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光の国、ルクスティア。
荘厳な山々に囲まれ、緑豊かで作物の実り多いこの国の西端に、剣を特産物とする村・レビダがある。
レビダ村には何軒もの鍛冶屋がその腕を競い合うように並んでおり、レビダ産のナイフやハサミなどが国中に流通している。
中でもレビダで造られた剣は評判が良く、その質の高さからルクスティア国の国家騎士団でも重宝されているほどで、自分だけの高品質の剣を求めてレビダ村を訪ねてくる剣士は多い。
国を守る騎士団の騎士達が愛用していることもあって、村の人々にとってもレビダの剣は誇りであり、宝だった。
この村で生まれ育つ子供達にとっても剣はとても身近な物で、遊びと言えばもっぱら、所謂『戦いごっこ』だ。ただし本物の刃物を使うわけにはいかないので、木剣での戦いではあったが。
剣を買いに来た客の試し切りや手に馴染むかどうかのフィッティングの場として、村の中心部の広場が使われていた。
その広場で子供達は客が剣を振るう姿を見様見真似してみたり、時には木剣での戦いごっこにアドバイスをもらうなどして客達と交流を図るのが常だった。
ちなみに多くの場合戦いごっこをするのは男の子で、女の子が木剣を振り回して遊ぶ姿はほとんど見かけなかった。
そして私リオナ・メナスは少数派の、木剣を振り回すタイプ――――もっと正確に言うなら、家族に隠れてこっそり真剣をも振り回すタイプの珍しい方の女の子だった。
私が5歳で初めて剣を握った時、自分に前世の記憶があることに気付いた。
前世でプレイしていた剣闘士達が剣技をぶつけ合う格闘ゲーム、『グラディアトル』を思い浮かべながら、愛すべきキャラクターたちの剣技を模倣しその動きを極めることに、前世の私は心からの幸せを感じていた。前世の私は棒状のコントローラーを剣に見立て、ディスプレイの中の敵に向かって振り回しながらプレイする通常版はもちろんのこと、鮮やかな映像の世界にどっぷりと入り込み、あたかもキャラクターに憑依したかのような錯覚を味わえるVR版もしっかりとやり込んでいた。
寝る時間も惜しんでプレイし続けた結果、大好きなウィルバートというキャラクターで何度も勝利した上、他のキャラクターでも一通り頂点に登りつめていた。
なぜ自分が死んでしまったのか、その原因は全く思い出せない。自分が何歳まで生きていたのかも曖昧だが、成人年齢は過ぎていたと思う。しかしこれほどまでグラディアトルというゲームのことを覚えているということは、自分は死ぬ直前までプレイしていたのかもしれない。あるいはゲームのことばかりを考えていたのか―――。転生した今となっては細かいことは分からないが、こうして毎日楽しく剣を振り回せる程度には、この世界に生まれてきたことを嬉しく思う。
なにせ前世では剣を所持すること自体があり得なかった。今は剣を好きなだけ振り回しその腕を好きなだけ磨ける夢のような世界に生きている。
産まれてきてすぐに夢が叶うなんて、私は幸せ者だわ。そんな風に考えることさえあった。
しかもこの世界、光の国ルクスティアは、前世の記憶が正しければ···格闘ゲーム『グラディアトル』に出てくる国の一つだ。前世の私が大好きだったウィルバートというキャラクターは、ルクスティア国家騎士団団長の肩書きだったはず。でも転生した今の時代に存在しているかまでは分からない。
鍛冶屋の多いレビダ村では剣術を教える工房もいくつか存在しており、リオナの家もまた剣を造るとともに剣術教室を開いていた。主に父が剣を造り、祖父が剣術指南役として子供達に剣を教えている。幼少の頃から祖父にしつこく教えを乞い続けたおかげで、今や「女の子が剣だなんて」と言うのは小言が多い母だけになった。祖父も父もリオナの「将来は剣士になりたい」という熱意に折れてくれたらしい。
来る日も来る日も剣を振り、前世の記憶を頼りにゲームキャラクター達の真似をする毎日。足幅はこのくらい、腕の高さはここ、必殺技の振りかぶり方はこう――――。木剣では本物の剣の重さを味わえないという理由で、度々真剣を持ち出しては裏庭や森の中でひたすら特訓を重ねていた。
こうして前世の自分に負けないくらいに立派な剣術オタクとしてすくすく成長した私は、気付けば村の誰よりも強い剣術の使い手となっていた。
その強さは、毎年行われる村の剣闘会で年々露見していった。7歳の時には10歳の男の子に勝ち、12の時には大人にも勝てるようになった。昨年の15歳での大会ではついに優勝するまでとなり、村ではもはや敵なしの状態となっていた。
剣の師であるおじいちゃんは鼻高々に喜んでくれたし、父は何か考え込むように難しい顔をしていたが「よくやった」と褒めてくれた。兄は大笑いして泣いているし、母は「あなた本気で剣士になるつもりなの···?!!」と青い顔をして頭を抱えていた。
『グラディアトル』のゲーム内容に則り剣を極めて行き着く所まで行きたいと考えていた私は、目先の目標として国家騎士団に入り剣豪たちに揉まれて成長したいと思っていたが、それが女である自分にはなかなか難しいことらしい、ということが最近分かった。
