第153話 回避
「朝未様。これは、すごいですね。馬の反応も軽く、疲れ知らずですし、振動もない。まるで雲を踏んでいるようです。ですが、魔力は大丈夫なのですか？」
ミーガンさんの馬車にフロートの魔法を掛けて移動しているのだけど、予想通り他の商人の馬車に比べてかなり速い。ちょっとだけ浮力を付けて軽くしているんだから当たり前よね。完全に浮かすこともできるけど、それは瑶さんにブレーキが使えなくなるのは危ないって言われて止められた。
そしてあたし達は、その速い馬車の横を軽く走っている。護衛だもの馬車に乗って移動するわけにはいかない。
そんな、あたし達に後ろから追い付いてきた人が１人。
「おーい、待ってくれ」
それは、マシューさんだった。さすがに、速くなったと言っても馬車。4級ハンターなら追い付くのは難しくないみたい。でも、護衛対象の馬車はいいのかしらね。でも、あたしに声を掛けられても困るのよね。瑶さんに視線を向けると苦笑しつつ場所を代わってくれた。
「何か？あなたの護衛対象は向こうでしょう」
「わかっている。俺たち依頼主からの提案だ」
「提案？」
あ、瑶さんもさすがに面倒くさそうな顔ね。
「そうだ。一緒にキャラバンを組んで護衛戦力を増やした方が安全性が高くなる。一緒にいかないか？ということだ」
瑶さんは、ため息をつくと面倒くさそうに口を開いた。
「私達は、戦力増強するより危険地帯を早く抜ける方が安全だと判断しています。それに大所帯なほうが魔物に狙われやすいでしょう。そもそも、私達は戦力は十分足りています。補強をする必要がありません」
「何を言っている。先の襲撃は小規模で、襲ってきたのも下位のアンデッドばかりだったが、あんな程度じゃないアンデッドの群れも報告されているんだぞ」
「私達は大丈夫ですよ。トランまでの護衛も私達暁影のそら1パーティーだけでこなしましたし」
「こなしたと言っても所詮はゾンビやスケルトン、せいぜいグールやスケルトンナイト程度だろう。情報ではヴァンパイアが出たって話もあるんだぞ」
「ヴァンパイアですか？私達は大丈夫ですよ。ちゃんと撃退しますから。それより、護衛対象からこんなに離れていいんですか？もう見えなくなりそうですよ」
「ちっ、ピンチになって泣きついても知らねえからな」
瑶さんとマシューさんが、そんなやり取りをしているところに、あたしの探知魔法に反応があった。
「瑶さん。あそこを……」
探知魔法を知られたくないので、目視で見つけたフリをして指さす。
「ミーガンさん。右前方、魔物の群れが居ます。今なら少し加速すれば逃げられそうです」
そしてミーガンさんにも状況を伝えた。
「な、あれが魔物？なぜわかる？」
マシューさんには、わからないみたいね。1キロ以上あるもの普通は分からないわよね。
「彼女の言葉を信じるかどうかは、あなたの自由ですが、本当に魔物だった場合そちらの護衛対象は逃げられるんでしょうか。護衛に戻らなくていいんですか？」
瑶さんの言葉に、マシューさんは一瞬躊躇したような表情を見せたけど、悔し気にしつつも踵を返し戻っていった。さすがにこのあたりはプロってことね。
「瑶さん、大丈夫でしょうか？」
「うん？大丈夫だと思うよ。4級ハンターともなれば経験を積んでいるだろうから。突然襲われるとかならともかく、魔物の群れが見えているんだから、無駄に戦わないでやり過ごすんじゃないかな」
あたしとしては、マシューさんと関わりたくないだけで、あの商人さんが襲われることを望んでいるわけではないんだけど……。そんなあたしの様子を見て瑶さんは苦笑しつつ付け加えてきた。
「朝未、私達の受けた依頼はミーガンさんの護衛だよ。ミーガンさんにリスクが無いなら助けるのも否定はしないけど、今回の件は、明らかに助けに行くとミーガンさんにリスクが増えるからね」
「う、そうですね。うん、あたし達はミーガンさんの護衛。ミーガンさんの安全が第一です。割り切ります」
「割り切るというより、何度も言うようだけど、あのマシューってハンター、あれでも4級だからね。心配することないと思うよ」
「わかりました。気にしないようにします」
ミーガンさんとマルティナさんがあたし達の様子をうかがっていたので、合図をした。
「ミーガンさん。馬にも補助魔法を掛けます。急いで危険地帯を抜けましょう」
追加でマナセンスを魔力で拡大して探知を行う。
魔物の群れはまだこちらに気付いていないわね。スピードを上げて通過すれば、接触せずに抜けられそう。後方の商人の馬車の動きも確認。うん、戻っていく。距離を置いてやり過ごすつもりみたいね。
あたしは、ホッと安堵のため息をついて足を速めた。
