あぁ? 何が今更遅いだ殺すぞボケが
「ーー。あぁ。最高になめてんなこれは」
グシャリと紙を握りつぶしてその辺に捨てる。その様子に、立っていた数人の男女がビクリと肩を震わせて怯えていた。
「おまえらさぁ、なんでパーティメンバーが抜けるって報告しなかったの? 曲がりなりにもお前らのメンバーだったじゃん? なんで?」
「…………」
「そりゃあさ中には合わない奴だっているし、能力の低い奴もいるさ。でもさ、それを決めて抜けさせるのはお前らじゃねぇんだわ、ギルマスの俺なんだわ。言ってること分かるよな?」
不機嫌そうにしかめた面のまま椅子に座ったままの男は目の前のギルドメンバーにそう告げる。
ひと月前、事もあろうにこの目の前にいるギルドメンバーは許可も取らずに勝手に無断でメンバーの一人を辞めさせて追放したとか。由々しき事態だ。確かに発見できなかったこちらにも非がある。100組以上のパーティメンバーからひっきりなしに討伐やらの報告書が上がってくることや、経理等で見る暇がなかったとはいえ、んなことは経営者としては言ってられねぇ。
でもさぁ、まさかこんな馬鹿な真似をする奴がいるなんて、それもA級パーティメンバーだって思いたくねぇわな。
「ーーっ、で」
リーダーの男が何やら言おうとしたのを俺は魔法を使って物理的に止める。
とんっ、と人差し指で机を軽く叩く。それただけでリーダーの男は床に叩きつけられる。
「言い訳なんて聞きたくないし謝罪の言葉なんていらねぇんだわ。これから起こる追加の書類、お前らが勝手にやったことの後始末、追放してどこにいるかも知れねぇ奴の捜索、それから事後処理等誰がすると思ってんの、俺だよ? ギルマスの俺がやらなきゃいけないんだわ」
「お前らが初めに言ってくれりゃ再考の余地はあったよ? 国を守る騎士団と違って俺ら冒険者ギルドは国周辺の魔物とか面倒ごとをやってくれる貴重な人材で、命も食い扶持稼ぐのも自己責任だ。でもひとりだって貴重なんだよ? それをてめぇらはなんの権限があってその貴重な一人をどっかにやったわけ?」
痛いくらいの沈黙が続く。それを破ったのはやはりギルドマスターだった。
「しかも、いなくなったのは貴重な『スキル持ち』と来たもんだ……もう笑えるわ、言わなかったけか俺、スキル持ちは貴重だからって、あとからスキルが変化するって、その持ち主に最適なスキルになるって?」
とん、とまた人差し指で机を軽く叩く。今度は残りの全員が床に叩きつけられた。
「分かんねえみてぇだから体で覚えさせてやるわ。その方が良いだろ? じゃやるかーー」
ギッ、と椅子から立ち上がる。そしてパリンと何かを握りつぶした時、この場にいた全員は荒野にいた。
「俺の持ってたスキルも最初はクソでなぁ……前は『草むすび』てんで、草原の場所でしか使えないうえに足を引っ掛けて転ばせるのがせいぜいだったんだよ」
眼前に広がる光景にただ慄く。
「ーーそれが今じゃ『偽現実世界』なんて相手を偽りの世界に閉じ込められるスキルにまでなってんだ。すげぇよなぁおい?」
目の前にいる男女たちは何も言わずにただ震えていた。
「おまえらE級に降格な。あとしばらく休業だ、世間に説明するのにお前らが仕事してたら色々とダメなんだわーーというわけで、ボコられてくれや」
ポキポキと関節を鳴らすギルドマスター。それを見てただでさえ真っ青だった顔をより真っ青にさせたのは言わずもがなだった。
ーーのち、男女関係なくボコられて降格、一ヶ月の療養が施されたのはいうまでも無いだろう。
「ーーようやく見つけたぜ、手間かけさせやがってよ」
昼下がり、国の境界付近の小さな森の中でようやく目的の人物を見つけたギルマス。
「ーーんお、なんだそのガキ。奴隷か亡命者か」
かつてのメンバーだった男ーーたしかグランツだったか、少し小汚い格好であったがそこそこ場数をこなしてきた気配はあった。そしてその横には一人の簡素な服を着ている少女がいた。
「……ギルドマスター」