昨年の剣闘会で優勝した際には、賓客として大会を見に来ていた国家騎士団の面々がなんとも複雑そうな表情で私に拍手を送っていた。私にあっさりと負けてしまった準優勝のオリスは大会後にすぐ国家騎士団の研修生として村を出発した。この数年、レビダ村の剣闘会で優勝もしくは良い成績を修めるということは国家騎士団への入団を約束されているようなものだった。剣造りとともに剣術教室が盛んなレビダでは、すでに剣士の卵を多く輩出していることでも有名で、剣士を目指してわざわざ隣町から剣術を習いに来る者も珍しくない。でも優勝した私には、入団のお誘いは全くこなかったのだ。
「やっぱり今年も、優勝しても騎士団に入団させてもらえないのかなぁ」
こっそり持ち出した真剣を力強くブンブン振り回して日課の素振りをしながら、深くため息を吐く。後ろで一つ結びにしている自慢の赤毛の髪がはらりと、顔にかかる。今日は森の中でのトレーニングで、一つ年下で幼馴染のアルウィンとその妹のエルザも一緒だ。
「無理じゃない?騎士団には男の人しかいないみたいだし」
隣で木剣を振っているアルウィンが、冷めた声で応答する。
「なんで女の子はいないのかなぁ?エルザもリオナお姉ちゃんと一緒に騎士団に入りたいのになぁ。アルウィンお兄ちゃんの方が先に選ばれちゃうのかな?」
エルザが無邪気に続ける。私の可愛い妹分は、今日も嬉しいことを言ってくれる。エルザは私同様に剣士を目指す女の子で、私に憧れているらしい。
昨年優勝したにも関わらず私をスルーして準優勝のオリスだけスカウトされていたのには流石にショックを受けた。国家騎士団には女性は入れないという噂は聞いていた。そもそも入団テストをクリアする女性が未だ出ていないという理由だと聞いていたので、目の前で結果を出せば声をかけてもらえるのではと期待を持って挑んでいた。しかし、騎士団が選んだのは私に負けたオリスだった。
「オリスもオリスよ。私に負けたくせに、自分はちゃっかり騎士団に付いて行っちゃって···。誰のおかげで強くなれたと思ってるの?私にみっちりしごかれてきたからでしょうに!!」
ドォンッ、と目の前の木に剣を力いっぱい突き刺す。
これは完全な八つ当たりだ。オリスが申し訳無さそうな顔をして私を見ていたのは知っている。
「オリスも悔しかっただろうな。二つの意味で」
「オリスお兄ちゃんも、リオナお姉ちゃんのこと大好きだったもんねぇ」
分かっている。オリスとは何度も一緒に剣を振ってきたし、小さい頃から兄弟のように育ってきた幼馴染だ。だからこそ、一緒に騎士団に入れなかったことが悔しくて堪らない。あれから一年、オリスはそろそろ研修生の立場から正式に入団となる頃だろうか。
「あの時はショックが大きくて何も言えなかったけど、今年は私から入団させて欲しいってはっきりお願いしてみようかしら」
確かに自分からは何もアプローチしていない。何も言わなくても、向こうからきっと声をかけられるはず···。そんなふうに相手任せに期待していたのがそもそもの間違いだったのではないか。
「そうよ!もっと自分から売り込んでいくべきだったんだわ!騎士団の方達も、私が騎士になりたいなんて思わなかったのかも···。アプローチが全然足りなかったわ」
大きく剣を振りかぶり、近くの枝をザンッと小気味良く切り落とす。
待っているだけじゃだめだ。自分から向かっていかなくては。
「そうだ、入団のお願いもだけど、せっかくだから騎士団の誰かにも手合わせしてもらえないかお願いしてみよう!きっとものすごく強いわよね」
切り落とした枝をぐっと握りしめて興奮している私の後ろで、アルウィンがぼそりと呟く。
「そんなに物事甘くないと思うけど」
「お兄ちゃん!リオナお姉ちゃんがこんなにキラキラした目でやる気になってるんだから、応援してあげなよ!」
エルザ、ありがとう。確かに今私は騎士団入団と手合わせを夢見てキラキラした目をしてた気がする。
「うまくいった時のことばっかり考えてても仕方ないだろ」
「うまくいった時のことを考えてモチベーションを上げるのは、戦う前の心持ちとしては大事じゃない?」
「でも結局ただの男尊女卑で、女なんか入団させない!って話だったらどうするんだよ」
「まぁ、その可能性は十分にあるわよね。でも実力を見てもらって、騎士団に入って国を守りたいんです!ってしっかりアピールすれば少しは話を聞いてくれるかもしれないじゃない?」
「リオナお姉ちゃんの強さなら、きっと入れてくれるよ!」
「どうかな、普通のアピールじゃ見なかったことで済まされそうだけど」
「見なかったこと···それは困るわね。じゃあ一体どうしたら入団を認めてもらえるのかしら。あ、男装するってのはどう?」
「村中がすぐにリオナだって気付くよね」
「う、確かに」
「リオナお姉ちゃんのことは皆知ってるもんねぇ」
エルザと顔を見合わせ、う〜ん、と二人で小首を傾げる。
でも、とアルウィンが私の方を見て、ニヤッと口端を上げて続ける。
「騎士団の誰かと手合わせしてみるってのは、賛成かな」
アルウィンが支持してくれたことは大体うまくいく。
それを思うと、一ヶ月後の剣闘会がもう楽しみで仕方なかった。