負をかけたわ」
ケレン先輩も戦略的にテスト勉強を組み立てていたようだ。
残す科目は社会のみ。二点差で砂川先輩が勝っているけれど、次の社会で点差がひっくり返ることは十分にあり得る。
「ファイトっす! ウル先輩!」
新がエールを送る。
「ありがとう、狭山さん。私が勝つわ」
ケレン先輩は余裕な表情。
「砂川先輩、信じてます」
私も一応エールを送っておく。
「ああ、信じていろ」
砂川先輩も自信満々な表情。
「それじゃあいきますよ? せーの!」
私の「せーの」の声が力んで大きくなる。
勢いよく捲られる二人の社会の答案用紙。
点数は、砂川先輩が九十七点、ケレン先輩が九十八点。
一点差で社会は砂川先輩の負け。でも総合点では一点砂川先輩の方が上回っている。
「僕の勝ちだ」
「くーっ!」
自分の両腕を掴み悔しそうにしているケレン先輩。なんだか可愛くて美しい。
「結構健闘したほうじゃないか?」
「健闘って、一点差じゃない」
「一点差でも勝ちは勝ちだ」
「そうね。それは否定できないわ」
「それじゃあ僕を勧誘するのはこれで終わりだ」
砂川先輩がそう言うと、ケレン先輩はふーっと息を吐いて髪をかき上げた。
「わかったわ。約束は守るわ」
ケレン先輩が砂川先輩に握手を求める。
「お疲れ、ケレン」
「ええ、ありがとう砂川君」
かたく手を握るスぺウル。
「はーい、じゃあこれで試合終了でーす」
勝負は終わったし、これ以上ここでくっちゃべっても時間の無駄だと思ったので、私は二人の手を取って引き離した。
「生徒会の件はとりあえず諦めるけれど、テストの勝負は終わらないから覚悟しておきなさい」
「いつでも受けて立とう」
「相変わらず強気ね。まあいいわ。それじゃあ行くわよ、新さん」
「は、はい! ウル先輩! じゃあね小花ちゃん、スぺさん」
そう言ってウル派の二人は教室を出て行った。
「それじゃあ僕たちも帰るか」
「そうですね」
答案用紙を鞄に入れると、教室を出た。
「小花さんも頑張ったな」
「先輩のおかげで勉強の仕方がわかったような気がします」
階段を下りながら話をする。
「わからない方がおかしい」
「そんなことはないですよ」
ロッカーでローファーに履き替える。
先輩の方が早く終わっていたようで、校舎の扉の所で私の選んだ眼鏡を拭きながら待っていた。
「お待たせしました」
「いや、そんなに時間は経っていない」
「そうですね」
「ああ」
校舎を背に二人並んで歩き出す。
学校の門を抜けたところで砂川先輩が「小花さん」と言って珍しく話を切り出した。
「おつかれさま会でもして祝杯をあげようか」
「いいですね。それやりましょう」
今思えば砂川先輩と寄り道は今までしたことがない。
「それじゃあ清瀬の図書館でいいか?」
「いいわけないでしょ! サイゼですよ! 高校生はサイゼリヤです!」
図書館で祝杯をどうあげようとしていたのだろうか。少し興味を持ってしまった。でもだめだ。絶対にサイゼリヤだ。
「秋津駅のところにサイゼリヤがあるので、そこにしましょう」
「わかった。サイゼリヤは初めて行く」
「え、珍しい」
「そうなのか?」
「そうですよ」
サイゼリヤの素晴らしさについて砂川先輩に解説しながら秋津に向かった。
□◇■◆
翌日の昼休み。
いつものように教室の隅でみーちゃんと新とお弁当を広げていた。
楽しくおしゃべりしながら周りのクラスメイトもご飯を食べていた。
しかし一瞬で空気が変わった。
教室の扉が開かれ、現れたのはケレン先輩だった。
「ウ、ウル先輩!?」
新は自然と背筋が伸びている。
モデルウォークで私たちのところまでやってくる。
「ふふふ。安心して新さん。ウルプログラムはもう終わったわ」
それを聞いてほっと胸を撫でおろす新。
「そ、それじゃあ、どうしたのですか?」
私がそう聞くとケレン先輩は左手を腰に当て、右手で私を指さした。
「小花さん! あなた、生徒会に入りなさい!」
「え!? 私ですか!?」
突然の宣告に私の目はかなり見開いていただろう。
「そうよ。今回の対決であなたのポテンシャルがわかったわ。生徒会に入って一緒に学校を良くしましょう」
「い、いやあ、そういうのはちょっと……」
全然入りたくない。学校を良くするとかそういうのは、私はまったくもって興味がない。
「新さん、あなたもテニス部に誘いなさい?」
「え、小花ちゃんをっすか?」
別にいらないけどなぁみたいな態度をしている新。
だからそれはそれでショックだから。
「そうよ。そうすれば、砂川君が一緒になって入る可能性もあるわよ」
「なるほど! そういうことっすか! さっすがウル先輩っすね!」
「まあね」
「小花ちゃん! テニス部に入ろう!」
「そんなの嫌だわッ!」
今、目の前で不純な動機をしっかり聞かされたのに誘いに乗るわけがないだろう。
「まあいいわ。今日は私が小花さんを生徒会に入れたいと思っていることが伝わればそれでいいわ」
ケレン先輩は「また来るわね」と付け足して教室を出て行った。
一瞬の出来事だったけれど、まるで嵐のようだった。
「なんかめっちゃウケるんだけど。マジ何なの。なんか訳わかんないんだけど」
みーちゃんがお弁当の唐揚げを食べながら笑っている。
いや、ほんと訳わかんないんだけど。マジで訳わかんないんだけど。
問題が解決したと思ったら、また面倒なことが起きてしまったようだ。