「よう、お前さんのことは申し訳なかったと思ってるぜ、まずは話をしようや。俺はそのために来たんだ」
「……いやだ。俺はもうあんなパーティメンバーにもアンタのギルドにもいたくない」
「言うだけタダだ。話は聞くぜ、なんなら愚痴も鬱憤もーー」
「話すことなんて何も無い! ーーもう遅いんだよっ!」
ゴウッ! と上級火魔法を放ってくるグランツ。あー、頭に血が上ってんのかキレてんのか話ができねえ。穏便に済まそうと思ってたんだけどなぁ。
内心で色々考えつつ、避けながら懐から葉巻を取り出し、吸い口を切ってから火魔法で火をつけて、吸う。考え事をどう処理しようか考える時に葉巻を吸う、ギルマスの癖になっている行為であるがそれを知らないグランツたちはおちょくられていると勘違いするのも当然である。
「っ。バカにしやがって! リラ!」
「! うん!」
魔法攻撃がグランツ、肉弾戦がリラと呼ばれた少女が担当しているようだ。どちらもそこそこといったところでギルマスはただ避けるだけで簡単にかわしている。感想は磨けばいいところまでいくだろうといった感じだろうーーこのままではだが。
「ーーやるぞ、リラッ!」
「うん!!」
グランツはともかくリラまで『スキル持ち』だった。しかも両方とも最適化されている。面倒な、と内心で毒づく。
火、水、雷、土、風の初球から最上級の属性全てを操り、同時に行使することができるスキル『五行魔法』。
全身に魔力をいきわたらせ身体能力、攻撃力、防御力を爆発的に上げた『心技体』。
咄嗟に『偽現実世界』を使い俺もろとも別世界に隔離する。
瞬間、視界が明滅し顎をかち上げられ空に打ち上げられた。強引に視点を二人のいた場所に戻すとリラが目の前にいた。
「ーーっ!」
「ふっ!」
捉えることもできないような攻撃のラッシュ。子供の体格からは考えられない力が全身を殴打しそのままあまりある威力のまま地面へと激突した。
ギルマスに隙をあたえさせないとばかりにグランツはスキルを行使させる。視界いっぱいに広がる火、水、雷、土、風の色とりどりの最上級魔法がギルマスのいた場所に直撃する。
一瞬、音が消え、爆音が『偽現実世界』に響き渡り世界にノイズが走った。
「……やったか?」
「。わかんない、けど油断、しないで」
大地が深々と抉れ、土煙がもうもうとたち広がる中、二人はギルマスがいるであろう場所を気を抜かず土煙が晴れるまで見続けていた。
「ーーっ!?」
「ーーウソ!?」
そこにはギルマスが、たしかに服などは破れて肌に土や汚れが付いていたが、ぐずぐずになった葉巻をくわえてしっかりと大地に立っていた。
「ーーあぁ? 何が今更遅いだ殺すぞボケが」
葉巻を吐き捨て二人を睨む。その圧にグランツとリラは気圧される。
ーーやられる前にギルマスは考えた。何故説得しに来たのに殴られなければいけないのか。そして思った。
ボコして動けなくしてから話をしよう。
そう考えてから自重をやめた。
「おいグランツに小娘……たしかリラだったか? 最適化した『スキル持ち』でどっちもなかなかいいスキルじゃねぇか」
ゆらりと二人に向かって歩き続ける。その身体はおかしなことに傷もついた汚れも服の破けも直っていた。
「ヤル気があんのはいいことだ。話し合いで解決しようとおもったが……無しだ。ボコしてからゆっくりと話し合おうや。
なに、もとはパーティメンバーのせいだからな、お前に有利な話し合いだ」
ただまあ、とギルマスは言葉を区切る。
「話も聞かずスキル使って無抵抗に近いやつ攻撃したんだ。俺じゃ無かったら死んでるからな。そのへんの責任と俺の憂さ晴らしにはなってくれや」
「バカな! 俺の魔法も、リラの攻撃もたしかに直撃したはずだ! なのになんで生きてる! ーーいや、なんで直ってるんだ!?」
絶叫に近い声でグランツが叫ぶ。いいね、久しぶりに使うんだそれくらい教えてやるよとギルマスは口を開く。
「ーーいいぜ、教えてやるよ。俺のスキルは『偽現実世界』ってのは俺のことを知ってるやつならみんな知ってるはずだよな?」
二人は無言を貫く。ギルマスは構わずに続ける。
