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修学旅行の夜

作者: さいたまの主

 修学旅行の醍醐味は広い露天風呂だと思う。そう考えながら、露天風呂から上がった私が部屋に戻ろうとしていると奇妙なことが起こった。部屋に戻るには大ホールからエレベーターに乗る必要があるのだが、ホールがあった場所にエレベーターがないのだ。

夢でも見ているのかと思っていると、奥にゲームセンターが見える。あそこにでも行ってみるかと周りの同級生に話しかけると返事がなく、振り返ってみると誰もいなくなった暗い大ホールがあるだけだった。

誰もいない大ホールを見ていると、その闇に吸い込まれそうな、あるいは自分が広がってそのホールと一体化してしまうような、何とも言えない無機質な怖さを感じたので、自分ひとりでゲームセンターの方へ歩いていくと、なんだか楽しい気分になってきた。

小学生の頃、500円を握りしめ夏祭りに行った時の気分に似ているなと一人で考えながら、所狭しと並ぶUFOキャッチャーやメダルゲーム機の間を練り歩いていたら、この部屋と認識していたものは実は通路であって、ガラスでできた空中回廊の中に今いることが理解できた。試しに外を覗いてみるとはるか下にマンハッタンの摩天楼が見えた、どうやら自分は知らず知らずのうちにとても高いところに来てしまったようである。

しばらく外を眺めていると、

ピシッ!

という音とともに自分の足元のガラスに亀裂が入った。蛇ににらまれた蛙というとおかしいかもしれないが、いざ自分に死の危険が迫ってくると人はその場から動けなくなるもので、どうしたものかと考えているとその切れ目の模様が中華店にある回転テーブルに見えてきた。

そういえばうどんはもともと中国からもたらされた食べ物だし、てんぷらはポルトガル料理だ、一方コース料理というシステムはフランスではなくロシアが考案したものだし、中華店によくある回転テーブルは横浜で作られたものだ、そうかこれがグローバル化の波というものか、と感動していると、足元のガラスのヒビは空中に広がり360度から迫ってきた。それらのヒビが近づいてくるのをよく見ていると、そのヒビの一つ一つが意志を持って動き出し、つながり、色を出し、深さをもち、どこからともなくにおいが充満した。

ヒビが私を十分に覆いつくしたのか、はたまた私自体がそのヒビになったのか、私は天井から私を見下ろしていた。椅子に座った私は私の意志など無関係に勝手に動き、だれもいない空間に対して楽しそうに談笑している。正直私は麻婆豆腐が食べたかったのだが、もう一人の私は麻辣タンメンを注文した。

なんてことだ!よりによって麺類を頼むなんて。たしか近年訪日外国人の間でヌードルハラスメントなるものが流行っているというのに、どうやって私は音を立てずに麺を食べればいいんだ。そう葛藤していると女中さんがやってきて、

「もう麺類の提供はしてないんです。」

と一言いい、麻婆豆腐を置いて帰っていった。私が自分の食べたかったものが来たことを喜んでいると、天井の私と椅子に座っている私が入れ替わり、麻婆豆腐が食べれるようになった。

椅子に座ってみると天井と一体化していた時には見えなかった人たちが見えるようになった。彼らはみなのっぺらぼうで、どこから声を出すのか気にはなったが、なるほどさっき私が談笑していた相手はこの人達だったのかと思うとそんな些細なことはどうでもよくなった。麻婆豆腐を食べようとすると、豆腐ではなく畳が入っていたので、先ほどの女中さんに新品の畳に交換してもらおうとあたりを見渡していると、

「部屋に帰るなら後ろの階段を上るんだよ」

とのっぺらぼうが言った。正直今は部屋に帰ることなんてどうでもよかったが、部屋に新品の畳をデリバリーしてもらえば万事は解決するのかと考え、後ろにあった階段を上った。途中天井から視線を感じたが、無視して私は部屋に帰った。

部屋に帰ると最新式の床掛け時計があった。時刻はまだ午後9時だ、修学旅行の夜は長い。

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