「なんで俺が冒険者ギルドでギルマスなんてしてるのか? まぁ単純な話、責務と強さもあるーー何よりも前線に立って食い止められるだけの力を持っていて、有事の際に王国の力になれるような奴がギルマスやってんだ。そんな奴が普通なわけねぇよなぁ?」
「ーー!? まさか、もう一つスキルをっ!?」
リラが目を剥いて驚愕をあらわにする。
世にも貴重な二つの『スキル持ち』。しかも両方とも最適化するとなるとそれだけで国で保護されるほど貴重な存在である。
「そんなわけだ。まぁ知ってるやつは少ねぇよ。さてーー」
ギルマスのもう一つの最適化されたスキルーーどんな攻撃や状態異常を受けても自身が設定した時の状態に戻す、場合によっては受けた攻撃、状態異常を全てを返すことのできる『全一・一全』。
「くっ」
「っ!」
「そんなわけだ。往生しろや」
それから二人がボコられのに時間はかからなかった。
ーー二人の処遇は比較的軽かった。元々前のギルドメンバーの起こしたこととあって、そことはパーティを抜けて新しくリラと組むこととなった。そのリラは孤児だったためギルドに入るための訓練等々を受けるためにグランツから出費させ、グランツもE級から始めなければならず、リラが訓練を受けている間は討伐クエストは禁止、低ランククエストなら受注可ということになった。
「ーーはぁ、疲れたわ。方々に頭下げてくんのも楽じゃねぇしストレス溜まるわ。
悪いなアマルダ、俺が抜けてる間仕事任せて」
「何、いつも私とキミとでやっていることじゃないか。一日二日くらいなら大丈夫さ」
ふふん、とどこか得意げな顔をしてギルマスを見るーーアマルダと呼ばれた女性は豊満な胸の前で腕を組む。
「そう言っても寝てねぇんだろ、目元に隈ができてるじゃねぇか」
近付いて目元を優しくなぞるように触る。それを軽く手で払うとアマルダはギルマスにいたずらげに告げる。
「ーーおや、そうなのかい? なにぶん見る暇が無いくらいに多忙だったものでね」
「…………埋め合わせは何がいい、休暇か? 金か? ものか?」
「ふふん。何ならは休暇とそれに付き合ってくれたまえよ。先日引っ越してね、色々と手伝って欲しいのさ」
「分かったいつがいい? それくらいなら問題ねぇ」
「ーー今からでもいいが明日からで頼むよ。なんなら余った時間でデートでもするかい?」
「阿保が。三十になりかけのやつじゃなくもっと若くて気品のあるやつを捕まえろよ。俺はダメだろ」
「…………ニブチンが」
「何か言ったか?」
何でもないさとどこかアマルダは不機嫌そうに言ってデスクに向かう。
どこか釈然としないまま俺もデスクに座り葉巻をくわえて吸う。さぁ、今日も事務仕事だ。
そして明日のために仕事を前倒しで終わらせなければならない。
どうしても明日出るものは明日済ませるしかない。そこはしょうがないさ。
ーーなにせ幼い頃からの仲のアマルダの言うことだからな。昔かなり助けてもらったことがある分コイツには頭が上がらん。何より幸せになって欲しくて縁談やら取ってきたが何かにつけて破談に何だよな、コイツ結婚する気ないのかとおもったが周りに聞くとそうでもないらしい。
でもしないのはなぜか? 俺には分からない。
「早く仕事をしたまえ。明日に残したら承知しないぞ」
「へいへい」
まあ、なんにせよ。今は仕事を終わらせることを考えよう。アマルダの仕置きは二度と受けたくねぇからな。
葉巻を灰皿に置いてから、ペンを取り書類を進めていく。
ーー結局、明日の分まで終わったのは日を跨いでだった。疲れもあって俺は眠かったが、アマルダのやつはどこかウキウキしているようにみえたのは気のせいだろうか。
「ーーーー寝坊せずに来るんだぞ『ーーーー』」
「わーぁってるよアマルダ。また明日な、眠い」
「……遅れたら承知しないぞ。おやすみ『ーーーー』」
なかば寝ぼけていたから頬にキスされたのは気付かなかった。
次の日、待ち合わせたアマルダがびっくりするくらいに綺麗におめかししてきて驚いたのはいうまでもない。